自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

文字の大きさ
11 / 30

遊亀は頭のなかが真っ白になりました。

しおりを挟む
「落ち着かれては……? 安舍やすおく様」



 浪子なみこの一言に安舍は、



「しかし……」
「あ、そうです。内々にお願いがあり、参りました。大祝職おおほうりしょく様にもお伝え願えないか……と思っております」



頭を下げる。



「何です? 従姉上」
「さきはもうすでに2年、前の嫁ぎ先から離れております。離縁をお認め頂ければと思っております。そして、新しい夫の元にと……お願い致します」
「離縁、それは構わぬと思います。再婚先は……」
「前回は私どもが誤った嫁ぎ先を選んだ為に、苦しんだのです……今回はその失敗を犯さぬ為、安舍様にお伺いを……」
「……従姉上方は構わぬのか?」



 問いかけに浪子は、



「子を思う親の思いが、逆に子を苦しめる結果に……これ以上辛い目には……」
「解った。で、他には?」
安成やすなりは何時まで経っても、嫁に孫を見せぬので……呼び、問いただしたのです。そうすると、好きな女人がいるとそう申しますので、相手は? と問いましたところ、そちらの鶴姫様だとのこと。様子を伺いに参りましたら、考え方も道理が通り、柔軟。賢く、この愚息に見る目があったと感心しております。出来ましたら……」
「……は?」



 遊亀ゆうきは、安舍と安成の視線に、自分を示し、



「これ……ちょっと待ったぁぁ! ムリムリムリ! 帰ります! 即刻! 今すぐ! サヨウナラ~!」



逃げようとした遊亀の体を引き寄せ、



「逃がしません! と言うことで、思う存分口説きます! 何でしたら、正式な婚礼前に、ややができた! という風でも結構です! どっちがよろしいですか?」
「ぎゃぁぁぁ! あ、兄上! な、何か、何かいってるぅぅ! セクハラ! 変態発言! 助けて!」



必死に表向きの兄に助けを求めるが、



「御免よ? 真鶴まつる。兄様も、これからさきを口説こうと思っていてね? 頑張って」
「うそぉぉ! 助けて! さきちゃぁぁん!」
「えっと……頑張って下さい」
「わぁぁん、お母さん! 息子が息子さんが~!」
「祝言の準備。楽しみだわぁぁ……」



周囲が固められたのを思い知った遊亀だった。





 祝言当日……遠い目をした花嫁姿の遊亀がいたのだった。



「うりゃぁぁって脱走……したいです」
「無理です。頑張りましょう」
「何でやねん! さきちゃんは可愛いけんかまんけど、うちはおばちゃんやがね~! うおりゃぁぁ! やっぱり、逃げる!」



 着物の着方を覚えれば、脱ぎ方位はお手のものである。
 脱ごうとした遊亀を、引き寄せる。



「はいはい。その体力を夜まで温存しておいて下さいね?」
「よ、夜……ぎゃぁぁぁ! セクハラや~! 変態や!」
「おらばんように。折角の祝言ですよ。久々に父も戻ってきたし……」
「……安成君のお父様、亀松かめまつって、本当に名前なんかね?」
「婿養子なんですよ。父が婿です。元々母が安舍様の従姉で、越智家の末娘だったんです。上にお兄さんがおられて、生まれてすぐ、結婚したばかりのお兄さんが亡くなったんです。で、他の兄弟は皆結婚するなり、婿に入るなりでいなかったので母が婿を取ることに。で、父が決まったんですよ。元々船乗りですが知識が深く、勉強家でしたから皆、慕ってくれていましたが、目が見えなくなったんです。今は、船に乗る時のまとめ役ですね」
「目が悪い?」



 眼鏡は今日は取り上げられている為、よたよたとうっすらとぼやける視界を頼りに近づく。



「お父様、お母様……至らぬことがあるかと思いますが、今後ともよろしくお願い致します」



 深々と頭を下げる。



「……鶴姫様」
「いえ、遊亀と申します。遊ぶ亀と書きます」
「わしと一緒や」



 笑う男は、がっしりとしているが、瞳が白い。



「……若年性白内障ですね」
「ん?何や?それは……」
「うーんと、簡単に言いますと、卵の白身に火を通すと白くなります。お父様や私たちの瞳には、卵の白身のようなものが入っているのです。ストレス……極度の緊張感とか、必死に頑張らないととかずっと考えたり、急に強い光にさらされて、目に疲れが溜まるとか、それが重なっていくと、目に影響を与えて、目の黒い部分の中の白身のような部分が濁ってきて、その奥の目を見ると言う部分を隠してしまう……その状態です。いつ頃からそんなに酷くなったのですか?」
「いつ、か……? 最近完全に見えんなった」
「……200年程前に、この国にこの病に対処する手術が、明の国を経由して入ってきているのですが、多少……強引な方法で、安全性、後遺症の目の病等の心配があるのです。私も詳しくなく……専門的な知識がないのですが……もしあったら……治せたかもしれません。済みません。それだけの知識がなくて……情けないです」



 唇を噛みしめる遊亀に、亀松はおや? とした顔をする。



「義理の父親や。気にせんでもよかろ?」
「良くありません! 義理でも、お父様とお母様は私の両親です!」



 遊亀は食って掛かる。



「お父様は亀松……とお名前をお伺いしました。亀は私と同じ。『鶴は千年、亀は万年』と長寿を祈る為の名前です。松は一年中青々とした葉を繁らせる、祝福の木であり、松ヤニ、松明等の長い間用いられる素晴らしい木です。お父様に名前をつけられた方は、本当にお父様の為に考えられたのだと思います。それに、亀は知っておられますか?」
「ん?」
「中国からもたらされた『陰陽五行説いんようごぎょうせつ』によると、北の方角に『玄武げんぶ』と言う聖獣がおります。北は不吉と言うのは誤りで、陰陽五行では水を示します。玄武と言う意味はご存じですか?」
「亀や」
「違います。『玄』は黒い。『武』は武器、武人などと言いますが、本来は、二つの文字が重なっているのです。『ほこ』を『める』です。玄武は誇り高い、戦いを止める強い意思を持った聖獣です。亀に、尾は蛇となっていますが、方角は北で、季節は冬……春を待つ為にじっと耐えると言う意味です。水の神でもあります」



 遊亀は義父に告げる。



「お父様のお名前は、とても素晴らしいお名前です。それに、一文字ですが一緒の名前で嬉しいです」
「……そんなことを言われたことはなかったわ……とろくさい亀や言うて……ようバカにされとった」
「うちも……私も同じです。どじで馬鹿で……年子に兄弟はいるのですが、皆ある程度できるのに私だけ……体も強い方じゃなかったのに、頑固で負けず嫌いで……」



 苦笑する。



「でも、お父様はお名前の通り、どっしりとした強さと今まで努力して得た知恵があります。大丈夫です。きっとこの家は……父上と母上を中心として支えられるでしょう」
「……遊亀」



 見えない目で探る手を、安成が握らせる。



「……よう来てくれた! 安成には勿体無い、でも、ワシの娘や。安成はまだ頼りない息子や。でも、あんたの傍におれば、きっと男になる。よろしゅう頼む!」
「えっ! えと……越智家の嫁として恥ずかしくない生き方を! お父様、お母様の自慢の娘として努力致します!」



 最初、亀松は反対していた。
 武芸などはある程度身に付けているが、気の弱い息子が妻。
 しかも相手は鶴姫……。
 気は強く、それに越智家の分家であるが、勢力のないこの家に嫁いでもどうすればいいのだ。
 それでなくとも息子は大人しい。

 しかし、妻が是非にと行ったと告げられ驚き、今日の祝言ではこの言葉……。
 嬉しいやら、涙が出てくる。



「いい娘を……迎えた。良かった……」
「まぁ……あの子が、遊亀さんに釣り合うかですわ」
「……まぁ、今日は祝おうやないか……」



 亀松は、ぐいっと酒をあおったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...