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21、宰相の影
午後。
宮廷医療棟の裏門に、一台の黒い馬車がひっそりと横付けされた。
旗印はなかった。
けれど、その脇に立つ者の腕章には“宰相府”の印が、確かに縫い込まれていた。
「本件は、ゼスト閣下からの極秘命令。皇妃殿下の容態を鑑み、医療専門棟にて一時療養させるためのものです」
淡々とした口調で、使者はそう告げた。
手には命令書。
署名も封蝋も完璧に見える。
疑いを含まない者が見れば、完璧なものだった。
だが——それを見たレオンが、目を細めた。
「なるほどなるほど。しかしですね、そんな話を自分は聞いてないんですよ」
「閣下の直筆です。……緊急命令につき、情報は限られています」
「“限られてる”ってのは便利な言葉ですねぇ」
相手の声色が変わる。
「不審ですか? 我々は宮廷付きの医務官から依頼を受けて——」
「でもその医務官、昨日から東棟に隔離されてますよ?呼吸器系の感染疑いで。医療記録、確認します?」
静かに、レオンの腰に帯びた小剣の鞘が、わずかに鳴った。
使者の顔色が、ほんの一瞬だけ強張る。
——そこに、メラニーが姿を現した。
「何の騒ぎですか?」
「“急な療養”の命令書を持ってきたそうです、ゼスト閣下からの」
「……私も聞いておりません。確認を取る必要があります」
「時間がありません。殿下の容態に影響が——」
「その判断をするのは、私です。……“皇妃様の主侍女”として」
声は低く、しかし揺るぎなかった。
その場の空気が、音もなく張り詰める。
(これは、“確認”ではなく、“誘導”)
一手の差。
判断の遅れが、そのまま命取りになる——そういう“空気”だった。
メラニーは静かに命じた。
「この場にいる者全員、詳細を改めて報告書に記しなさい。——正規の命令ならば、問題はないはずですから」
「……っ」
使者たちが、わずかに引いた。
それは、“通らなかった”という合図。
彼らは無言のまま、一礼し、馬車を静かに退かせた。
レオンがぼそりと呟く。
「宰相の偽筆まで使ってくるってのは……なかなか派手な一手で。捕まえなくていいんですか、アレ」
「ええ。これは“試し”ですから」
メラニーの目が、静かに光る。
「ゼスト閣下の真意は、“警戒している者が、誰か”を見たいのでしょう」
「つまり……内通者の炙り出し?」
「ええ。そしてその“誰か”は、ノルドではない」
「……は?」
「彼は、確かに危険です。けれど、同時に——“敵を知る者”でもある。今、皇妃様を動かそうとしたのは、むしろ別の者。ノルドの手を使って、もう一手先を狙っている。ノルドであれば誰かに任せるのではなく、直接迎えに来るでしょうからね」
レオンが腕を組む。
「……裏の裏の裏っすね」
「ええ。けれど、私たちはもう、“守る”だけでは遅い」
「“攻める”ってことですか?」
「“暴く”のです。今度は、こちらが」
その声には、皇妃の侍女ではなく——“女戦士”のような強さが宿っていた。
「流石我が姉上」
レオンが、小さく笑った。
※
一方その頃、エリオットは再びベッドの上で静かに目を閉じていた。
脈打つように、指先に熱が残っていた。
額に触れたノルドの声と、夜明け前に落とされたシグルドの口づけが、交錯する。
(僕は……誰に触れられていたんだろう)
選ばなければならない。
でもその前に——“思い出す”必要がある。
扉の外から、微かな気配がする。
足音ではない。風のような、静かな気配。
(ああ……まだ……)
——夢の続きを、誰かが待っている。
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感想 1
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