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20、記憶の断片
扉が閉まったあと、部屋は異様なまでに静かだった。
外では小鳥の声が聞こえるはずなのに、その音すら、どこか遠い。
エリオットは、しばらく胸元を押さえたまま動けなかった。
そこには、微かな熱と、何よりも——記憶のざらつきが残っていた。
(……あれは、本当に“夢”だったのか、それとも……)
額に滲んだ汗が、冷たく感じられる。
けれど、その冷たさすら、どこか“懐かしさ”と混ざっていた。
ふと、意識が滑る。
——まるで、足元が崩れるように。
※
「……っ、あ……いた……い……」
薄暗い部屋の中。
身体の奥からじわじわと滲む痛み。
腰のあたりが重く、腹の奥が鈍く痺れていた。
冷たい床の上で、細く喉を鳴らす声。
身体は熱を帯びているのに、指先は冷えていた。
(……誰か……だれか……たすけ……)
息が詰まる。声にならない呼び声。
震える手で、腹を抱え込む。
そのとき、扉が軋む音がした。
薄い灯りの中で、ゆっくりと誰かが入ってくる。
——灰色の瞳。
静かに、床に膝をつき、額に触れる手のひら。
「また、熱が出てる……どうして、こう無理をするんだ」
それは、優しい声だった。
けれど、その奥には怒りにも似た苛立ちが混ざっていた。
「……きれいなものは、壊れるんだよ。無理をすれば、な」
布をかけられ、抱き上げられる。
「ほら……こっちに来い。寝台で寝ろ。床に転がってる姿なんか、もう……二度と見たくない」
その言葉と、今、私室に立っていた“彼”の姿が、重なる。
——ノルド。
(……やっぱり……あの人……なのか)
次の瞬間、エリオットは跳ね起きた。
「は……っ」
息が荒い。
けれど、それ以上に、心臓が騒がしかった。
震える指先で胸を押さえる。けれど、熱ではない。
これは“記憶”が、呼び覚ました“感情”だ。
(僕は……あの場所で、本当に——)
そこまで思ったとき、扉の向こうで、足音が走った。
「エリオット様!」
リディアの声だ。
扉が開かれ、続いてメラニーの姿も現れる。
「ご無事ですか……?顔色が——」
「……ちょっと、夢を見ただけで……」
微笑もうとしても、唇が上手く動かなかった。
息を吐きだし、ゆっくりと吸う。するとその瞳は静かに、強くなっていた。
「メラニー。……ノルドのこと、調べてください」
「……かしこまりました」
メラニーは、一礼して部屋を辞したあと、すぐさま動き出していた。
階下の執務室に向かう途中、廊下でひとりの近衛とすれ違う。
その男が、彼女を見て、わずかに首を傾げた。
「……何か?」
「いえ……失礼いたしました」
その視線の微かな違和感に、彼女の眉がわずかに動く。
足を止めぬまま、メラニーはすぐさま執務室へと滑り込んだ。
そこには、ゼスト宰相の使者がすでに待っていた。
「密書をお届けに参上いたしました。宰相閣下より、直々のものです」
使者は短く言い、封蝋された巻紙を差し出す。
メラニーは静かに受け取り、その場で開封した。
そこに記されていたのは、たった数行の文字だった。
「“彼”が陛下を宮廷から離した。次は“皇妃”。動きがあれば、必ず“院路”を使うこと。備えよ」
(……“彼”とは……ノルド)
メラニーは唇を噛んだ。
策士は、“空白の時間”を狙う。
そしてその空白は今、皇帝が不在の“午後の数時間”だけ。
(つまり——この間に、もう一手がくる)
彼女はすぐさま巻紙を焼き捨てると、リディアを呼び寄せた。
「エリオット様には、これ以上の刺激を与えたくありません。けれど、動きがあれば——“あの道”を塞がなければなりません」
「“院路”……ですか?」
リディアの声が緊張を帯びる。
“院路”とは、宮廷の奥を通って医療棟や礼拝堂へ向かう、一般に知られていない細道。
本来、皇族と侍医しか使わぬはずのその道が、“連れ出す導線”として使われる。
リディアもメラニーが傍に来たことによって知った道だ。
メラニーは頷いた。
「警備を強化して。名目は“皇妃様の健康のための特別管理”。ただし……あくまで、静かに」
「わかりました」
リディアが去ったあと、メラニーは窓辺に立った。
空は穏やかだった。
けれど、その穏やかさが、逆に恐ろしい。
(ノルド……あなたは、エリオット様をどうしようとしているの)
彼は間違いなく、エリオットの何かを掴んでいる。
それだけでなく、その他の“情報”を持ち、“組織”を動かせる。
そして何より——“手段を選ばない”。
(……私たちが後手に回りすぎている……)
一方、宮廷の別棟では、ひとつの馬車が控えていた。
密かに宮廷に雇われていた“特使”のひとりが、誰にも知られぬまま、ある指令書を手にしていた。
そこには、こう書かれていた。
「皇妃殿下を“療養先”へ。移送は本日午後。特命にて」
署名には、確かに宰相ゼストの偽筆があった。
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外では小鳥の声が聞こえるはずなのに、その音すら、どこか遠い。
エリオットは、しばらく胸元を押さえたまま動けなかった。
そこには、微かな熱と、何よりも——記憶のざらつきが残っていた。
(……あれは、本当に“夢”だったのか、それとも……)
額に滲んだ汗が、冷たく感じられる。
けれど、その冷たさすら、どこか“懐かしさ”と混ざっていた。
ふと、意識が滑る。
——まるで、足元が崩れるように。
※
「……っ、あ……いた……い……」
薄暗い部屋の中。
身体の奥からじわじわと滲む痛み。
腰のあたりが重く、腹の奥が鈍く痺れていた。
冷たい床の上で、細く喉を鳴らす声。
身体は熱を帯びているのに、指先は冷えていた。
(……誰か……だれか……たすけ……)
息が詰まる。声にならない呼び声。
震える手で、腹を抱え込む。
そのとき、扉が軋む音がした。
薄い灯りの中で、ゆっくりと誰かが入ってくる。
——灰色の瞳。
静かに、床に膝をつき、額に触れる手のひら。
「また、熱が出てる……どうして、こう無理をするんだ」
それは、優しい声だった。
けれど、その奥には怒りにも似た苛立ちが混ざっていた。
「……きれいなものは、壊れるんだよ。無理をすれば、な」
布をかけられ、抱き上げられる。
「ほら……こっちに来い。寝台で寝ろ。床に転がってる姿なんか、もう……二度と見たくない」
その言葉と、今、私室に立っていた“彼”の姿が、重なる。
——ノルド。
(……やっぱり……あの人……なのか)
次の瞬間、エリオットは跳ね起きた。
「は……っ」
息が荒い。
けれど、それ以上に、心臓が騒がしかった。
震える指先で胸を押さえる。けれど、熱ではない。
これは“記憶”が、呼び覚ました“感情”だ。
(僕は……あの場所で、本当に——)
そこまで思ったとき、扉の向こうで、足音が走った。
「エリオット様!」
リディアの声だ。
扉が開かれ、続いてメラニーの姿も現れる。
「ご無事ですか……?顔色が——」
「……ちょっと、夢を見ただけで……」
微笑もうとしても、唇が上手く動かなかった。
息を吐きだし、ゆっくりと吸う。するとその瞳は静かに、強くなっていた。
「メラニー。……ノルドのこと、調べてください」
「……かしこまりました」
メラニーは、一礼して部屋を辞したあと、すぐさま動き出していた。
階下の執務室に向かう途中、廊下でひとりの近衛とすれ違う。
その男が、彼女を見て、わずかに首を傾げた。
「……何か?」
「いえ……失礼いたしました」
その視線の微かな違和感に、彼女の眉がわずかに動く。
足を止めぬまま、メラニーはすぐさま執務室へと滑り込んだ。
そこには、ゼスト宰相の使者がすでに待っていた。
「密書をお届けに参上いたしました。宰相閣下より、直々のものです」
使者は短く言い、封蝋された巻紙を差し出す。
メラニーは静かに受け取り、その場で開封した。
そこに記されていたのは、たった数行の文字だった。
「“彼”が陛下を宮廷から離した。次は“皇妃”。動きがあれば、必ず“院路”を使うこと。備えよ」
(……“彼”とは……ノルド)
メラニーは唇を噛んだ。
策士は、“空白の時間”を狙う。
そしてその空白は今、皇帝が不在の“午後の数時間”だけ。
(つまり——この間に、もう一手がくる)
彼女はすぐさま巻紙を焼き捨てると、リディアを呼び寄せた。
「エリオット様には、これ以上の刺激を与えたくありません。けれど、動きがあれば——“あの道”を塞がなければなりません」
「“院路”……ですか?」
リディアの声が緊張を帯びる。
“院路”とは、宮廷の奥を通って医療棟や礼拝堂へ向かう、一般に知られていない細道。
本来、皇族と侍医しか使わぬはずのその道が、“連れ出す導線”として使われる。
リディアもメラニーが傍に来たことによって知った道だ。
メラニーは頷いた。
「警備を強化して。名目は“皇妃様の健康のための特別管理”。ただし……あくまで、静かに」
「わかりました」
リディアが去ったあと、メラニーは窓辺に立った。
空は穏やかだった。
けれど、その穏やかさが、逆に恐ろしい。
(ノルド……あなたは、エリオット様をどうしようとしているの)
彼は間違いなく、エリオットの何かを掴んでいる。
それだけでなく、その他の“情報”を持ち、“組織”を動かせる。
そして何より——“手段を選ばない”。
(……私たちが後手に回りすぎている……)
一方、宮廷の別棟では、ひとつの馬車が控えていた。
密かに宮廷に雇われていた“特使”のひとりが、誰にも知られぬまま、ある指令書を手にしていた。
そこには、こう書かれていた。
「皇妃殿下を“療養先”へ。移送は本日午後。特命にて」
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感想 1
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