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4話
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ハルトの気持ちを知って、それを拒絶することができなかった時点で私の負けだった。世間一般の常識に照らして考えたとき、己がしていることがどれだけ中途半端でまともじゃないのかは認識できている。ハルトを応援している人にとっても、自分が不誠実であることも、理解している。だから、きっとこのままではいけない。そう、思う。そんな思いでハルトの隣にいることは、ハルトにとっても歓迎できることではないだろう。
「オレといるのに考え事?」
拗ねたような声色で隣に座ったハルトが肩に頭を乗せてくる。今まで見たことのなかった甘い表情に胸が締め付けられるのを感じる。
「また難しいこと考えてんでしょ」
「……ハルトは、私といて楽しいですか」
「はあ? 楽しいよ。アンタがいてくれるから明日も仕事頑張ってやってもいいって思ってるし」
「……そう」
想像していたよりも恋人のような距離感で接してくるハルトに、いつも面食らってしまう。今まで通りにセックスはしている。けれど、ハルトの家にいてもそういうことをしない日が増えた。それはきっと、ハルトが自分といることで満たされてくれているから。でも、だからこそ、こんな中途半端でいいのだろうかと考えてしまう。
「ねぇ、ベッド行かない?」
この言葉に、首を振ることができない。これでいいのかとハルトに尋ねることもできない。こんな卑怯な行いを続けていたのが全ての原因だった。
ある日の収録終わり。メンバーたちが次々と控え室を後にして行く中、普段は皆と一緒に出ることが多いユウと二人になる。
「……マネージャー」
小さく声をかけられてユウの方を見る。視線を落とした先で手をすり合わせ緊張を誤魔化しているようだった。
「どうしました?」
「今日、ハルトは……?」
「珍しく気の合う共演者の方がいたみたいで、飲みに行くと言ってましたね」
「へぇ……」
いつも相談をハルトに打ち切られていたからだろうか。しかし、ハルトの動向を確認してくすりと笑ったユウの表情にそこはかとない違和感を覚えた。ユウって、こんな笑い方をする子だっただろうか。
「マネージャー。相談があるんです。僕のおうち、来て?」
「わ、かりました……」
うっすらと笑みを浮かべたユウに戸惑いはあったけれど、相談があると言う担当アイドルの申し出を拒絶することなどできるはずもなかった。タクシーに乗り込みユウの家へ向かい、促されるままに部屋のソファに腰掛ける。
「昨日の夜カレー作ってたんだ。一緒に食べましょ?」
キッチンでテキパキとせわしなく動くユウに手伝いを申し出るけれど、やんわりと断られてしまう。料理好きのユウらしい、整理整頓が行き届いたキッチンで、並んでいる調理器具や調味料もこだわりがあることがうかがえる。
「すごい。本当に料理が好きなんですね」
「伝わる? 僕の気持ち」
「ええ。すごく。このカレー……もしかして市販のルーを使わずに作ってます?」
「そう! そうなんだぁ。スパイスカレーって奥が深くって。いろんな配合を試して一番美味しいカレーを研究中なんだあ」
とても楽しそうに自作のカレーについて語るユウの話を楽しく聞きながら、どんどん用意されていく料理を眺める。サラダはなんだかいつの間にかできあがっていたし、温めるだけとはいえカレーももう完成間近だ。
「さすがの手際ですね……」
「んふふ。ありがとう! じゃあマネージャー、これ、テーブル運んで」
手渡されたサラダボウルをしっかりと受け取り、テーブルまで運ぶ。そんなこんなで食卓について二人手を合わせた。
人の手料理を食べたのはいつぶりだろうか。それこそ、実家に帰ったとき以来かもしれない。美味しい料理に感動しながら楽しく食事を終え、一服したところでユウがそっと手を握ってくる。
「マネージャー」
「……はい」
そうだ。今日はユウの相談を受けるためにここまで来たのだった。あまりに美味しいカレーに意識から抜け落ちかけていた仕事脳を強制的に起動させる。
「マネージャーは、僕達のためにならなんだってしてくれるの?」
私の手を握り、指を絡ませたユウがどこかトゲのある声でそんなことを聞いてくる。
「ねえ、僕のお願いも聞いてくれる? ハルトだけじゃなくって」
「それは、もちろんです。私はヴィクトルのマネージャーですから」
「じゃあさ、僕ともえっちなことしようよ」
「……は?」
一瞬、思考が完全に停止した。ユウが何を言っているのかが理解できない。彼は、何を言っているんだ。
「その反応、図星なんだ。あーあ。最悪マジで」
「ゆ、ユウ、誤解です」
「何が? ハルトとセックスしてるんでしょ? あいつ最近なんか機嫌いいなって思ってたんだよね。急に距離近くなってるし、めちゃくちゃ牽制してくるし。もしかして付き合ってるのかなって思ったけど、マネージャーが担当アイドルと付き合うわけ無いもん。だったら、そういうことなのかなぁって」
自分の反応のせいで、ユウに確信を持たせてしまった。予想外な言い分に隙を晒した自分が悪いのだけれど、まさかこんなことを言われるとは思いもしなかった。
「ケイスケさん。ハルトに脅されてるんでしょ? なにか弱みでも握られてるの? あんなクズの言う事聞く必要ないよ。ね、これからはケイスケさんのことは僕が守ってあげるから。だから……」
言いながら握られた手に力がこもる。ぐっと腕を引かれ、強く抱きしめられた。
「僕と心も身体も繋がろう?」
耳元で囁かれた声に怖気が走る。恍惚とした声が、熱を孕んだ吐息が。自分の知っているユウとはかけ離れている。恐怖に身が竦む。なんとか、ユウを正気に戻してやらないと。抱きしめられた身体を捩って腕から抜け出すようにもがく。
「暴れないでよマネージャー」
「駄目ですよユウ。こんなこと間違ってる」
「ハルトはいいのに? 僕はだめ?」
「そういうことを言っているわけでは……」
「じゃあどういうことなんだよ!!」
大声を上げたユウに勢いよく押し倒される。ソファの座面に押し付けられた腕が痛い。ぎりぎりと音を立てそうなほどに強く掴まれ、眉間に皺が寄る。けれど、ユウはそれにも気づいていないようだった。
「オレといるのに考え事?」
拗ねたような声色で隣に座ったハルトが肩に頭を乗せてくる。今まで見たことのなかった甘い表情に胸が締め付けられるのを感じる。
「また難しいこと考えてんでしょ」
「……ハルトは、私といて楽しいですか」
「はあ? 楽しいよ。アンタがいてくれるから明日も仕事頑張ってやってもいいって思ってるし」
「……そう」
想像していたよりも恋人のような距離感で接してくるハルトに、いつも面食らってしまう。今まで通りにセックスはしている。けれど、ハルトの家にいてもそういうことをしない日が増えた。それはきっと、ハルトが自分といることで満たされてくれているから。でも、だからこそ、こんな中途半端でいいのだろうかと考えてしまう。
「ねぇ、ベッド行かない?」
この言葉に、首を振ることができない。これでいいのかとハルトに尋ねることもできない。こんな卑怯な行いを続けていたのが全ての原因だった。
ある日の収録終わり。メンバーたちが次々と控え室を後にして行く中、普段は皆と一緒に出ることが多いユウと二人になる。
「……マネージャー」
小さく声をかけられてユウの方を見る。視線を落とした先で手をすり合わせ緊張を誤魔化しているようだった。
「どうしました?」
「今日、ハルトは……?」
「珍しく気の合う共演者の方がいたみたいで、飲みに行くと言ってましたね」
「へぇ……」
いつも相談をハルトに打ち切られていたからだろうか。しかし、ハルトの動向を確認してくすりと笑ったユウの表情にそこはかとない違和感を覚えた。ユウって、こんな笑い方をする子だっただろうか。
「マネージャー。相談があるんです。僕のおうち、来て?」
「わ、かりました……」
うっすらと笑みを浮かべたユウに戸惑いはあったけれど、相談があると言う担当アイドルの申し出を拒絶することなどできるはずもなかった。タクシーに乗り込みユウの家へ向かい、促されるままに部屋のソファに腰掛ける。
「昨日の夜カレー作ってたんだ。一緒に食べましょ?」
キッチンでテキパキとせわしなく動くユウに手伝いを申し出るけれど、やんわりと断られてしまう。料理好きのユウらしい、整理整頓が行き届いたキッチンで、並んでいる調理器具や調味料もこだわりがあることがうかがえる。
「すごい。本当に料理が好きなんですね」
「伝わる? 僕の気持ち」
「ええ。すごく。このカレー……もしかして市販のルーを使わずに作ってます?」
「そう! そうなんだぁ。スパイスカレーって奥が深くって。いろんな配合を試して一番美味しいカレーを研究中なんだあ」
とても楽しそうに自作のカレーについて語るユウの話を楽しく聞きながら、どんどん用意されていく料理を眺める。サラダはなんだかいつの間にかできあがっていたし、温めるだけとはいえカレーももう完成間近だ。
「さすがの手際ですね……」
「んふふ。ありがとう! じゃあマネージャー、これ、テーブル運んで」
手渡されたサラダボウルをしっかりと受け取り、テーブルまで運ぶ。そんなこんなで食卓について二人手を合わせた。
人の手料理を食べたのはいつぶりだろうか。それこそ、実家に帰ったとき以来かもしれない。美味しい料理に感動しながら楽しく食事を終え、一服したところでユウがそっと手を握ってくる。
「マネージャー」
「……はい」
そうだ。今日はユウの相談を受けるためにここまで来たのだった。あまりに美味しいカレーに意識から抜け落ちかけていた仕事脳を強制的に起動させる。
「マネージャーは、僕達のためにならなんだってしてくれるの?」
私の手を握り、指を絡ませたユウがどこかトゲのある声でそんなことを聞いてくる。
「ねえ、僕のお願いも聞いてくれる? ハルトだけじゃなくって」
「それは、もちろんです。私はヴィクトルのマネージャーですから」
「じゃあさ、僕ともえっちなことしようよ」
「……は?」
一瞬、思考が完全に停止した。ユウが何を言っているのかが理解できない。彼は、何を言っているんだ。
「その反応、図星なんだ。あーあ。最悪マジで」
「ゆ、ユウ、誤解です」
「何が? ハルトとセックスしてるんでしょ? あいつ最近なんか機嫌いいなって思ってたんだよね。急に距離近くなってるし、めちゃくちゃ牽制してくるし。もしかして付き合ってるのかなって思ったけど、マネージャーが担当アイドルと付き合うわけ無いもん。だったら、そういうことなのかなぁって」
自分の反応のせいで、ユウに確信を持たせてしまった。予想外な言い分に隙を晒した自分が悪いのだけれど、まさかこんなことを言われるとは思いもしなかった。
「ケイスケさん。ハルトに脅されてるんでしょ? なにか弱みでも握られてるの? あんなクズの言う事聞く必要ないよ。ね、これからはケイスケさんのことは僕が守ってあげるから。だから……」
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