1 / 30
自転車に乗るときは傘はハンドルに引っ掛けないでください。
しおりを挟む
「ヤッバーい! やばいよぉぉ!遅刻遅刻!」
眼鏡を装着した遊亀は叫びながら、弟からかっぱらった、スポーツブランドのバッグにポンポンと荷物をいれて財布と鍵、携帯をいれると、
「行ってきます~!」
と叫び、マウンテンバイクに、借りていた傘を引っ掛け走り出した。
そのマウンテンバイクはなけなしのバイト代で購入したもので、バイト先は、本来であれば自転車で20分先。
しかし、マスターとの約束では9時までにはいればいいのだが、それより早く入らなければならない事情があった。
「もう~! 何で? 朝の掃除って3人でやってたじゃん! なのに、愛ちゃんは遅刻するし、どうして、先輩辞めたのに、新しい人いれてくれんの~! どうして11時からオバさん3人もいれるのさ! ボケェェ!」
遊亀は叫ぶ。
が、こぐのは止めない。
1分でも早く入って掃除と、10時から開店に間に合わせるのだ!
本当はママチャリもあるが、わざわざこれにしたのは、見本品販売で、原価は10万弱、それと、他の1台を購入することで、10000円にしてくれると言われたからである。
6段階と4段階……速度の変更も可能であり、その上ブレーキがよく利いた。
家から、しばらくは線路も多く信号もあるが、途中から直線で、うまく走ることができれば信号に引っ掛からずに、最速12分で4キロ先のバイト先に行ける。
時間との勝負!
いつもの時間通り、線路で止まる。
昨日は雨で、自転車を引っ張り、傘で帰った。
バイト先に置き傘をしている為に、持っていくつもりである。
折り畳みは小さいし……と、普通の傘を引っ掛けていた。
遮断機が上がった。
「よっし!」
ペダルを踏んだ。
すると、いつもと違う感覚にあれ? っとなった。
視界が前転する……?
後輪が浮いている……?
ブレーキを踏むのを忘れ……宙に浮く遊亀の目に飛び込んできたものは、前輪に絡まった傘!
「あ、あぁぁ!」
自転車が、前輪を支点に前に倒れる!
遊亀がそのまま前転、ついでに自転車が体の上に落ちてくる形である!
多分、地面に叩きつけられる!
その痛みよりも何よりも、遊亀が思ったのは、
「遅刻~!」
だった。
一瞬気を失ったのか、ハッと我に帰る。
「あんな姿、周囲に笑われる! 恥ずかしい~!」
叫びながら体を起こす。
「バッグ! 自転車! どこ~! って、アイッタァァァ!」
頭は打っていなかったようだが、背中と腰がうずく。
短いデニムパンツだった為、弁慶の泣き所辺りは擦り傷である。
「あぁぁ、また、言われるんだろうなぁ……」
「何がです?」
「兄ちゃんらに『ばっかじゃないか』……言うて」
バッグを探すが、まずは眼鏡を探す。
中学校時代からの愛用眼鏡は、ボロボロでも見えればいいのだ。
「眼鏡は……どこ? わぁん! 幾らかけて0,6でも、見えりゃぁいいのに! 買えないんだからぁぁぁ!」
体が痛いのと、見つからないため逆ギレである。
「眼鏡とはこれですか?」
振り返る。
奇跡的に無事だった眼鏡が、うっすらボヤけて宙に浮いている。
「あぁぁぁ! あったぁぁ! ありがとうございます!」
手に取ろうとすると、スッと引かれる。
「何するの~! それがないと生活に支障が!」
遊亀は叫ぶ。
遊亀はド近眼である。
中学校までは一応1,5の視力だったのだが、二年生になると急に片方の目が0,8に落ち、もう片方が1,2、3月後には0,08と0,6に落ちた。
そして、眼鏡になったのである。
「これはなんです?」
「眼鏡だよ! 見て解らないの? あたしは目が悪くて、それがないと生活できないんだって! 返して~!」
「……没収です!」
「何でぇぇ!」
「いかに鶴姫が変わり者でおてんばとはいえ、変なものを身に付けて出ていっては困ります!」
「鶴姫って何やねん!」
つい関西弁バリバリで突っ込んだ。
「大祝鶴様。大山祇神社の大祝職、大祝安用様のご息女。兄上に安舍さまと安房様がいらっしゃいます」
「おおほうり……大山祇神社は解る。大祝って何なん?」
薄暗い中で、相手がため息をついたことにムッとする。
「馬鹿にしたな~! 一応、大山祇神社は解っとるわ! 四国の今治の大三島にある神社やろがね! で、奉られとるんが、大山積神! 天孫の瓊瓊杵尊の嫁の木花咲耶姫や、磐長姫の父親! 元々は山の神だったけど、大三島の周囲は海で、海の神の一面を見せる……どうで?」
「ハイハイ、偉いですね~」
「めっちゃムカつく~! うちをバカにすんなよ~! おらぁぁ!」
背中は痛い、ジクジク痛むのは足の怪我、そして、多分腕も擦りむいている。
だが、キッと睨み付け、
「1541年に確か安房って言うんが戦死するわ。その頃には父親から、長男が跡継いで……あぁ、大祝職の大祝かね……で、鶴姫って1543年に死ぬわ。鶴姫伝説ばっかりおっとったけんな。うちはある程度出来るんや」
「1541年……?」
怪訝そうな声に、
「天文10年の6月。大内氏と敵対したんやないか? 次男の出陣や。で、戦死する。で、鶴姫が出陣するんや」
「なっ!」
「で、10月にもな」
イライラしていた、ジクジクと背中と言うよりも全身打撲に近い。
その上眼鏡もなく、バカにされ……。
「ここはどこや! 言うてみい! それに眼鏡返せ!」
怒鳴ると、男は首をすくめ、
「私は越智安成と申します。鶴姫」
と告げたのだった。
眼鏡を装着した遊亀は叫びながら、弟からかっぱらった、スポーツブランドのバッグにポンポンと荷物をいれて財布と鍵、携帯をいれると、
「行ってきます~!」
と叫び、マウンテンバイクに、借りていた傘を引っ掛け走り出した。
そのマウンテンバイクはなけなしのバイト代で購入したもので、バイト先は、本来であれば自転車で20分先。
しかし、マスターとの約束では9時までにはいればいいのだが、それより早く入らなければならない事情があった。
「もう~! 何で? 朝の掃除って3人でやってたじゃん! なのに、愛ちゃんは遅刻するし、どうして、先輩辞めたのに、新しい人いれてくれんの~! どうして11時からオバさん3人もいれるのさ! ボケェェ!」
遊亀は叫ぶ。
が、こぐのは止めない。
1分でも早く入って掃除と、10時から開店に間に合わせるのだ!
本当はママチャリもあるが、わざわざこれにしたのは、見本品販売で、原価は10万弱、それと、他の1台を購入することで、10000円にしてくれると言われたからである。
6段階と4段階……速度の変更も可能であり、その上ブレーキがよく利いた。
家から、しばらくは線路も多く信号もあるが、途中から直線で、うまく走ることができれば信号に引っ掛からずに、最速12分で4キロ先のバイト先に行ける。
時間との勝負!
いつもの時間通り、線路で止まる。
昨日は雨で、自転車を引っ張り、傘で帰った。
バイト先に置き傘をしている為に、持っていくつもりである。
折り畳みは小さいし……と、普通の傘を引っ掛けていた。
遮断機が上がった。
「よっし!」
ペダルを踏んだ。
すると、いつもと違う感覚にあれ? っとなった。
視界が前転する……?
後輪が浮いている……?
ブレーキを踏むのを忘れ……宙に浮く遊亀の目に飛び込んできたものは、前輪に絡まった傘!
「あ、あぁぁ!」
自転車が、前輪を支点に前に倒れる!
遊亀がそのまま前転、ついでに自転車が体の上に落ちてくる形である!
多分、地面に叩きつけられる!
その痛みよりも何よりも、遊亀が思ったのは、
「遅刻~!」
だった。
一瞬気を失ったのか、ハッと我に帰る。
「あんな姿、周囲に笑われる! 恥ずかしい~!」
叫びながら体を起こす。
「バッグ! 自転車! どこ~! って、アイッタァァァ!」
頭は打っていなかったようだが、背中と腰がうずく。
短いデニムパンツだった為、弁慶の泣き所辺りは擦り傷である。
「あぁぁ、また、言われるんだろうなぁ……」
「何がです?」
「兄ちゃんらに『ばっかじゃないか』……言うて」
バッグを探すが、まずは眼鏡を探す。
中学校時代からの愛用眼鏡は、ボロボロでも見えればいいのだ。
「眼鏡は……どこ? わぁん! 幾らかけて0,6でも、見えりゃぁいいのに! 買えないんだからぁぁぁ!」
体が痛いのと、見つからないため逆ギレである。
「眼鏡とはこれですか?」
振り返る。
奇跡的に無事だった眼鏡が、うっすらボヤけて宙に浮いている。
「あぁぁぁ! あったぁぁ! ありがとうございます!」
手に取ろうとすると、スッと引かれる。
「何するの~! それがないと生活に支障が!」
遊亀は叫ぶ。
遊亀はド近眼である。
中学校までは一応1,5の視力だったのだが、二年生になると急に片方の目が0,8に落ち、もう片方が1,2、3月後には0,08と0,6に落ちた。
そして、眼鏡になったのである。
「これはなんです?」
「眼鏡だよ! 見て解らないの? あたしは目が悪くて、それがないと生活できないんだって! 返して~!」
「……没収です!」
「何でぇぇ!」
「いかに鶴姫が変わり者でおてんばとはいえ、変なものを身に付けて出ていっては困ります!」
「鶴姫って何やねん!」
つい関西弁バリバリで突っ込んだ。
「大祝鶴様。大山祇神社の大祝職、大祝安用様のご息女。兄上に安舍さまと安房様がいらっしゃいます」
「おおほうり……大山祇神社は解る。大祝って何なん?」
薄暗い中で、相手がため息をついたことにムッとする。
「馬鹿にしたな~! 一応、大山祇神社は解っとるわ! 四国の今治の大三島にある神社やろがね! で、奉られとるんが、大山積神! 天孫の瓊瓊杵尊の嫁の木花咲耶姫や、磐長姫の父親! 元々は山の神だったけど、大三島の周囲は海で、海の神の一面を見せる……どうで?」
「ハイハイ、偉いですね~」
「めっちゃムカつく~! うちをバカにすんなよ~! おらぁぁ!」
背中は痛い、ジクジク痛むのは足の怪我、そして、多分腕も擦りむいている。
だが、キッと睨み付け、
「1541年に確か安房って言うんが戦死するわ。その頃には父親から、長男が跡継いで……あぁ、大祝職の大祝かね……で、鶴姫って1543年に死ぬわ。鶴姫伝説ばっかりおっとったけんな。うちはある程度出来るんや」
「1541年……?」
怪訝そうな声に、
「天文10年の6月。大内氏と敵対したんやないか? 次男の出陣や。で、戦死する。で、鶴姫が出陣するんや」
「なっ!」
「で、10月にもな」
イライラしていた、ジクジクと背中と言うよりも全身打撲に近い。
その上眼鏡もなく、バカにされ……。
「ここはどこや! 言うてみい! それに眼鏡返せ!」
怒鳴ると、男は首をすくめ、
「私は越智安成と申します。鶴姫」
と告げたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる