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15・初夜?なわけがない
婚約式の場で俺は
騎士団の仲間に浴びるほど
酒を飲まされた。
騎士団長も貴族同士の付き合いの
時間が終わり、残ったのが団員
たちばかりになると、
「あとは好きにしろ」と席を外した。
そうなると、もう無礼講だ。
普段は飲むことができないような
大量の高い酒とうまい料理に
団員たちは大喜びだ。
俺は、うらやましい、とか
チクショーとか言われながら
殴られ、酒を飲まされた。
やつらの気持ちもわからんでもない。
だから素直に殴られたし、
酒も飲んだ。
だが「どうやってあの団長の
お眼鏡にかなったんだ?」
と言う質問にだけは無言を
付き通した。
不能になった、ということだけは
口にすることはできない。
だが俺が何も言わなくても
「そういやバーンズ侯爵家と
ブレイトン公爵家の当主って
仲良かったんだっけ」
なんて誰かが言い出し、
「ちくしょー、結局は
家格かよ」と別の誰かが
愚痴を言ってこの話は流れた。
本当に助かった。
バーンズ侯爵家の使用人たちは
俺たちが騒いでも文句言わず
お酒や料理を補充してくれたし、
物凄く優しい……ではないな、
優秀な人たちだ。
俺たちが「お開きだ」と
深夜になって言い出す前に
既に馬車の準備はできていたし、
最後の一人が馬車に乗り込み、
門を出るまで頭を下げて見送った。
下位貴族の、しかも団長の部下の
ただの騎士だったのに。
俺は最後の一人を見送って
セバスチャンに頭を下げた。
「あいつら、こんな凄い規模の
パーティーは初めてで。
はしゃいでスミマセン。
ありがとうございます」
「いえ。おもてなしをするのは
当たり前のこと。
これはブレイトン公爵家でも
同じようになさっているでしょう」
そうなのか?
俺はこういうのに顔を出さないから
全然知らなかった。
「ガイディス様も今後は
坊ちゃまの代わりに
社交をして頂くことになります。
少しずつ学び、慣れていくことも
大事でしょう。
ですが、今日はもう遅い。
どうぞ、お部屋でおやすみください」
丁寧に言われて俺はセバスチャンを見た。
いつも敵意を感じる言葉しか
言われたことが無いのに、
今日はなんだか穏やかだ。
「今日はおめでとうございます。
ガイディス様、
いつもは厳しく接しておりますが、
ぼっちゃまのお相手が、
ガイディス様であることを
私は喜んでいるのですよ」
え?って俺は思った。
思ったことが顔に出たのだろう。
セバスチャンは少し口元を緩めた。
「私の本心でございます。
ぼっちゃまの世界は、
この屋敷の中だけ。
幼いころからずっと、
この狭い世界で私たちは
大切に、大切に坊ちゃまを
お守りして参りました。
けれど、それがこのまま続くのは
無理だと言うことは誰もが
理解をしておりました。
そして外の世界を知った時、
ぼっちゃまの御心が壊れないか、
ぼっちゃまを見守る全ての
使用人たちが心を痛めていたのです」
セバスチャンは、俺をまっすぐに見た。
「我々はガイディス様をずっと
見ておりました。
どのように坊ちゃまに接するのか。
そしてバーンズ侯爵家の長男であり、
あなた様の上司である兄君様の決定に
どう判断し、従うのかを。
我々はバーンズ侯爵家に
忠誠を誓う者。
バーンズ家の意向に逆らうことはできません。
ですが、ガイディス様は違う。
どうぞ、ガイディス様のやり方で、
ぼっちゃまをお守りください。
外の世界を排除するのではなく、
ぼっちゃまに、本来の世界を、
この屋敷以外にも、素晴らしいものは
あるのだと、教えて差し上げてください。
ぼっちゃまの未来は、
もっともっと素晴らしいものに
なるのですから」
その言葉に、
セバスチャンが言う『守る』と
団長が言った『守る』は
意味が違うのだと気が付いた。
団長は今までと何も変わらず、
狭く平和な世界でエレミアスを
守っていくことを望んでいる。
けれど、セバスチャンは違うのだ。
エレミアスの成長を喜び、
外の世界とエレミアスの世界を
繋げる役目を俺に求めている。
「……もちろんです。
俺はエレミアスを誰よりも幸せにし、
命を懸けて守ると誓いましたから」
俺の言葉にセバスチャンは
満足そうな顔をした。
「少し話をしすぎましたね。
さぁ、湯の用意をさせましょう」
俺はその提案を断った。
「いや、いいよ。
もう遅い。
今日は適当にさせてもらって、
湯は明日もらうことにする」
俺はそう言って、
自分の部屋に戻ることにした。
そう、エレミアスの隣の部屋だ。
なんか緊張するな。
バーンズ侯爵家に泊まるのも
緊張するが、エレミアスが
隣で眠っていると思うと、
緊張するというか、なんというか……
そういや婚約式で話しかけて来た
俺の両親は、エレミアスを
やけに気に入っていたな。
兄でさえ、妖精?と声を漏らしていた。
ついでに「襲うなよ」と兄は
余計な耳打ちまでしてきたが。
襲うもんか。
一応俺は不能だぞ、と言う目で
兄を見ると、兄は俺を
からかっただけなのだろう。
楽しそうに笑うだけだった。
俺は不能が治ったことを
家族にも告げていなかったが、
おそらく兄は気が付いているのだろう。
だが今はまだそれを口にする時ではない。
兄もそれ以上は言わなかった。
俺は部屋の明かりをつけた。
ベットサイドに水差しと
グラスが置いてあったので
遠慮なくそれを飲む。
小さめのソファーセットの上に、
桶に入った水とタオルが用意してあった。
湯に入らないと言ったからだろう。
さすがバーンズ侯爵家の
侍女たちは仕事が早い。
俺は少し冷めたぬるま湯に
タオルを漬けて汗を拭いた。
そしてすぐそばに用意されていた寝間着を着る。
かなり飲んだので、
身体がまだほてっている。
窓を開けると心地良い風が
入って来た。
庭園を見下ろす部屋は、
俺が見慣れている景色とは違う。
他人の屋敷だ。
でも、もうすぐ俺の屋敷になる。
エレミアスと一緒にここに住むんだ。
そう思うと、ほてった体が、
さらに熱くなる。
まるで恋を知ったばかりの
子どものようだと思った。
だが、エレミアスは俺の
初めての恋焦がれる相手だから
それもまちがっていないだろう。
最初は可愛く愛らしい妖精だと思った。
守りたいと思ったし、
庇護欲から来る感情もあったと思う。
だが体が弱いことに引け目を感じ、
一生懸命なエレミアスに、
俺は本気で力になりたいと思った。
俺と同じ優秀な兄を持つ辛さを
感じているようだったが、
エレミアスは純粋だった。
捻くれて、兄と並んで見られる
可能性が絶対にないだろう
騎士団に逃げるような俺とは違う。
俺は兄と比べられるのが嫌で
兄が騎士になることはないと
わかっていたから騎士団に入った。
だがエレミアスは違う。
当主になることなど
考えていなかったようだが、
騎士団長の代わりを務めると
勉強を始めた。
時間があるときは、
騎士団長に質問をしているようだし、
俺以上に現実に向き合って
努力していると思う。
一生懸命、今の状況を受け入れ
努力する姿を見て、
俺は自分の心のいやしさに
打ちのめされた。
だからこそ、中途半端に
騎士で働く片手間に
バーンズ侯爵家の婿として
仕事をするのではなく、
騎士団を辞めて、
エレミアスを支えたいと思ったのだ。
いつも、いつも前向きで
頑張り屋の俺の妖精。
その前向きさが空回りすることすら、
愛しくて仕方がない。
俺の歪んだ心を、
可愛い声で、小さな指先で、
優しく甘く包み込んで溶かしてくれた。
「ガイ」
そう、こんな風に甘い声で……
って。
「ガイ?」
はっと俺が我に返って
振り返ると、ぬいぐるみを持った
エレミアスが立っていた。
「え? は? な?」
初夜?
今夜は初夜だったのか!?
婚姻はまだしてないぞ!
「あのね。早い時間に寝ちゃったから
目がさえちゃって。
そしたら音が聞こえたから
ガイが戻ってきたのかなって」
「あ、あぁ、そうか」
そうだよ。
なんたって俺は不能だからな。
しかも騎士団長の言葉で言うと
『いつでも代えがきく婚約者』
でしかないのだ。
初夜なんて嬉しいことが
起こるわけがない。
「お茶を準備してもらうか?」
俺が聞くとエレミアスは首を振る。
「いいの、一緒におしゃべりしよう」
そう言ってエレミアスは
俺の手を引き、ベットに誘導する。
「僕ね、友達とおしゃべりしながら
ベットで気が付いたら寝ちゃう、
って言うの、やってみたかったの」
そう言ってシーツに潜り、
ぬいぐるみと一緒に俺を待つエレミアス。
不能?
不能ってなんだっけ。
「早く」と手を引かれて
俺もシーツの中に入った。
え?
どうすりゃいいんだ?
可愛い、いい匂い、抱きしめたい。
「あのね、僕が部屋に戻った後、
どうだった?」
「どう?」
「うん、ほかの人たちの様子。
ガイのお友達のこととか
お話しして」
あんな粗野な騎士の話など
する価値も無いが、
お願いされると話さないわけにはいかない。
いや、それ以前に、この状況だ。
俺は不能なんだ。
そう言い聞かせても、
可愛い指が俺のシャツを握り、
嬉しそうに見上げてくる。
ヤバイ。
勃ちそう。
頭に血が上る!
と、その時急に扉を
ノックする音がした。
返事をする前にドアが開く。
「エレ、いるのか?」
「兄さま!」
冷たい声に、
せり上がって来た血が
一気に下がった。
貧血で意識を失いそうになる。
「どうしたの?」
「お前の様子を見に来たら
いなかったからな」
「心配かけてごめんなさい」と
可愛い声がするが、
俺は怖くてシーツから出ることができない。
「あのね、目が冷めちゃったの。
だから、ガイが戻ってきた音が
聞こえたから、一緒におしゃべり
してもらおうと思って」
ヤバイ。
さっきよりも、もっとヤバイ、
部屋の温度が体感2度は下がったぞ。
「でもね。ガイはもう眠たいみたい。
兄様、おしゃべりしてくれる?」
いいぞ。
俺が上手くしゃべれなかったのを
エレミアスは良い方向に
解釈してくれたようだ。
「もちろんだ。
あいつは随分と酒を飲んで
いたようだからな。
深夜のおしゃべりには向かないだろう」
もう寝たふりだ。
寝たふりをするしかない。
「おいで、一緒に寝よう」
「うん」
という二人の声と、
ドアが閉まる音がした。
ふー。
どうやら俺は、婚約式と言う
幸せな晴れ舞台で命を失うことは
なかったようだ。
背中に冷たい汗が流れている。
やっぱり湯を貰えば良かったな。
俺はベットから起き上がり、
もう一度、汗を拭く。
ベットにはエレミアスが
置き忘れたうさぎのぬいぐるみと、
クマのぬいぐるみが残っている。
「ぬいぐるみ、か」
俺には似合わな過ぎて笑ってしまう。
でも、これがエレミアスが
生きている世界なんだ。
少しづつでいい。
俺が生きている世界のことを
伝えて行こう。
バーンズ侯爵家の当主夫妻も
騎士団長も、いつまでも
エレミアスだけを守って
生きていくことなどできない。
だからこそ、俺が伴侶に
選ばれたんだ。
だから、選ばれた俺が、
エレミアスの世界を広げていこう。
エレミアスがもっともっと
楽しく幸せに生きることができるように。
俺は開けっ放しだった窓の外に見える
まるい月に誓いを捧げた。
「エレミアスは俺が幸せにする」
冷たい風が、俺の頬を優しく撫でた。
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