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9、刻まれた記憶の影
夜の帝都は静寂に包まれていた。
けれど、皇妃の私室に差し込む夜風は、妙に冷たかった。
エリオットが灯りを落とそうとしていたそのとき——
「エリオット様。伝言をお持ちしました」
控えめな声と共に、扉がノックされた。
「……こんな時間に?」
「ゼスト・オルド閣下より、“明日の警備動線の件で、急ぎ伝言をお届けするように”と」
扉の向こうから控えめな女性の声がする。
(こんな夜更けに……文書ではなく、口頭で?本人が来るわけでもなく……?)
一瞬の躊躇。しかし、相手が“宰相”の名を出した以上、無視するわけにはいかなかった。
エリオットは扉に向かいそれに手をかける。
——けれど、その扉を開けた先にいたのは。
「……また、会えましたね」
かつて迷子を助けた街角の男——そして、エリオットが心の奥底で“忘れられない”と感じた声の主。
「……どうして、ここに……?」
扉を開けた瞬間、そこにいた男の姿に、エリオットの呼吸が一瞬止まった。
声は、ひどく静かで、低い。けれど、それが逆に空気を異様に冷たくする。
「偶然、とは言いません。でも、貴方に伝えたいことがあって」
男はゆっくりと歩み寄る。
その身のこなしは、まるで影が這うようだった。
足音すら響かない。夜そのものが形をとってこちらへ近づいてくるような、得体の知れない静けさ。
エリオットは本能的に一歩後ずさる。
それでも男は止まらない。まるで、最初から部屋の中に入るつもりでいたかのように、自然な動きだった。
(……なぜ……どうして、この人が、ここに……!?)
部屋は、決して簡単に出入りできる場所ではない。
警備はある。従者もいる。なのにこの男は、まるで“招かれた客”のように、当然の顔で立っている。
男が手を伸ばす。
逃げる間もなく、その手がエリオットの右手を取った。
その甲には、シグルドから刻まれた紋様。竜の誓い——“絆”の証。
男はそれを見下ろすようにして、ひとつ、ゆっくりと呟いた。
「……この印、綺麗ですね。けれど——」
その目が、わずかに細められる。
言葉の続きを口にする前に、男はその“印”に、そっと唇を落とした。
「……っ!?」
思わず、身体がびくりと跳ねる。
反射的に手を引こうとしたが、強くはないはずのその手から、なぜか逃れられなかった。
驚き——そして、言いようのない“ざわめき”が全身を駆け巡る。
(……この感覚……知らないはずの、なにか……)
唇が離れたあとも、そこに残された熱と、わずかな匂いが、なぜか記憶の奥を揺らした。
エリオットは言葉を失ったまま、ただその男を見返していた——まるで、遠い過去の影を見つめるように。
熱ではない。けれど、体内を焦がすような感覚が走る。
記憶の奥底、眠っていた何かが、弾かれるように蘇りかける。
『生きてる。それだけで、十分だよ』
——夢の中で聞いた、あの声。
「覚えてませんか? あの夜、君は震えながら……私の手を取ったんですよ」
優しい口調。けれど、確かに内側には鋼のような意志が宿っていた。
エリオットは一歩、後ずさる。
「……あなたは……誰なんだ……?」
「ノルド。仮面の方が有名ですが、本当の名も必要ですか?」
その名を聞いても、まだ核心には届かない。けれど、心は確かに揺れている。
「君が全部忘れても、私は全部覚えている。……だって、あれが俺にとっての始まりだったからだ」
ノルドは一歩引き、再び笑った。
「皇帝陛下がどれだけ君を愛していても、過去まで抱きしめることはできない。……でも、俺は違う」
そう告げて、彼は闇に溶けるように姿を消した。
残されたのは、触れられた手の甲に残る微かな熱。
そして、エリオットの胸にこだまする、忘れていた“痛み”に似た感覚だった。
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✨今後の更新予定✨
📅 毎日2回(7:30&22:30頃)更新予定!
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けれど、皇妃の私室に差し込む夜風は、妙に冷たかった。
エリオットが灯りを落とそうとしていたそのとき——
「エリオット様。伝言をお持ちしました」
控えめな声と共に、扉がノックされた。
「……こんな時間に?」
「ゼスト・オルド閣下より、“明日の警備動線の件で、急ぎ伝言をお届けするように”と」
扉の向こうから控えめな女性の声がする。
(こんな夜更けに……文書ではなく、口頭で?本人が来るわけでもなく……?)
一瞬の躊躇。しかし、相手が“宰相”の名を出した以上、無視するわけにはいかなかった。
エリオットは扉に向かいそれに手をかける。
——けれど、その扉を開けた先にいたのは。
「……また、会えましたね」
かつて迷子を助けた街角の男——そして、エリオットが心の奥底で“忘れられない”と感じた声の主。
「……どうして、ここに……?」
扉を開けた瞬間、そこにいた男の姿に、エリオットの呼吸が一瞬止まった。
声は、ひどく静かで、低い。けれど、それが逆に空気を異様に冷たくする。
「偶然、とは言いません。でも、貴方に伝えたいことがあって」
男はゆっくりと歩み寄る。
その身のこなしは、まるで影が這うようだった。
足音すら響かない。夜そのものが形をとってこちらへ近づいてくるような、得体の知れない静けさ。
エリオットは本能的に一歩後ずさる。
それでも男は止まらない。まるで、最初から部屋の中に入るつもりでいたかのように、自然な動きだった。
(……なぜ……どうして、この人が、ここに……!?)
部屋は、決して簡単に出入りできる場所ではない。
警備はある。従者もいる。なのにこの男は、まるで“招かれた客”のように、当然の顔で立っている。
男が手を伸ばす。
逃げる間もなく、その手がエリオットの右手を取った。
その甲には、シグルドから刻まれた紋様。竜の誓い——“絆”の証。
男はそれを見下ろすようにして、ひとつ、ゆっくりと呟いた。
「……この印、綺麗ですね。けれど——」
その目が、わずかに細められる。
言葉の続きを口にする前に、男はその“印”に、そっと唇を落とした。
「……っ!?」
思わず、身体がびくりと跳ねる。
反射的に手を引こうとしたが、強くはないはずのその手から、なぜか逃れられなかった。
驚き——そして、言いようのない“ざわめき”が全身を駆け巡る。
(……この感覚……知らないはずの、なにか……)
唇が離れたあとも、そこに残された熱と、わずかな匂いが、なぜか記憶の奥を揺らした。
エリオットは言葉を失ったまま、ただその男を見返していた——まるで、遠い過去の影を見つめるように。
熱ではない。けれど、体内を焦がすような感覚が走る。
記憶の奥底、眠っていた何かが、弾かれるように蘇りかける。
『生きてる。それだけで、十分だよ』
——夢の中で聞いた、あの声。
「覚えてませんか? あの夜、君は震えながら……私の手を取ったんですよ」
優しい口調。けれど、確かに内側には鋼のような意志が宿っていた。
エリオットは一歩、後ずさる。
「……あなたは……誰なんだ……?」
「ノルド。仮面の方が有名ですが、本当の名も必要ですか?」
その名を聞いても、まだ核心には届かない。けれど、心は確かに揺れている。
「君が全部忘れても、私は全部覚えている。……だって、あれが俺にとっての始まりだったからだ」
ノルドは一歩引き、再び笑った。
「皇帝陛下がどれだけ君を愛していても、過去まで抱きしめることはできない。……でも、俺は違う」
そう告げて、彼は闇に溶けるように姿を消した。
残されたのは、触れられた手の甲に残る微かな熱。
そして、エリオットの胸にこだまする、忘れていた“痛み”に似た感覚だった。
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感想 1
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