自転車が回転して、世界が変わった日〜鶴姫

刹那玻璃

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遊亀は、ゆったりと日々を過ごします。

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 遊亀ゆうきはのんびりと日々を過ごす。
 普通、赤ん坊の産着や襁褓むつきを準備するのだが、つわりがひどい遊亀は起き上がれない時が多く、義母の浪子なみこが準備をしてくれている。
 遊亀もある程度の裁縫の腕は持っているものの、レベルの違いを思い知る。

「お母さんにはかなわんなぁ……早いし、綺麗やし、羨ましい」
「って、遊亀も手慣れとるやろがね」
「うちは、自分で服を仕立て直しよったんです。家の母は、身長がうちよりたこうて、体重はお母さん位やって……」
「それは痩せとるけど大女やわ。うちは遊亀位でかまん。そうや、遊亀のべべこさえな」

 遊亀自身が遠慮していた着物を、仕立てなければと思っていると、

「お母さん、かまんかまん。これからお腹もおおきになるんやけん。それよりも赤ん坊のべべと襁褓です」
「そうかね?うちは嫁に古着を着せとるようで……」
「そんなんは、笑い飛ばせばいいんです。家は孫が生まれる。嫁がそっちを作ってくれって……使われてなぁって」
「それこそ、遊亀が悪い立場になる。いかんがね‼」

浪子は慌てて止める。
 遊亀は微笑む。

「大丈夫や。お母さんはどう見てもそんな風に扱うてないって解るし、うちも、お母さんとお父さんとおるのが楽しい。幸せや」

 その穏やかな微笑みは……つわりのせいで痩せたものの、そのぶんむくんでいた顔や手足がほっそりし、遊亀は喜んでいる。
 体は持つのかと心配しているものの、優しく、

「でも、驚いたわ。遊亀が、肩もみや叩くのも気持ちいいわ。楽になる」
「ずっと同じ姿勢とかしとると筋肉がこわばって、血の巡りが悪くなってるのを、ようしとるんよ。お父さんも先にしたんですけど……あら、寝てますね?」

先に肩を揉んであげていた義父の亀松(かめまつ)は、いびきをかいて眠っていた。

「よほど気持ち良かったんやなぁ……遊亀に揉んでもろて」
「首がひどくかとうなっとって、頭との付け根辺りにしこりと言うか、疲れがたまっとるみたいですよ」
「悪いもんやろか?」
「いえ、一時的に疲れがたまっとるだけみたいです。酷かったらいびきがおかしなります。エェ眠りみたいですよ」

 義理の娘の笑顔にふふっと笑う。
 先程、夫とわいわいと大騒ぎしていた遊亀である。



「痛いわ‼遊亀。父ちゃんを殺す気か~‼」
「だから痛いのは、ここに疲れの塊があって、ここを揉むことで、疲れの塊を取り除いて楽にするんよ、お父さん‼特にな?この肩と、首から頭の付け根。ここに疲れがたまりやすいんよ。やけんね?」
「あだだだだ‼浪子‼遊亀が‼」
「大丈夫ですよ。もっと痛い部分教えて貰いましたよ、ツボやて」

 襁褓を縫いながら、告げる。

「も、もっと痛いとこがあるんか‼」
「こことここです」
「あだだだだ‼」

 亀松は、本気で悲鳴をあげる。
 親指と人差し指の付け根、と肘の少し下の部分……それぞれ頭痛と歯痛を一時的に収める効能のあるツボである。
 特に遊亀は頭痛持ちだった為、元の世界では頭痛薬が欠かせなかったが、こちらでは飲むこともできない上に、胎児に影響があってはいけない為、夫の安成やすなりに薬草を煎じて貰うのだ。

「ここは、頭痛のツボです、後は……」
「もうかまん……」

 亀松は逃げた。



 しかし、その前に施していた肩と首のマッサージがよほど楽だったらしく、気持ち良さそうに眠っている。

「あれは、誰かにしとったんかね?」
「父ですね。父はお父さん程ではないけど、肉体労働をしていたので……」
「へぇ。どないなん?」
「大工です。お社とかではないですが、そこそこのお屋敷を任されとったみたいです。体が痛む言うて……お父さんよりも年上なので……」

 50になっていない亀松を見る。

「そないなんかね」
「来年60です」
「年上やなぁ……大変や」

 この時代60とはかなりの老齢になる。
 遊亀達の時代のように、平均寿命が80代と言うことはあり得ないのだ。
 ちなみに結婚も早く、安成のように初婚が20才と言うのは遅い方である。



 一応確認の為に聞いたのだが、

「恋人?いないよ。いたら結婚してるし……」
「側室は?おめかけさんとか……」
「いないよ。いたら家が大騒ぎだよ。母上に正座で、膝付き合わせてお説教や。それに遊亀がいるのに、他にいるの?」
「お父さんは?」

食い下がると、あれっと言いたげに、

「知らんかったっけ?父上は、母上の事を一目惚れやったんで?で、身分は違うけどって、安用やすもち様に縁を取り持って貰ったって」

初耳である。

「それに、本物の鶴姫の母上の妙林みょうりん様は父上の従妹」
「あ、そうか……鶴姫のお母さんは女中やったって……」
「でも、その頃には奥方さまもおられんかったと思う。妙林様はもうお亡くなりやし……」
「ふーん……で、安成君は、その顔でモテんかったと……」

 残念そうに言うと、ニッコリと安成は笑う。

「遊亀が来るのを待ちよったんや。待った甲斐があったわ」
「なっ!」

 一気に顔が上気する。

「何いよんよ‼こんなん待ってどうすんで‼」
「遊亀やけん待ちよったんや。安心し」
「って、何しよんの‼」

 遊亀の膝に頭をのせる。
 そしてまだ膨らみのないお腹を撫でる。

「嬉しいなぁ……男の子やったらどうやろなぁ……息子に戦うことを……告げんといかんなる……辛いな」
「……それがこの時代や……女の子でも同じこと。うちが思うんは……安成君が生きてくれること……それだけ……」
「それと俺は遊亀とこの子供……そのまた次の子供が元気に成長してくれるだけや……で、何作りよん?」
「ん?」

 楽しげな顔で、作っていたものを、廊下に転がす。
 ころころと転がすとチリチリン‼と鳴った。

「これは?」
「すごろくのサイコロ。柔らかい布で作ったけんね?子供に数字を教えるでしょ」
「で、これは?」
「え?えーと、くまとウサギ、かえるとお花、タヌキとイヌ、名前覚えるのにいいかなぁって。数字も着けているから、喜ぶかなぁって」

 柔らかな布に、別の布で作った絵柄をかがって作っている。
 これは……

「器用だし可愛いね。幾つか作って、あげるといいと思う」
「うん。もう、5つ作ってて、実はもっと作ったらさきちゃんの家にもあげようと思ってるの。綿を詰めているから柔らかいし、四角いから転がしても、遠くに行かないでしょ?それに数字じゃなくて、言葉も書いておくと言葉を覚えていいよね」
「時々遊亀がものすごく強いように思うわ……それに、そのチリンチリンって」
「鈴だよ。普通の鈴と違って、綿の間でも音がするように工夫されてるの。5つあったからお気に入りになったら嬉しいなぁって」

チマチマと丁寧に作ったものを見せる妻に、安成は微笑む……。

「ありがとう……遊亀はさすがに俺の嫁や」
「何いよんの」

 照れた顔を見せないようにそっぽを向く。

「……遊亀。前に聞いた水無月の出兵……鶴姫の代わりに俺が指揮を執ることになった」
「……‼安成君が……?」

 持っていた四角い布のおもちゃが転がる。
 鈴の音が響くのを聞きながら、安成は冷静に聞こえるように優しく告げる。

「遊亀。大丈夫や。俺は生きて戻る。やけん、お腹の子と父上、母上とおるんや。えぇな?」
「……安成君」
「心配せんでええ。心配なんは俺や。船酔いしたらどないしよか」

 茶化す夫にプッと吹き出す。

「ツボやツボ。安成君忘れたんかね?」
「覚えとるわ。やけん……笑っとき」

 安成はお腹を撫でると、

「遊亀の正座もそろそろ限界や。休もうや」

起き上がった安成は、遊亀を抱き締め、奥に入っていった。
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