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グリッチの向こう側
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私は30歳を過ぎたフリーランスのプログラマーだ。昔からゲームが好きで、特に人知れず埋もれているようなインディーゲームやレトロゲームを発掘してプレイするのが趣味だった。ある日、ゲーム仲間の友人から勧められたのが、『ディープ・フォレスト』というタイトルだった。グラフィックは粗いが、独特の世界観と深い謎解きが魅力だと聞かされた。
プレイし始めてすぐに、私はこのゲームの奇妙な魅力に引き込まれた。鬱蒼とした森の中を探索し、隠されたアイテムを見つけ、謎を解き明かしていく。特に惹かれたのは、ゲーム内の至るところに散りばめられた「失われた村」に関する伝承だった。不眠不休でコントローラーを握り続け、私はゲーム内の森の住人になっていた。
奇妙なことが起こり始めたのは、ゲームを始めて一週間ほど経った頃からだ。
まず、ゲーム内のNPCが通常ではありえない場所に現れたり、彼らのセリフが意味不明な文字列に化けたりするようになった。背景グラフィックが時々歪んだり、BGMが途切れて不気味なノイズに変わることもあった。最初は「古いゲームだからバグが多いな」程度にしか思っていなかった。しかし、これらの「グリッチ」が、どうやらゲームの進行に深く関わっていることに気づいた。特定のグリッチが発生する場所には隠された通路があったり、意味不明な文字列の中に次のヒントが隠されていたりするのだ。グリッチを探すことが、このゲームの新たな目的となった。
ある晩、深夜までゲームに没頭していると、ヘッドホンから流れるゲーム内の森の環境音が、やけに鮮明に聞こえた。風の音、枯れ葉が擦れる音、そして遠くで聞こえる鳥のさえずり。まるで、自分の部屋の中からその音が響いているかのようだった。ふと顔を上げると、部屋の隅の暗がりに、ゲーム内の森の木々のような影がちらつく。目を凝らすと消えるのだが、疲れているせいか、と自分に言い聞かせた。
しかし、異変は徐々に現実を侵食し始めた。
寝ていると、部屋の窓を何かが叩く音が聞こえる。ゲーム内の森の深奥部で、特定のNPCが立てる音とそっくりだった。ベランダに出て確認しても、そこには誰もいない。
冷蔵庫を開けると、いつの間にか中身が空になっていることが増えた。ゲーム内で食料が尽き、飢えに苦しむNPCたちの姿が脳裏をよぎった。
そして、最も恐ろしいのは、私の意識がゲームと現実の区別をつけられなくなり始めたことだ。ゲーム内の時間が流れるように、現実の世界も『ディープ・フォレスト』の森の一部になったかのように感じられた。夢の中では、私はゲームの主人公として森をさまよい、見慣れない顔のNPCたちが囁きかけてくる。彼らは、「失われた村」への道を示唆しているようでもあり、私をその森の奥へと誘い込んでいるようでもあった。
ある日の夜中、私はハッと目を覚ました。部屋の中が、ゲーム内の森と同じ、湿った土と古い木の匂いで満たされている。窓の外からは、フクロウの不気味な鳴き声が響いていた。そして、私のモニターには、電源が入っていないはずのパソコンが、うっすらとゲームのタイトル画面を映し出していた。
『ディープ・フォレスト』。
しかし、そのタイトルは奇妙に歪み、まるで水の中に沈んでいるかのように揺らいでいた。
その下には、白い文字で一文が記されていた。
「まだ、ゲームを終えるには早すぎる……」
私は、もうゲームを起動していなかった。しかし、ゲームは、私を離さなかった。
私の部屋は、いつの間にか『ディープ・フォレスト』の森の、一部と化していた。
そして、部屋の隅にできた濃い影の中に、不気味に歪んだ何かの気配が蠢いている。それは、ゲームのバグが具現化したものなのか、それとも私自身が森に飲み込まれてしまったのか、もう判別がつかなかった。
私は気づいてしまった。このゲームは、プレイヤーを森の奥へと誘い込むための「道」だったのだ。そして、私は、その道の終着点に、たどり着いてしまった。
今、私の背後から、ゲーム内の森の住人の囁きが聞こえる。
「ようこそ、森の奥へ……」
それは、この部屋から聞こえる現実の音なのか、それとも、私の精神が完全にゲームに囚われてしまった証なのか、もう私には、分からない。
プレイし始めてすぐに、私はこのゲームの奇妙な魅力に引き込まれた。鬱蒼とした森の中を探索し、隠されたアイテムを見つけ、謎を解き明かしていく。特に惹かれたのは、ゲーム内の至るところに散りばめられた「失われた村」に関する伝承だった。不眠不休でコントローラーを握り続け、私はゲーム内の森の住人になっていた。
奇妙なことが起こり始めたのは、ゲームを始めて一週間ほど経った頃からだ。
まず、ゲーム内のNPCが通常ではありえない場所に現れたり、彼らのセリフが意味不明な文字列に化けたりするようになった。背景グラフィックが時々歪んだり、BGMが途切れて不気味なノイズに変わることもあった。最初は「古いゲームだからバグが多いな」程度にしか思っていなかった。しかし、これらの「グリッチ」が、どうやらゲームの進行に深く関わっていることに気づいた。特定のグリッチが発生する場所には隠された通路があったり、意味不明な文字列の中に次のヒントが隠されていたりするのだ。グリッチを探すことが、このゲームの新たな目的となった。
ある晩、深夜までゲームに没頭していると、ヘッドホンから流れるゲーム内の森の環境音が、やけに鮮明に聞こえた。風の音、枯れ葉が擦れる音、そして遠くで聞こえる鳥のさえずり。まるで、自分の部屋の中からその音が響いているかのようだった。ふと顔を上げると、部屋の隅の暗がりに、ゲーム内の森の木々のような影がちらつく。目を凝らすと消えるのだが、疲れているせいか、と自分に言い聞かせた。
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寝ていると、部屋の窓を何かが叩く音が聞こえる。ゲーム内の森の深奥部で、特定のNPCが立てる音とそっくりだった。ベランダに出て確認しても、そこには誰もいない。
冷蔵庫を開けると、いつの間にか中身が空になっていることが増えた。ゲーム内で食料が尽き、飢えに苦しむNPCたちの姿が脳裏をよぎった。
そして、最も恐ろしいのは、私の意識がゲームと現実の区別をつけられなくなり始めたことだ。ゲーム内の時間が流れるように、現実の世界も『ディープ・フォレスト』の森の一部になったかのように感じられた。夢の中では、私はゲームの主人公として森をさまよい、見慣れない顔のNPCたちが囁きかけてくる。彼らは、「失われた村」への道を示唆しているようでもあり、私をその森の奥へと誘い込んでいるようでもあった。
ある日の夜中、私はハッと目を覚ました。部屋の中が、ゲーム内の森と同じ、湿った土と古い木の匂いで満たされている。窓の外からは、フクロウの不気味な鳴き声が響いていた。そして、私のモニターには、電源が入っていないはずのパソコンが、うっすらとゲームのタイトル画面を映し出していた。
『ディープ・フォレスト』。
しかし、そのタイトルは奇妙に歪み、まるで水の中に沈んでいるかのように揺らいでいた。
その下には、白い文字で一文が記されていた。
「まだ、ゲームを終えるには早すぎる……」
私は、もうゲームを起動していなかった。しかし、ゲームは、私を離さなかった。
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そして、部屋の隅にできた濃い影の中に、不気味に歪んだ何かの気配が蠢いている。それは、ゲームのバグが具現化したものなのか、それとも私自身が森に飲み込まれてしまったのか、もう判別がつかなかった。
私は気づいてしまった。このゲームは、プレイヤーを森の奥へと誘い込むための「道」だったのだ。そして、私は、その道の終着点に、たどり着いてしまった。
今、私の背後から、ゲーム内の森の住人の囁きが聞こえる。
「ようこそ、森の奥へ……」
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