自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
10 / 30

安成君のお母さんがやって来たのでした。

しおりを挟む
「う~ん、う~ん……難しいなぁ……」



 さきと安成やすなりが出ている時に起き出して、必死にバランスを取りながら歩いている。

 足の骨折は単純骨折であり、普通にヒビ程度である為、痛みがなくなるまで冷やすのと固めておくのだが、固く巻いた布の厚みで左右の高さが変わり、歩くと左右に身体が動き、腰が痛む。
 何度か往復したのだが、やはり腰の痛みに横になる。
 腕の痛みも少々悪化し、べそをかきそうになるが、



「大丈夫大丈夫……借金よりまし! あぁぁ……手の調子が良かったら、皆のお手伝いをして、少しでも役に立ちたいのに……」
「遊んだりとか……考えませんのですか?」



突然の問いかけに、ビックリする。

 部屋の隅に、小柄な母親世代の女性がいる。
 しかし、安成達の世代であり、遊亀ゆうきにとっては先輩世代である。



「遊ぶ? どのような?」
「新しい着物を仕立てる為に、商人を呼んだり……」
「この顔でこの怪我ですし……あ、遊ぶなら! 海岸で、綺麗な貝や石を探したいです!」



 目をキラキラさせる。



「それに、お世話になっている皆さんに、お礼もしないと……さきちゃんと安成君に、何かあげたら……でも……」



 情け無さそうに、自分の姿をみる。
 元々着なれぬ着物、その上、足と左腕は骨折。
 一応、箸の持ち方は、ビシビシと特に父親に教わった為、大丈夫だが、他は……。



「あっ! そうだ! 料理! それなら得意!」
「は? 鶴姫様? 何を……」
「料理を作りに行ってきます! それに習いに! どんな材料、どんな方法……知ることで、どれ位の金銭のやり取りや、商売についても教わることができます。よいしょ」
「姫様が! 厨房にたってどうするのです!」



 自分よりも年上……40手前の女性に、キョトンと、



「私の家では『男子厨房に立つべからず』で、数えで5つには包丁握っていましたから大丈夫です。あ、遊亀と申します。では、行って参ります」



ぺこんと頭を下げて、ヒョコヒョコ歩いていく。
 浪子なみこは慌てて、



「姫様が、するべきものではありません!」
「戦場になれば、男も女も関係なく生き抜く道を探さねば。私は武器は持てませんし、後方支援と言うことで料理を提供します。後は繕い物と、洗濯ですね。お風呂を浴びる為の薪の準備も……伺ってこなければ……」
「姫様!」



振り返った遊亀は、首をかしげる。



「姫様と言うのは、その場でニコニコして座っているだけで良いのですか? 男の方が戦場にいるのです。女にも握り飯を握ったり、怪我の手当て、それ位は出来なければ、この武門に生まれた意味はありません。役立たずと罵られるなら、役に立って見せると言い切るのが女の本分。『女は度胸』を見せるつもりです。では、どなたかのお母様でいらっしゃいますか?」
「……越智安成おちやすなりとさきの母、浪子と申します。姫様」



 正座をして頭を下げる浪子に、



「えっ? えぇぇ! さきちゃんと安成君のお母さん! わ、わぁぁ! すみません! すみません! 私は山元遊亀やまもとゆうき……じゃなくて、鶴姫の身代わりです! よろしくお願い致します!」



正座をして頭を下げる……しかも優雅に……に、



「姫様。骨折は?」
「あ、ああ、あいたぁぁ! 忘れてたぁぁ!」



べそをかくその姿に、ついふっと口が緩む。



「安成を振り回す女性だと伺いましたので、もっと、突拍子もない方かと……」
「えぇぇ? 振り回す……って、安成君め、お母さんに喋ったな。からかって遊んだけど、勉強も教えてあげたのに! ……それに、テディベアじゃ足りなかったか。今度は、さきちゃんに聞いて、可愛いお嬢さんを10人程探して、安成君のお友達と会わせて合コン……じゃなくて、見合い合戦! 桃色脳にしてくれる~!」



 うきー!



拗ねる……コロコロと表情が変わるその姿は美人ではないが、あの安成が心を寄せるのが解る。
 特に、そっと様子をうかがっていた時の、ぼんやりとした何かが欠けた、虚しく哀しげな表情に、胸が締め付けられた。
 彼女は、奪われて奪われて……失って生きてきたのだ。
 努力も認められず、自信も失い、疲れきっていた。
 ただ日々何かに追われることで、動いていたのだ……。

 何かを与えても……良いのではないか……そう思ったのである。



「姫様?」
「えっと、安成君のお母様。遊亀で構いません。遊ぶ亀と書きます」
「あらあら……亀はのんびりしているけれど、せっかちな亀さんですね。私は浪子と申します。良いと書く方ですわ」
「綺麗なお名前です。水と言うのは女性を表すのです。浪の右側は良い、左半分は水を示すので、凪いだ浪……良好な時という意味でしょうか……」



 微笑む。



「まぁ、なぜお分かりに? 強い浪が和らいだ時に生まれたのです」
「やっぱり。女性らしいと思って」



 エヘヘっと照れ笑う遊亀を見て、浪子は決意する。



「ありがとうございます。遊亀様、もうすぐ子供達も戻ってきましょう……、少しでもお休み下さいませ」
「あ、はい。ちゃんとしています」
「では失礼いたします」



 頭を下げて下がると、近くを通った女中に、安舍やすおくの元にと伝える。



「失礼致します。お久しぶりでございます」
「久しぶりです。従姉上」



 安舍は微笑む。
 側には、安成がおり、

『何で母が?』

と言う顔で硬直している。



「実は、息子と娘がきちんと勤めを果たしているかと思いまして……」
「大丈夫。姉上は心配症だ。二人共、立派だよ」
「さきは、本人はよく勤めをと思うのですが……それに、まだ結婚もしていない息子がと……」



 ため息を漏らす。



「さきの夫には何度も忠告に、夫の方からも言い聞かせてはいるのですが、如何でしょう? ご迷惑などかけて……」
「……まぁ、ねぇ……時々さきの仕事の邪魔を……」



 言いかけた安舍達に聞こえてくる、



「ですから! 私は離婚して結構です! そう申しております! 度々、私に会うとかこつけて、こちらに来られないで! 大祝職おおほうりしょく様にも、安舍様にも御迷惑です!」
「だからな? さき……」
「触らないで!」


中庭で言い争う。
 手を振り払ったさきは、


「私は、鶴姫様にお仕えしているの! やめて頂戴!」
「何だと!」
「何をしている」



部屋から出ていった安舍が手招きをする。



「こちらに、さき」
「安舍様!」
「鶴について話があるのだよ。……それと、そなた。さきの夫と言っているが、もうすでにさきの荷物はなく、あるのは形ばかりの婚姻だけ……こう度々来られると迷惑だよ。帰ってくれないかな?」



 さきは小走りで近づいてくる。



「なっ? わしは、この女の!」
「元夫ではないか。済まないが、帰ってくれないかな? これから鶴について話があるのだよ」
「鶴姫はあの男と逃げたではないか!」



 嘲笑する声に、



「私が鶴ですが何か?」



奥から出てきた遊亀が、顔を俯かせ告げる。



「さきは私の姉であり、友! さきを大事にしない、利用する男など去りなさい! 二度とここに来ることは許しません!」
「なっ! に、偽物の癖に! 知っているのだぞ!」
「その前に、そなたの方が偽りの夫ではありませんか。そなた程度の男が、複数の女性を屋敷における程、そなたの家は裕福か? 先程兄上はおっしゃった。さきの荷物はその家にないと。ではすでに、さきはその家の者にあらず! 二度と会いに来るでない‼もし再び来た場合は、父上に訴える! そして、三島明神みしまみょうじん御奉おんたてまつり……」



 遊亀の一言に、男は去っていった。



「……さきちゃん! 大丈夫?」
「鶴! 何てことを! 大きなことを、神の名を軽々しく言ってはいけない!」
「では兄上は、これからもしつこく追ってくる、居座る男にのらりくらりするのですか?」
「それは……」
「さきちゃんの方が大事です! もし神の罰を受けたとしても、私は本望です!」



 言い争う偽りの兄妹を、浪子は感心しつつ見つめていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...