暗い夜に怯えたい【怖い話】

シマシマ

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静止した女

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私は、AIを使った映像修復をフリーランスで請け負っている。古い映像のノイズを除去したり、解像度を上げたりするのが主な仕事だ。先日、匿名のクライアントから一件の依頼が舞い込んだ。メッセージにはこうあった。
「祖父の遺品から出てきたSDカードに入っていた動画ファイルです。ひどく破損していて再生できません。家族の思い出かもしれないので、どうか復元をお願いします」

送られてきた動画ファイルは、確かにひどい状態だった。再生しても、画面の大半が緑や紫のブロックノイズに覆われ、「ザー」という耳障りなデジタルノイズが鳴り続けるだけ。ただ、ノイズの合間に、ほんの一瞬だけ、古民家らしき和室と、そこに座る誰かの姿が見え隠れした。

私は自作のAI修復プログラムを起動した。数時間後、処理完了の通知が鳴る。PCの画面には、見違えるようにクリアになった映像が映し出されていた。
──陽光が差し込む縁側で、美しい着物姿の女性が、静かにお茶をすする。
背景の庭では木々の葉が風にそよぎ、鳥のさえずりも聞こえる。なんてことはない、穏やかなホームビデオだ。私はクライアントに復元完了の報告を送った。

しかし、数時間後に届いた返信は、私の予期しないものだった。
「ありがとうございます。ですが、この女性に誰も見覚えがありません。それに、この映像、何かがおかしいんです」

何かがおかしい? 私は眉をひそめ、もう一度映像を注意深く見直した。
そして、気づいた。
女性は、一度も瞬きをしていなかった。
背筋を伸ばし、完璧な所作でお茶をすすっているように見えるが、湯呑みの中身は一向に減らない。映像はループしているわけではない。庭の木々は確かに風に揺れ、光の角度もわずかに変化している。まるで、世界の中で、彼女の時間だけが静止しているかのようだった。

気味が悪くなり、私は音声トラックを詳細に解析することにした。表層的なノイズの下に、何か別の音が埋もれている気がしたからだ。
特殊なフィルターを何層もかけていくと、ついにその正体が現れた。それは「音」ではなかった。人間の耳には知覚できない、極めて低い周波数の振動、サブハーモニックだ。
再生すると、部屋の窓がカタカタと微かに震え、私の頭の奥で、鈍い痛みが鳴り始めた。

「もっと詳しく調べてほしい」というクライアントからの執拗な要求に応じ、私は最終手段として、映像の解像度を極限まで引き上げる超解像処理を試みた。最新のAIでも数時間はかかる重い処理だ。

夜半、処理が完了した。モニターに映し出された、恐ろしく鮮明な映像を見て、私は椅子から転げ落ちそうになった。
女性の、美しい顔。その、黒曜石のように澄んだ瞳。
その瞳の奥に、こちらを覗き込む、別の顔が映り込んでいたのだ。
それは、苦悶に歪んだ、老人の顔だった。おそらく、依頼主の祖父のものだろう。

私は震える手で、サブハーモニックのデータをスペクトラムアナライザにかけた。その振動が描く波形を、文字に変換してみた。
そこに現れたのは、一つの単語だった。

『ノゾクナ』

恐怖のあまり、私はすぐにこの仕事から手を引こうとクライアントに連絡を取った。しかし、彼のアカウントは跡形もなく削除されていた。

その夜、仕事を終え、部屋の明かりを消した。PCの電源を落とし、暗転したモニターに、ふと、自分の疲れ切った顔が映る。
その、私の顔のすぐ後ろ。
部屋の隅に、あの着物姿の女が立っていた。
もちろん、振り返っても誰もいない。がらんとした部屋があるだけだ。
だが、モニターの中では、黒い画面を背景にして、女がはっきりとそこに存在している。
瞬きもせず、じっと、私を見つめて。

そして、耳鳴りのように、あの鈍い頭痛が始まった。
デジタルデータとして「解放」された怪異は、もうテープもSDカードも必要としない。
私は、開けてはならないファイルを、この世に解き放ってしまったのだ。
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