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模倣犯
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私が今住んでいるこのアパートは、日当たりが悪くて、壁が薄い。隣の部屋の住人が咳をする音も、テレビの音も、まるで自分の部屋で鳴っているかのように聞こえるんです。でも、家賃が安かったから、文句は言えませんでした。
ある夜、仕事を終えてくたくたで帰ってくると、ドアポストに黒い封筒が半分だけ突き刺さっていました。宛名も差出人もない、ただの黒い封筒です。気味が悪いなと思いつつ、中に何が入っているのか確かめずにはいられませんでした。
引き抜いてみると、ずいぶん軽い。中には、一枚だけ、ワープロで打たれたような無機質な文字が並んだ紙が入っていました。
『隣の部屋の男に気をつけろ。あの男は、人を殺している』
ぞわっ、と鳥肌が立ちました。
ただの悪戯だ。そう自分に言い聞かせました。このアパートの誰かが、私をからかっているんだ、と。
でも、その日から、壁の向こうから聞こえる些細な物音が、すべて恐ろしい意味を持っているように感じられてなりませんでした。
夜中に聞こえる、コツ、コツ、という硬い音。あれは、床を掃除している音じゃない。何かを砕いている音なんじゃないか。
時折聞こえる、水の流れる音。あれは、シャワーの音なんかじゃない。血を洗い流している音だとしたら…?
疑念は日に日に膨らんで、私は眠れなくなりました。
そんなある週末の昼下がり、アパートの廊下で、初めて隣の部屋の男と顔を合わせました。私より少し年上だろうか、痩せていて、眼鏡をかけた、どこにでもいそうな平凡な男でした。男は私に気づくと、少し驚いたように肩を揺らし、それから、気まずそうに会釈をして、足早に階段を降りていきました。
その姿は、殺人鬼には到底見えませんでした。
私は少しだけ安心して、部屋に戻りました。
その夜のことです。
また、ドアポストにあの黒い封筒が刺さっていました。心臓が跳ね上がるのを感じながら、震える手で封筒を開けます。
そこには、こう書かれていました。
『今日の昼、お前は奴と会ったな。あの男は、自分が疑われていると感づくと、次の獲物を探し始める。お前が、次の獲物だ』
恐怖で声も出ませんでした。もう悪戯だとは思えません。これは、警告だ。誰かが私に、命の危険を知らせてくれているんだ。
警察に言うべきか?でも、この手紙を証拠に、何をどう説明すればいい?
私は部屋に閉じこもりました。窓のカーテンを固く閉ざし、ドアにはありったけの家具でバリケードを築きました。
壁の向こうは、不気味なほど静かです。
息を殺して夜が明けるのを待っていた、その時でした。
私の部屋のドアポストが、カタン、と小さな音を立てたのです。
また封筒か…!
私はバリケードを少しだけずらし、息を殺してドアに近づきました。床には、やはり、あの黒い封筒が落ちています。
私はそれを拾い上げ、中身を確かめました。
今度も、ワープロの文字です。でも、内容は今までと全く違っていました。
『ありがとう。恐怖に怯えるお前の姿は、実に素晴らしかった。おかげで、とても良い物語が書けた』
…どういうことだ?
私が混乱していると、その手紙の最後に、追伸があることに気づきました。
『追伸。先ほど投函した黒い封筒だが、あれは私が使っているものと、よく似ているな』
その瞬間、私は理解しました。
そして、ゆっくりと、自分の背後を振り返りました。
私の部屋の机の上には、打ちかけの原稿が置かれたワープロと、数枚の黒い封筒が散らばっていました。
…ああ、そうか。
人を殺していたのは、隣の男じゃない。
この物語を書いていた、『私』だったのか。
ある夜、仕事を終えてくたくたで帰ってくると、ドアポストに黒い封筒が半分だけ突き刺さっていました。宛名も差出人もない、ただの黒い封筒です。気味が悪いなと思いつつ、中に何が入っているのか確かめずにはいられませんでした。
引き抜いてみると、ずいぶん軽い。中には、一枚だけ、ワープロで打たれたような無機質な文字が並んだ紙が入っていました。
『隣の部屋の男に気をつけろ。あの男は、人を殺している』
ぞわっ、と鳥肌が立ちました。
ただの悪戯だ。そう自分に言い聞かせました。このアパートの誰かが、私をからかっているんだ、と。
でも、その日から、壁の向こうから聞こえる些細な物音が、すべて恐ろしい意味を持っているように感じられてなりませんでした。
夜中に聞こえる、コツ、コツ、という硬い音。あれは、床を掃除している音じゃない。何かを砕いている音なんじゃないか。
時折聞こえる、水の流れる音。あれは、シャワーの音なんかじゃない。血を洗い流している音だとしたら…?
疑念は日に日に膨らんで、私は眠れなくなりました。
そんなある週末の昼下がり、アパートの廊下で、初めて隣の部屋の男と顔を合わせました。私より少し年上だろうか、痩せていて、眼鏡をかけた、どこにでもいそうな平凡な男でした。男は私に気づくと、少し驚いたように肩を揺らし、それから、気まずそうに会釈をして、足早に階段を降りていきました。
その姿は、殺人鬼には到底見えませんでした。
私は少しだけ安心して、部屋に戻りました。
その夜のことです。
また、ドアポストにあの黒い封筒が刺さっていました。心臓が跳ね上がるのを感じながら、震える手で封筒を開けます。
そこには、こう書かれていました。
『今日の昼、お前は奴と会ったな。あの男は、自分が疑われていると感づくと、次の獲物を探し始める。お前が、次の獲物だ』
恐怖で声も出ませんでした。もう悪戯だとは思えません。これは、警告だ。誰かが私に、命の危険を知らせてくれているんだ。
警察に言うべきか?でも、この手紙を証拠に、何をどう説明すればいい?
私は部屋に閉じこもりました。窓のカーテンを固く閉ざし、ドアにはありったけの家具でバリケードを築きました。
壁の向こうは、不気味なほど静かです。
息を殺して夜が明けるのを待っていた、その時でした。
私の部屋のドアポストが、カタン、と小さな音を立てたのです。
また封筒か…!
私はバリケードを少しだけずらし、息を殺してドアに近づきました。床には、やはり、あの黒い封筒が落ちています。
私はそれを拾い上げ、中身を確かめました。
今度も、ワープロの文字です。でも、内容は今までと全く違っていました。
『ありがとう。恐怖に怯えるお前の姿は、実に素晴らしかった。おかげで、とても良い物語が書けた』
…どういうことだ?
私が混乱していると、その手紙の最後に、追伸があることに気づきました。
『追伸。先ほど投函した黒い封筒だが、あれは私が使っているものと、よく似ているな』
その瞬間、私は理解しました。
そして、ゆっくりと、自分の背後を振り返りました。
私の部屋の机の上には、打ちかけの原稿が置かれたワープロと、数枚の黒い封筒が散らばっていました。
…ああ、そうか。
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