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18もう死ぬかもしれないなんて
しおりを挟むボルクはそのまま帰ってこなかった。
シエルはくすぶる気持ちをこらえて涙を手の甲で拭った。
そのせいで昨日の火傷に巻いた布がほどけた。
火傷はほとんど目立たなくなっていた。
何よ!
やっぱりボルクは私の事なんか。
どうせ世話になっている人の娘ですもの。
だから一緒についても来たんだろうし私の事を可愛そうだとかとでも思ったのよ。
好きって言ったのだって私の好きとは違うんだわ。
本気で死ぬかもって思ってあんな事さえ考えたことさえもばかばかしくなって来る。
もう考えるのはやめよう。
きっとボルクは自分に出来る事をしてくれたんだから。
でも、やっぱり最後までして欲しかったと思わずにはいられなかった。
それをいつまでも考えていると自分がみじめに思えて来て考える事にも疲れた。
何しろ昨日から精神的にも肉体的にも参っている。
シエルは仕方なく服を整えるとキルトに横になるとそのまま眠ったらしかった。
**********
ボルクは夜が明けると同時に笛を吹いた。
ガルを呼ぶためだ。ガルが来てくれればこの場所を教えることが出来るかも知れないと昨日から考えていた。
ボルクは岩場を登り笛を何度も吹く。
そのうちに朝日が昇り辺りはすっかり明るくなった。
空を見上げていたボルクが小さな黒い点を見つけた。それはどんどん近づいてくる。
目視で確認できるところまで来るとボルクは腕を突き出した。
ガルは躊躇することなくボルクのその差し出した腕に舞い降りた。
「ガル。待ちかねたぞ」
そう言うとボルクは大体の位置を書いた紙を小さな筒に入れガルの足付けた。
そして腰袋に入れた干し肉を食べさせるとまるで子供を使いにやるようにガルに言い聞かせる。
「ガル頼んだぞ。お前は国境警備の騎士隊の所まで飛んで行ってそれを見てもらうんだ。そしてここに道案内してくれ。頼んだぞガル」
ボルクは祈るような気持ちで腕を突き出しガルを放った。
そして岩場を下りると洞穴の中に戻った。
シエルはよく眠っていた。
夜も遅かったしな。ボルクはその間に灌木の木切れを拾い集める。
洞穴のすぐ外で木切れに火をつけ荷物の中に会ったカップに水筒の水を入れてこれもまた偶然ほんの少しあった麦で粥を作った。
「シエル姫、起きれそうですか?もし良ければ食事をいかがです?」
いきなりそんな口調で呼ばれてシエルは飛び起きた。
「ぼ、ぼるく。あなたね。そんな言い方やめてよ」
「いえ、姫は姫ですから。それより食事は?」
「一体どこに行ってたの?私、待っていたのよ。でも帰ってこないから寝てしまったわ。それなのに食事がですって?ったく。何よ!」
シエルはボルクのマントを放り投げる。
ドサッと音を立てたマントを拾い上げるとボルクはそれを何もなかったような顔をして羽織った。
「もう、知らない!」
シエルは昨夜の事を思い出し真っ赤になる。この人は私の全てを知っている。と言っても奪われてはないのですけど…
それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
それに私、生きてるわ。
もう、こんな事ならあんな事言わなければよかったかも。
顔もまともに見る事さえもできずにいたら、ボルクが困った顔をしてカップに入った粥を持って来た。
「さあ、冷めないうちにどうぞ。ほんの少しで申し訳ないですが」
「あなたの分は?」
「私はもう食べましたので、遠慮なさらずどうぞ」
ボルクはそう言いながら干し肉と感想フルーツも一緒に出した。
「ぐぅ~…」
シエルのお腹が音を立てる。
「さあ、冷めますよ」
「ええ、あなたが食べたなら、いただくわ」
シエルはもうどうなっても知らないとカップに手を伸ばした。
温かいものがこれほどうれしいなんて思いもしなかったわ。
少しの麦が入っただけの粥だった。
でも、それはシエルの心に沁み込んでいく。
ボルクの優しさが溶け込んでいてそれはそれは美味しい粥だったから。
シエルにもボルクの言いたいことはよくわかっていた。
ただ素直になれなかっただけで。
でも、いつまでもこんなわがまま言ってはいけない。
これも生まれた時から教え込まれた貴族の令嬢としてのさがだろう。
私は皇帝の所に嫁ぐのですから。側妃ですけど。
彼は私の家来で護衛としての仕事をするだけの存在なのだから。
**********
そろそろ太陽が空の真上に来る頃シエルは目覚めた。またうとうと眠っていたらしい。
シエルは熱さをしのぐため洞穴の中で休んだままだった。
ガタガタ洞穴の上で音がした。
そのうち滑り落ちるような音がして今度は足音がした。
ボルクが入ってきてやっと彼がなにをしているか気づいた。彼の首から笛がぶら下がっていた。
ボルクは岩場の上に上がりあの笛を吹いていたのだ。
ガル。そうガルを呼べばもしかしたら私たちの場所を知らせてくれて助けが来るかもしれないわ。
シエルはボルクが何をしているのかと思っていたがやっと何をしているか気づいた。
「ガルを呼んでるの?」
「起きられましたか?はい、明け方ガルに手紙をつけて放ちました。もうすでに国境警備の騎士団に着いているでしょう。きっと明日には助けが来ます」
「明日?でも食べ物は、水はどうするつもり?だからここから動けないんでしょう?」
「お察しの通りです。食料はまだしも水がなければ砂漠を横断することは無理です。距離的には歩いて一日と半日くらいでしょう。わざわざ危険に飛び込まなくても明日には助けが来るでしょう。だからここで待つのが一番なんです」
そうはいったが明日来る保証はないんだがとボルクは思う。
でもそんな事言えるはずがなかった。
「そうね」
でも、本当に助けが来るのかしら?
シエルは半信半疑でボルクを見た。
ボルクはそんなシエルに大丈夫だとでもいうようにしっかり頷いた。
「あなたがそう言うなら」
暑さのせいか水分が足りていないせいなのかそれ以上は深く考えがまとまらない。
何だか身体が気だるく無駄な力を使いたくなくてシエルは黙った。
「あなたは木陰で休んでいてください。それこそ無駄な力は使わない方がいい」
そっとシエルの額にキスだけを落とすとまたシエルを横にさせた。
だが、じりじりと照り付ける太陽は昼を回ると岩場に中にまで陽が差し込んで来た。
ボルクがキルトで日よけを作ってくれて何とか陽射しをしのいではいるがとにかく暑い。
「シエル姫、水を飲んで下さい」
ボルクが水筒を差しだす。シエルはほんの一口だけ水を喉に流し込む。
「次はあなたの番よ」
シエルはボルクに水筒を差しだす。彼はそれを受け取ると水筒を傾けて水を飲んだ。
干し肉はとうとうガルに与えるために残していた分だけになり、乾燥フルーツは最後の一粒をさっき食べ終えた。
シエルはまたうつらうつらといつの間にか眠っていたらしい。
喉の渇きで呼吸さえもつらく目が覚めた。
辺りを見回し洞穴の中だと気づく。
そうだったわ。私たち遭難したんだ。
そっと入り口に目を向けるともう夕暮れが近いとわかった。
橙色の帯が幾重も洞穴の中に差し込んでいた。
ボルクがそんな光の帯をくぐり抜けるように入って来た。
彼はシエルが起きた事に気づかないようで、彼は深々と大きなため息を漏らした。
「間に合ってくれればいいが…」
ふらりと身体が傾きボルクが倒れ込んだ。
シエルは起き上がると走って彼に近寄る。
「ボルク、ボルクしっかりして」
彼の唇はカサカサに渇いている。
とっさに水をと思う。水は?そうだ、水筒はどこに?
見れば水筒はシエルの寝ていたところに置かれたままで、その水筒を持ち上げて驚く。
昼に自分が飲んだ時と変わらない気がした。
ボルクまさかあなた今まで一滴も水を飲んでいなかったのでは?
どうしてそんな事に気づかなかったのだろう。
彼がどんなに自分を助けようとしているかわかっていたはずなのに。
自分が助からなくても助けがくれば何とかなるはずだとでも思ったの?
ボルクあなたを失ってどうやって私は…
彼を失うかもしれないと思うだけで恐怖で手が震えた。
何とか水筒を持つと水筒の水を彼の口元にあてる。
「ボルクしっかりして。水を飲んで…」
彼は意識も朦朧としている。
「お願いボルク。水を飲んで」
シエルは狂ったように口に水を含むと倒れたボルクの唇に水を流し込む。
何度も何度もそうやって水を彼に与えた。
どれくらい経ったのだろう。ほんの数分?いえ、ほんの数十秒かもしれない。
「シエル、俺はどうした?」
「もうボルク気が付いたのね。良かった、私、あなたが死ぬかと思ったわ。死ぬときは一緒じゃない。私一人を残していくつもりなの?」
「そんなつもりはなかった」
ボルクは意識を取り戻すと口の渇きが潤っているとわかる。
「俺に水を飲ませたのか?」
「当たり前じゃない。自分は飲まずにいたなんてずるいわ」
「水は、水はまだあるのか?」
シエルは水筒を振ってみる。
水筒にはもう水は残ってはいなかった。
「あなたが死んでしまうよりいいわ」
「ばか。そんな事をしたら明日どうやって…」
「いいの。あなたと一緒なら」
「ばかだ。俺なんかにそんな事をして」
「あなたは私をとても大切にしてくれるけど、私にとって大切なのはあなたなのよ。そんな事もわからないおばかさんなんだから」
「そんな事を言うもんじゃない。俺達は…」
「私はボルク。あなたが好き。こんな時だからこそあなたには本当の気持ちを伝えたいって思うわ」
「シエル…」
ふたりの瞳は絡み合いたまらない愁いを帯びる。
「シエル、ずっと…ずっと好きだった。この気持ちは嘘じゃない」
ボルクの手が伸びて来てシエルを引き寄せた。
ふたりはぎゅっと抱き合いキスをした。
ふたりの温もりが一つに溶け合い、もう死ぬならふたり一緒にと心が通い合った気がした。
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