暗い夜に怯えたい【怖い話】

シマシマ

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遺影

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大学最後の卒業旅行だった。僕たち、いつもつるんでいた男5人組で、レンタカーを借りて海辺の町を訪れた。旅の終わりに、寂れた岬の突端に立つ古い灯台の前で、記念写真を撮ることになった。

「せっかくだから5人で撮ろうぜ」

誰かがそう言い出し、三脚にスマートフォンをセットして、セルフタイマーを起動した。10秒のカウントダウン。僕たちは肩を組み、最高の笑顔でレンズを見つめた。カシャッという電子音と共に、僕たちの最後の青春が、完璧な一枚の写真として記録された。そのはずだった。

帰りの山道。夜も更けて、運転を交代したばかりの健太が、少しうつらうつらしているように見えた。その時、大きくカーブを曲がりきったところで、ガードレールが妙に古びて薄くなっている区間があった。対向車線から大型トラックがヘッドライトをギラつかせながら現れ、健太は一瞬ハンドルを切り損ねた。車のタイヤが、ガリッと音を立てて路肩のガードレールを擦った。一瞬、車体が浮いたような、ゾッとする感覚が全身を駆け抜けた。「おい、大丈夫かよ!」後部座席から誰かが叫び、健太は慌ててハンドルを修正した。何事もなかったかのように走り出すレンタカーの中で、皆「危なかったなー」と笑い飛ばした。あの時は、ただ疲れていただけだと思っていた。

異変は、社会人になって半年が過ぎた頃に起きた。グループのムードメーカーだった健太が、バイク事故で死んだ。あっけない、突然の死だった。葬式で久しぶりに顔を合わせた僕たちは、言葉少なに彼の冥福を祈った。

その一ヶ月後、今度は智也が、原因不明の急性心不全で倒れた。幸い一命は取り留めたものの、体に麻痺が残り、仕事への復帰は絶望的だという。

「なあ、これ、おかしくないか?」

そう言い出したのは、オカルト好きの浩司だった。彼は震える声で、一枚の写真を見せた。卒業旅行の、あの灯台での写真だ。
「見てみろよ。これ、やばいって」

写真の中の僕たちは、皆笑顔だった。だが、浩司に言われてよく見ると、健太の足元だけ、影が不自然に歪んでいた。まるで、何かに足を掴まれているかのように。そして、智也の顔。他の4人と比べて、ほんのわずかに、ピントがずれて、ぼやけている。

僕と、もう一人の友人、大輔は顔を見合わせた。まさか、そんな。ただの偶然だ。
だが、浩司は血相を変えて続けた。
「呪いだよ! この写真に写った順番に、不幸が起きてるんだ!」
写真の並びは、左から健太、智也、浩司、大輔、そして一番右が僕だった。

その予言は、的中してしまった。
浩司が、自宅アパートのガス爆発に巻き込まれて死んだ。彼の部屋からは、大量のお札や魔除けのグッズが見つかったという。
写真を確認すると、浩司の周りだけ、陽炎のようなものが写り込んでいた。

次は大輔か、僕か。恐怖に駆られた大輔は、実家に引きこもってしまった。僕は何度も連絡したが、彼は「あの写真のデータを消せ! すべてだ! そうすれば助かる!」と叫ぶだけだった。

そして先日、大輔が死んだ。実家の裏山で、土砂崩れに巻き込まれたそうだ。
僕は恐ろしくて、もうあの写真を見ることができなかった。

一人残された僕は、絶望の淵にいた。すべての元凶は、あの写真だ。データのありかをすべて突き止め、この世から完全に消し去らなければ、次は僕の番だ。
僕は自分のスマートフォンのギャラリーを開いた。例の写真を見つけ出し、削除ボタンに指をかける。
その時、ふと、ファイルの詳細情報が目に留まった。

ファイル名:IMG_20240315_FINAL.jpg

FINAL…? なぜ、こんな単語が? 僕が付けた覚えはない。
その瞬間、背筋に氷を突き立てられたような衝撃が走った。あの、山道での一瞬の出来事が、鮮明に脳裏によみがえる。タイヤの感触、ヘッドライトの眩しさ、そしてあの古びたガードレール。

そうか。呪いなんかじゃ、なかったんだ。

これは、「呪いの写真」じゃない。「遺影」だったんだ。

僕たちは、あの卒業旅行の帰り道、本来なら皆死ぬ運命だったんだ。あの山道で、レンタカーごと谷底へ転落していたはずだったんだ。
しかし、何かの気まぐれか、あるいは慈悲か、僕たちは「死」を少しだけ先延ばしにされた。
あの写真は、死ぬはずだった僕たちが、生きていた最後の瞬間を記録した、たった一枚の記念写真。

健太の歪んだ影は、バイク事故の暗示。智也のぼやけた顔は、病による麻痺。浩司の陽炎は、ガス爆発の炎。大輔の背後に写り込んでいた、わずかな土の汚れは、土砂崩れを。

すべて、それぞれの死に方を暗示する「予兆」だったのだ。
これは呪いじゃない。逃れられない運命の記録だ。
僕たちは、ほんの少しの「執行猶予」を与えられていただけだった。

震える指で、写真を拡大する。一番右端で、笑顔でピースサインをしている、僕の姿。
その背後。灯台の、黒く塗りつぶされた窓。
その窓の奥に、何かが見える。
こちらに、ゆっくりと手招きをしている、黒い、人影が。

ああ、僕の「番」が来たようだ。
玄関のドアが、ギィ、と音を立てて、ゆっくりと開いていく。鍵は、かけたはずなのに。
冷たい隙間風が、僕の頬を撫でた。
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