文字の大きさ
大
中
小
2 / 44
第1章
第二話
健吾は蛍の高校に教育実習生としてやってきた。
その時も、女生徒の熱い視線を浴びていた。
――高校二年の夏。
「今日から三週間、教育実習でお世話になります。芦原健吾です」
教壇に立った実習生を見た瞬間、蛍の心臓は止まりそうになった。
(健ちゃんだ)
幼い頃、近所に住んでいた優しいお兄さん。
蛍が小学校に上がる前に引っ越してしまって、それきり会っていなかった。
でも、その面影は確かに彼のものだった。
少し大人びて、背も高くなっていたけれど、穏やかな目元は昔のままだった。
「担当は情報システムです。よろしくお願いします」
健吾が頭を下げると、教室中から歓声が上がった。特に女子生徒たちの反応は露骨だった。
「やばい、超タイプ」
「アルファかな?」
「絶対モテるよね」
騒がしい教室の中で、蛍の心臓は早鐘のように響く。
二度と会うことはないと思っていた初恋の人が目の前に現れた。
(どうしよう、運命かもしれない)
漫画ではありふれた展開だ。
だが、現実にあふれていないからこそ、フィクションとして憧れの的になるのだ。
少なくとも蛍のこれまでの人生で経験したことのない出来事であった。
――運命のアルファ。
健吾はアルファだ。
その優しい甘い匂いを蛍はよく覚えている。
朝のホームルームが終わり、教室を後にする担任と健吾を、蛍は慌てて追いかけた。
「健ちゃん」
後ろから声をかけると、健吾と担任が振り返る。担任は健吾に何か声をかけ、歩き始めた。
「えっと……」
健吾は戸惑いの表情で蛍を見る。
「俺、蛍。小学生の時……、七年くらい前に隣に住んでた」
「ああ、白石さんちの!」
すぐに思い出してくれた健吾に安堵し、蛍は柔らかい微笑みを浮かべた。
「大きくなってたから、すぐにわからなかった。この高校だったんだね」
「うん。健ちゃんと同じ高校だったなんて」
「そっか。あの時はまだ俺も中学生? いや、小学生だっけな」
健吾は記憶をたどるように天井に視線をやる。
「あ、でも、健ちゃんって呼んだらまずいよね。気を付けないと」
「あー、たぶんそうだね。そろそろ行かないと。三週間よろしくね」
「うん」
この時の蛍は、浮かれていた。
初恋の人と再会できて、それが運命だと疑わなかった。
だから、健吾からあの優しいにおいがしていないことに気が付いても、抑制剤の影響だと思った。
蛍は鼻がきく方ではない。
相手がアルファかオメガか見抜くことは、相手のフェロモンが強いタイプでない限り難しい。
そのため、抑制剤を飲み始めてから、蛍はアルファにもオメガにも自ら気が付いたことはない。
現代社会において、抑制剤は服用を義務付けられているものであり、アルファやオメガはお互いに検知しにくくなっている。
だが、特にオメガに取れば、ヒートに悩まされずに生活できるということは日常生活を滞りなく送るうえで重要で、メリットのほうが圧倒的に上回っている。
蛍も、目の前にいる相手がアルファかどうかわかることよりも、ヒートを起こさないことのほうが重要だと思っていた。
健吾が実習生としてやってきた初日、蛍は一日中そわそわしていた。
授業中も黒板に書かれる文字より、教壇に立つ健吾の横顔ばかりを目で追ってしまう。
授業が終われば、教室の空気が少し浮き立つ。
隣の席の女子が肘でつついてきた。
「ねえ、あの実習の人、絶対アルファだよね」
「……そうかな」
「だってあの雰囲気。イケメンだし、背も高いし。私ベータだから、匂いはわかんないけど」
蛍は曖昧に笑ってごまかした。
わかっている。
健吾はアルファだ。
第二性は本来公にするものではない。
だが、社会のルールは高校生には関係ない。
「あの人はアルファっぽい」
「あの人はオメガっぽい」
そんな言説が、飛び交うのは日常茶飯事だ。
その中で、蛍は公然とオメガということになっている。
自分で認めたことはないはずだ。
だが、否定もしていない。
差別を受けることも多いオメガだが、なぜか蛍は周囲に受け入れられていた。
その時も、女生徒の熱い視線を浴びていた。
――高校二年の夏。
「今日から三週間、教育実習でお世話になります。芦原健吾です」
教壇に立った実習生を見た瞬間、蛍の心臓は止まりそうになった。
(健ちゃんだ)
幼い頃、近所に住んでいた優しいお兄さん。
蛍が小学校に上がる前に引っ越してしまって、それきり会っていなかった。
でも、その面影は確かに彼のものだった。
少し大人びて、背も高くなっていたけれど、穏やかな目元は昔のままだった。
「担当は情報システムです。よろしくお願いします」
健吾が頭を下げると、教室中から歓声が上がった。特に女子生徒たちの反応は露骨だった。
「やばい、超タイプ」
「アルファかな?」
「絶対モテるよね」
騒がしい教室の中で、蛍の心臓は早鐘のように響く。
二度と会うことはないと思っていた初恋の人が目の前に現れた。
(どうしよう、運命かもしれない)
漫画ではありふれた展開だ。
だが、現実にあふれていないからこそ、フィクションとして憧れの的になるのだ。
少なくとも蛍のこれまでの人生で経験したことのない出来事であった。
――運命のアルファ。
健吾はアルファだ。
その優しい甘い匂いを蛍はよく覚えている。
朝のホームルームが終わり、教室を後にする担任と健吾を、蛍は慌てて追いかけた。
「健ちゃん」
後ろから声をかけると、健吾と担任が振り返る。担任は健吾に何か声をかけ、歩き始めた。
「えっと……」
健吾は戸惑いの表情で蛍を見る。
「俺、蛍。小学生の時……、七年くらい前に隣に住んでた」
「ああ、白石さんちの!」
すぐに思い出してくれた健吾に安堵し、蛍は柔らかい微笑みを浮かべた。
「大きくなってたから、すぐにわからなかった。この高校だったんだね」
「うん。健ちゃんと同じ高校だったなんて」
「そっか。あの時はまだ俺も中学生? いや、小学生だっけな」
健吾は記憶をたどるように天井に視線をやる。
「あ、でも、健ちゃんって呼んだらまずいよね。気を付けないと」
「あー、たぶんそうだね。そろそろ行かないと。三週間よろしくね」
「うん」
この時の蛍は、浮かれていた。
初恋の人と再会できて、それが運命だと疑わなかった。
だから、健吾からあの優しいにおいがしていないことに気が付いても、抑制剤の影響だと思った。
蛍は鼻がきく方ではない。
相手がアルファかオメガか見抜くことは、相手のフェロモンが強いタイプでない限り難しい。
そのため、抑制剤を飲み始めてから、蛍はアルファにもオメガにも自ら気が付いたことはない。
現代社会において、抑制剤は服用を義務付けられているものであり、アルファやオメガはお互いに検知しにくくなっている。
だが、特にオメガに取れば、ヒートに悩まされずに生活できるということは日常生活を滞りなく送るうえで重要で、メリットのほうが圧倒的に上回っている。
蛍も、目の前にいる相手がアルファかどうかわかることよりも、ヒートを起こさないことのほうが重要だと思っていた。
健吾が実習生としてやってきた初日、蛍は一日中そわそわしていた。
授業中も黒板に書かれる文字より、教壇に立つ健吾の横顔ばかりを目で追ってしまう。
授業が終われば、教室の空気が少し浮き立つ。
隣の席の女子が肘でつついてきた。
「ねえ、あの実習の人、絶対アルファだよね」
「……そうかな」
「だってあの雰囲気。イケメンだし、背も高いし。私ベータだから、匂いはわかんないけど」
蛍は曖昧に笑ってごまかした。
わかっている。
健吾はアルファだ。
第二性は本来公にするものではない。
だが、社会のルールは高校生には関係ない。
「あの人はアルファっぽい」
「あの人はオメガっぽい」
そんな言説が、飛び交うのは日常茶飯事だ。
その中で、蛍は公然とオメガということになっている。
自分で認めたことはないはずだ。
だが、否定もしていない。
差別を受けることも多いオメガだが、なぜか蛍は周囲に受け入れられていた。
感想 12
あなたにおすすめの小説
僕たちの世界は、こんなにも眩しかったんだね
舞々「お前以外にも番がいるんだ」
Ωである花村蒼汰(はなむらそうた)は、よりにもよって二十歳の誕生日に恋人からそう告げられる。一人になることに強い不安を感じたものの、「αのたった一人の番」になりたいと願う蒼汰は、恋人との別れを決意した。
恋人を失った悲しみから、蒼汰はカーテンを閉め切り、自分の殻へと引き籠ってしまう。そんな彼の前に、ある日突然イケメンのαが押しかけてきた。彼の名前は神木怜音(かみきれお)。
蒼汰と怜音は幼い頃に「お互いが二十歳の誕生日を迎えたら番になろう」と約束をしていたのだった。
そんな怜音に溺愛され、少しずつ失恋から立ち直っていく蒼汰。いつからか、優しくて頼りになる怜音に惹かれていくが、引きこもり生活からはなかなか抜け出せないでいて…。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
流れる星、どうかお願い
ハル羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
【完結】可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない
天田れおぽん劣性アルファであるオズワルドは、劣性オメガの幼馴染リアンを伴侶に娶りたいと考えていた。
ある日、仕えている王太子から名前も知らないオメガのうなじを噛んだと告白される。
運命の番と王太子の言う相手が落としていったという髪飾りに、オズワルドは見覚えがあった――――
※他サイトにも掲載中
★⌒*+*⌒★ ☆宣伝☆ ★⌒*+*⌒★
「婚約破棄された不遇令嬢ですが、イケオジ辺境伯と幸せになります!」
が、レジーナブックスさまより発売中です。
どうぞよろしくお願いいたします。m(_ _)m
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
【完結】期限付きの恋人契約〜あと一年で終わるはずだったのに〜
なの「俺と恋人になってくれ。期限は一年」
男子校に通う高校二年の白石悠真は、地味で真面目なクラスメイト。
ある日、学年一の人気者・神谷蓮に、いきなりそんな宣言をされる。
冗談だと思っていたのに、毎日放課後を一緒に過ごし、弁当を交換し、祭りにも行くうちに――蓮は悠真の中で、ただのクラスメイトじゃなくなっていた。
しかし、期限の日が近づく頃、蓮の笑顔の裏に隠された秘密が明らかになる。
「俺、後悔しないようにしてんだ」
その言葉の意味を知ったとき、悠真は――。
笑い合った日々も、すれ違った夜も、全部まとめて好きだ。
一年だけのはずだった契約は、運命を変える恋になる。
青春BL小説カップにエントリーしてます。応援よろしくお願いします。
本文は完結済みですが、番外編も投稿しますので、よければお読みください。