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約束のアンコール
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俺と智也は、いつも二人だった。
小学校からの腐れ縁で、中学で一緒にギターを始め、高校では二人でバンドを組んだ。俺がギターで、智也がボーカル。二人しかいない、小さなバンドだった。
俺たちの目標は、高校最後の文化祭のステージに立つこと。放課後の音楽室で、来る日も来る日も練習を重ねた。智也の、少し掠れているが真っ直ぐな歌声と、俺の拙いギター。それが世界の全てだった。
だが、その約束が果たされることはなかった。
文化祭を一ヶ月後に控えた夏の日、智也は、あっけなく事故で死んだ。
通夜も、葬式も、涙は一滴も出なかった。ただ、頭の中で、智也が最後に言った言葉が、壊れたレコードのように繰り返されるだけだった。
「文化祭、絶対最高のステージにしようぜ」
智也がいなくなってから、四日目の夜だった。
俺は、夢を見た。
見慣れた自分の部屋。ベッドの脇に立てかけてある、俺のギター。
その隣に、いるはずのない智也が、自分のギターケースを背負って立っていた。
「よお。待たせたな」
まるで、待ち合わせに少し遅刻しただけ、というような軽い口調で、智也は笑う。
「練習、サボってんじゃねえだろうな。最後の仕上げ、やんぞ」
「……どこで?」
声が、震えた。
「決まってんだろ。音楽室だよ。夜のな」
気がつくと、俺は智也と二人、深夜の学校の廊下を歩いていた。
月明かりが、窓から差し込み、床に長い影を落としている。ひんやりとした空気。しんと静まり返った校舎に、俺たちの足音だけが響く。不思議と、怖さはなかった。
音楽室の扉を開けると、そこは、いつも俺たちが使っていた放課後のままの匂いがした。
智也は、おもむろにアンプにシールドを差し込むと、悪戯っぽく笑って言った。
「じゃ、いくか。俺たちの、最後の曲」
智也が歌い始める。
それは、俺たちが文化祭で最後に演奏するはずだった、二人で作ったオリジナルの曲だった。
智也の歌声は、生きていた時よりも、ずっとクリアで、力強く、魂を直接揺さぶるように響き渡った。俺は、その声に導かれるように、必死でギターを掻き鳴らした。
最高だった。今までで、最高の演奏だった。
智也と俺の音が、完全に一つになって、夜の闇に溶けていく。
曲が終わり、最後の音が消えた瞬間。
智也は、満足そうに頷くと、俺の方を向いて言った。
「……やっぱ、お前のギターじゃねえと、駄目だわ」
その身体が、足元から、ふっと透き通り始める。
「じゃあな。サンキュー」
俺が何か言う前に、智也は、光の粒子になって、月明かりの中に、静かに消えていった。
そこで、目が覚めた。
頬を、涙が伝っていた。久しぶりに、泣いた。
夢だったのか、と天井を見上げた、その時だった。
枕元に、何かが落ちている。
手を伸ばして拾い上げると、それは、智也がいつも使っていた、三角形の、緑色のギターピックだった。
エッジが少し削れている。彼の癖だった。
心臓が、大きく跳ねた。
それだけじゃなかった。
ベッドの脇に置いてあったスマートフォンの画面が、なぜか点灯している。
見ると、ボイスメモのアプリが開かれていた。そして、一件だけ、新しい録音データが保存されている。
ファイル名は、昨夜の日付。
録音時間は、四分三十七秒。奇しくも、あの曲の長さと、ほぼ同じだった。
震える指で、再生ボタンを押す。
スピーカーから流れてきたのは、ひどいノイズに塗れた、ギターの音色。
そして、そのノイズの向こう側から、微かに、でも、確かに聴こえる。
夢の中で聴いたはずの、智也の、歌声が……。
その日から、俺の悪夢が始まった。
あの録音データは、何度削除しても、次の日の朝には、必ずスマホに戻っているんだ。
そして、夜、一人でそのデータを聴いていると、時々、ノイズに混じって、智也の声が、耳元で囁くんだ。
「最高のステージだったろ。なあ、アンコール、しようぜ」
小学校からの腐れ縁で、中学で一緒にギターを始め、高校では二人でバンドを組んだ。俺がギターで、智也がボーカル。二人しかいない、小さなバンドだった。
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だが、その約束が果たされることはなかった。
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「……どこで?」
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「決まってんだろ。音楽室だよ。夜のな」
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智也の歌声は、生きていた時よりも、ずっとクリアで、力強く、魂を直接揺さぶるように響き渡った。俺は、その声に導かれるように、必死でギターを掻き鳴らした。
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「……やっぱ、お前のギターじゃねえと、駄目だわ」
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「じゃあな。サンキュー」
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