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2話
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幸せな夢を見た気がする。温かくて、柔らかくて、優しくて。マシュマロに包まれているかのような感覚を覚えた。どんな内容だったかは全然思い出せないけれど、確かにとんでもなく幸せだったのだけは覚えていた。
ふっと意識が浮上して目を開ける。隣には誰もいなくて、誰かがいた気配もない。ハルトはどこに行ったんだろう。少しだけ不安な思いを抱えてベッドから降りる。体重がかかるとずきりと腰が痛むけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。寝室を抜けてリビングに行くと、ハルトはソファで眠っていた。何もかけずに眠るなんて、風邪を引いたらどうするんだ。寝室に戻りタオルケットを持ってきてそっとハルトにかける。眠っている顔はどこかあどけなくて幼さが残る。そんな顔を見ていると、無意識にハルトの頭にそっと手を伸ばしてしまっていた。柔らかい髪の毛を堪能するように撫でる。変な癖にならないように優しく、優しく。そうしていると、突然パチリと目が開いた。
「えっち」
「わっ……! ど、どこがです!?」
「まだ足んなかった? もうちょい寝かせてよ」
あくびをしながら起き上がるハルトにブンブンと首を横に振って否定すると、眠たそうにしつつもケラケラと声を上げて笑った。
「冗談だよ。いちいち反応いいからからかっちゃった」
柔らかく微笑むハルトを見て安堵する。どうやらガス抜きはできたようだ。そう考えたのが表情に出てしまっていたのだろう。怪訝な表情を浮かべたハルトが首をかしげた。
「ん、なに。なんか笑ってない?」
「いえ、別に何というわけでは」
「いーや絶対笑ってるね。なんかニヤけてる。なんだよなんか言いたいことあんなら言えって」
「怒りません?」
「怒られるようなことなの」
なんとかして喋らせようとしてくるハルトにどうしたものかと思考を巡らせる。本当のことを言ってもこのまま黙っていてもどの道機嫌を損ねる気がする。それならば、と口を開く。
「機嫌、治ったみたいで良かったなって」
「あ……あー……うん」
バツが悪そうに視線を泳がせたハルトはそっと私に向かって腕を伸ばしてくる。意図がきちんとは読めないまま、ハルトの腕の中に収まるようにそっと身を寄せると、間違っていなかったのか抱きしめられる。
「なんでオレが機嫌悪かったか、分かる?」
「え?」
予想だにしなかった質問に戸惑う。ハルトの機嫌が良くなかった理由。それを私に聞くということは、大なり小なり私がその原因に関わっているということなのだろう。どうしよう。特別何かしらの心当たりがない。答えに窮しているとハルトが小さく息をつく。
「分かんない?」
「っ、や、休みがなくてストレスが溜まっていた、とか」
「……せーかい」
トーンを落とした声は確実に間違った答えであることを示していたけれど、ハルトはそれ以上は何も言わずぐりぐりと肩口に額をこすりつけているだけだった。
「……ハルト」
「なに」
「私は、あなたのマネージャーです。いろいろな機微に気づいてやるべきで、それを先回りしてケアするのも仕事のうちです。でも、それができていない自覚はあります」
情けない話だが、ハルトの感情は他のメンバーよりも一段と読みづらい。歌とダンスに真摯に向き合ってパフォーマンスを磨いているのは分かる。しかし、何に不満を覚え、不安を抱え、苦しんでいるのか。その本質はいつまで経っても見えないままだ。
「これが甘えであることは百も承知の上で、言わせてください」
抱きしめてくる腕を緩めたハルトの顔をまっすぐ見つめ、じっと視線を合わせる。珍しくハルトの瞳が揺らいでいる気がした。
「あなたの悩みを、あなたの苦しみを、私も一緒に背負いたい。だから、教えてください。何が辛いのか。何が不満なのか。一緒に悩ませてください」
「……それ、他のメンバーにも言ってんでしょ」
小さく小さく呟かれた言葉はなんとか私の耳にも届いた。しかし、その本意はやはり掴むことができない。
「ハルト……?」
「気が向いたらね」
「え?」
「気が向いたら教えたげる。それまでは自分で考えろ」
さっと距離を取って立ち上がったハルトはペットボトルの水を傾け、喉を潤した後すぐに寝室に足を向ける。
「一緒に寝よ。マネージャー」
「え、え……? いや、私はソファで……」
「ベッド来い。返事」
「は、はい……?」
「ん。待ってる」
もはやほぼ反射となったハルトへの「お返事」に頭を抱えそうになりながらも、このまま言うことを聞かずにハルトの睡眠時間を削るわけにはいかない。ハルトの睡眠時間をしっかりと確保するため。そんな名目を頭に浮かべながら自分も喉を潤してからハルトの後を追ったのだった。
ふっと意識が浮上して目を開ける。隣には誰もいなくて、誰かがいた気配もない。ハルトはどこに行ったんだろう。少しだけ不安な思いを抱えてベッドから降りる。体重がかかるとずきりと腰が痛むけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。寝室を抜けてリビングに行くと、ハルトはソファで眠っていた。何もかけずに眠るなんて、風邪を引いたらどうするんだ。寝室に戻りタオルケットを持ってきてそっとハルトにかける。眠っている顔はどこかあどけなくて幼さが残る。そんな顔を見ていると、無意識にハルトの頭にそっと手を伸ばしてしまっていた。柔らかい髪の毛を堪能するように撫でる。変な癖にならないように優しく、優しく。そうしていると、突然パチリと目が開いた。
「えっち」
「わっ……! ど、どこがです!?」
「まだ足んなかった? もうちょい寝かせてよ」
あくびをしながら起き上がるハルトにブンブンと首を横に振って否定すると、眠たそうにしつつもケラケラと声を上げて笑った。
「冗談だよ。いちいち反応いいからからかっちゃった」
柔らかく微笑むハルトを見て安堵する。どうやらガス抜きはできたようだ。そう考えたのが表情に出てしまっていたのだろう。怪訝な表情を浮かべたハルトが首をかしげた。
「ん、なに。なんか笑ってない?」
「いえ、別に何というわけでは」
「いーや絶対笑ってるね。なんかニヤけてる。なんだよなんか言いたいことあんなら言えって」
「怒りません?」
「怒られるようなことなの」
なんとかして喋らせようとしてくるハルトにどうしたものかと思考を巡らせる。本当のことを言ってもこのまま黙っていてもどの道機嫌を損ねる気がする。それならば、と口を開く。
「機嫌、治ったみたいで良かったなって」
「あ……あー……うん」
バツが悪そうに視線を泳がせたハルトはそっと私に向かって腕を伸ばしてくる。意図がきちんとは読めないまま、ハルトの腕の中に収まるようにそっと身を寄せると、間違っていなかったのか抱きしめられる。
「なんでオレが機嫌悪かったか、分かる?」
「え?」
予想だにしなかった質問に戸惑う。ハルトの機嫌が良くなかった理由。それを私に聞くということは、大なり小なり私がその原因に関わっているということなのだろう。どうしよう。特別何かしらの心当たりがない。答えに窮しているとハルトが小さく息をつく。
「分かんない?」
「っ、や、休みがなくてストレスが溜まっていた、とか」
「……せーかい」
トーンを落とした声は確実に間違った答えであることを示していたけれど、ハルトはそれ以上は何も言わずぐりぐりと肩口に額をこすりつけているだけだった。
「……ハルト」
「なに」
「私は、あなたのマネージャーです。いろいろな機微に気づいてやるべきで、それを先回りしてケアするのも仕事のうちです。でも、それができていない自覚はあります」
情けない話だが、ハルトの感情は他のメンバーよりも一段と読みづらい。歌とダンスに真摯に向き合ってパフォーマンスを磨いているのは分かる。しかし、何に不満を覚え、不安を抱え、苦しんでいるのか。その本質はいつまで経っても見えないままだ。
「これが甘えであることは百も承知の上で、言わせてください」
抱きしめてくる腕を緩めたハルトの顔をまっすぐ見つめ、じっと視線を合わせる。珍しくハルトの瞳が揺らいでいる気がした。
「あなたの悩みを、あなたの苦しみを、私も一緒に背負いたい。だから、教えてください。何が辛いのか。何が不満なのか。一緒に悩ませてください」
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