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廃墟美術館のコレクション
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大学の美術史ゼミに所属する私たち、結城、坂本、そして私の3人は、卒業論文のテーマを探すため、郊外にひっそりと佇む廃墟となった個人美術館、「黒岩美術館」を訪れることになった。そこはかつて、蒐集家の黒岩氏が収集した異端の美術品が展示されていた場所だとされ、閉館から数十年が経過し、ほとんど忘れ去られていた。私たちは、その閉鎖された空間に残された未発表の作品や、忘れ去られた資料に価値を見出そうとしていた。
美術館は荒廃し、時間の経過がその壁を蝕んでいたが、辛うじて残されたガラスケースや展示台からは、かつての壮麗さが伺えた。私たちは各自、テーマを見つけるべくバラバラに行動し、私は特に、建物の奥深くにある書庫に興味を惹かれた。そこで見つけたのは、埃を被った一冊の古いスケッチブックだった。それは、黒岩氏本人が描いたものらしく、彼のコレクションにはない異様なモチーフの絵がいくつも描かれていた。どれも奇妙な人型の影のようなものが、抽象的な背景の中に蠢いている。その日の夕方、私たちはそれぞれ収穫を得て、帰路についた。
その夜のことだ。私は、奇妙な夢を見た。
夢の中の私は、見知らぬ部屋にいた。部屋の中央には、古びた木製の額縁が一つ、壁にかけられている。額縁の中は真っ黒で、何も描かれていない。ただ、その黒い闇の奥から、微かに囁き声のようなものが聞こえてくる。それは言葉にはならないが、どこか不安を煽る響きだった。
翌日、大学で結城と坂本に会うと、二人とも顔色が悪い。
「なあ、変な夢見なかったか?」結城が切り出した。
「ああ…見た。真っ暗な額縁の夢だ」坂本が答える。
私もまた同じ夢を見たことを話すと、私たちはゾッとした。三人とも、同じ「黒い額縁の夢」を見ていたのだ。しかも、聞こえてきた囁き声まで同じだと言う。それは美術館でスケッチブックを見つけて以来のことだった。
その夜、再び同じ夢を見た。しかし、今回は夢の内容が僅かに変化していた。黒い額縁の中の闇はより深く、囁き声はさらに明瞭になり、耳元で何かを懇願しているかのようだった。額縁の周りの壁には、一本の細い蔓のようなものが伸びていた。それはまるで、絵の具で描かれたように見えたが、微かに脈打っているような、おぞましい生々しさがあった。
この夢を見た後、異変が起きた。翌日、結城が大学に来なかったのだ。電話をしても繋がらない。自宅にも連絡がつかないという。不安を覚えた私たちは、彼の自宅へ向かった。部屋は荒らされた様子もなく、全てが普段通りだったが、彼だけがどこにもいない。彼の机の上には、美術館で彼が見つけてきたという古い手鏡が置いてあった。鏡面には、黒い汚れのようなものが付着しており、それが奇妙にも、私が夢で見た蔓のような模様に酷似しているように見えた。
その晩、再び夢を見た。黒い額縁の中は、より一層闇を増していた。囁き声は、もはや明確な言葉となり、私を呼ぶ声に変わっていた。額縁の周りに蔓は二本に増え、部屋全体を侵食し始めているようだった。そして、額縁の真っ黒な表面に、僅かに人影のようなものが浮かび上がっていた。それは、結城の姿に似ているように見えた。夢の中で、私は抗いがたい恐怖に襲われた。
翌朝、坂本も大学に姿を現さなかった。結城の時と同じように、いくら連絡しても繋がらない。私は一人、震える手で黒岩美術館へと向かった。あのスケッチブックの絵と、夢の額縁、そして友人の失踪との関連が、私の頭の中で繋がり始めていた。
美術館の書庫に入ると、そこにはスケッチブックが以前と同じように置かれていた。私はそれを開いた。そして、私は凍り付いた。これまで見たはずの絵のいくつかが、明らかに変化していたのだ。以前は抽象的な影だったものが、今では具体的な人型となり、その顔は、紛れもなく結城と坂本に酷似していた。そして、彼らが描かれた絵の隣には、もう一つ、まだ抽象的な影のままの、しかし私とそっくりなシルエットの絵が、新たに加わっていたのだ。その絵の背景には、夢で見た蔓が描かれ、さらにその蔓からは、微かに囁き声が聞こえるような気がした。
私はスケッチブックを閉じることもできず、ただその場に立ち尽くした。
今夜、またあの夢を見るのだろうか。
そして、三本目の蔓が伸び、私の顔が額縁の中に現れるのだろうか。
あの黒い額縁の中の世界が、私を呼んでいる。
美術館は荒廃し、時間の経過がその壁を蝕んでいたが、辛うじて残されたガラスケースや展示台からは、かつての壮麗さが伺えた。私たちは各自、テーマを見つけるべくバラバラに行動し、私は特に、建物の奥深くにある書庫に興味を惹かれた。そこで見つけたのは、埃を被った一冊の古いスケッチブックだった。それは、黒岩氏本人が描いたものらしく、彼のコレクションにはない異様なモチーフの絵がいくつも描かれていた。どれも奇妙な人型の影のようなものが、抽象的な背景の中に蠢いている。その日の夕方、私たちはそれぞれ収穫を得て、帰路についた。
その夜のことだ。私は、奇妙な夢を見た。
夢の中の私は、見知らぬ部屋にいた。部屋の中央には、古びた木製の額縁が一つ、壁にかけられている。額縁の中は真っ黒で、何も描かれていない。ただ、その黒い闇の奥から、微かに囁き声のようなものが聞こえてくる。それは言葉にはならないが、どこか不安を煽る響きだった。
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「なあ、変な夢見なかったか?」結城が切り出した。
「ああ…見た。真っ暗な額縁の夢だ」坂本が答える。
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その夜、再び同じ夢を見た。しかし、今回は夢の内容が僅かに変化していた。黒い額縁の中の闇はより深く、囁き声はさらに明瞭になり、耳元で何かを懇願しているかのようだった。額縁の周りの壁には、一本の細い蔓のようなものが伸びていた。それはまるで、絵の具で描かれたように見えたが、微かに脈打っているような、おぞましい生々しさがあった。
この夢を見た後、異変が起きた。翌日、結城が大学に来なかったのだ。電話をしても繋がらない。自宅にも連絡がつかないという。不安を覚えた私たちは、彼の自宅へ向かった。部屋は荒らされた様子もなく、全てが普段通りだったが、彼だけがどこにもいない。彼の机の上には、美術館で彼が見つけてきたという古い手鏡が置いてあった。鏡面には、黒い汚れのようなものが付着しており、それが奇妙にも、私が夢で見た蔓のような模様に酷似しているように見えた。
その晩、再び夢を見た。黒い額縁の中は、より一層闇を増していた。囁き声は、もはや明確な言葉となり、私を呼ぶ声に変わっていた。額縁の周りに蔓は二本に増え、部屋全体を侵食し始めているようだった。そして、額縁の真っ黒な表面に、僅かに人影のようなものが浮かび上がっていた。それは、結城の姿に似ているように見えた。夢の中で、私は抗いがたい恐怖に襲われた。
翌朝、坂本も大学に姿を現さなかった。結城の時と同じように、いくら連絡しても繋がらない。私は一人、震える手で黒岩美術館へと向かった。あのスケッチブックの絵と、夢の額縁、そして友人の失踪との関連が、私の頭の中で繋がり始めていた。
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私はスケッチブックを閉じることもできず、ただその場に立ち尽くした。
今夜、またあの夢を見るのだろうか。
そして、三本目の蔓が伸び、私の顔が額縁の中に現れるのだろうか。
あの黒い額縁の中の世界が、私を呼んでいる。
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