愛して愛して壊れるくらい

塚口悠良

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5話

5-2

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 ふと目が覚めて隣を見ると、ベッドの上に座り込んだケイスケがぼーっと虚空を見つめていた。何をしているのかと思いしばらく眺めていたけれど、時折瞬きするだけで身動ぎ一つしないケイスケが心配になり、腕を掴んだ。
「ケイスケ……?」
「ぁ……」
 小さく音を漏らしただけで視線を合わせることすらしてこない。身体を起こして肩に触れると、体中が冷え切っていて息をのむ。どれだけの時間ああしてただ座っていたのだろうか。抜け落ちた表情はなにを考えているのかすら理解できない。
「とりあえず、布団入んなよ。身体冷えちゃってる」
「……はると」
 無理やりベッドに寝かせて布団でくるんでやると、ぼそりと名前が呼ばれる。返事をして続きを促すと、酷く緩慢な動きで口が開いた。
「どうしよう……おれ……おかしくなった」
「おかしく……?」
 昨日はこんな風になってなかった。もしも一昨日の記憶が影響しているんだとして、おかしくなったっていうのは、なんだ。上手く状況を把握できなくて鸚鵡返しするしかないけれど、ゆっくりとケイスケの言葉を待つ。
「仕事、いけないかもしれない」
 ぎゅっと布団の中で縮こまったケイスケが震える手でオレの腕を掴んだ。
「おれ……どんなに辛くても、難しくても、仕事が嫌だったことなんて、ないの。……でも、今日は……会いたくない……」
 ぼそりぼそりと呟かれる言葉。その意味がようやく見えてくる。ようするに、ユウに会うのが怖いという話だろう。当たり前だ。自分を強姦した男と今までと同じように接することなんてできるわけがない。それはきっとユウも同じだと思うけれど、仕事場に彼がいる確率の方が高い。そこを危惧して、それが枷になったことに絶望しているということ。
「辛いなら、行かなくていいよ。大丈夫。ケイスケがしたいことだけしな」
「……でも、おれは……」
 子どもみたいな喋りかたに、ケイスケがどれだけ苦しんでいるかを悟る。ああ、こんなにも傷をつけてしまうとは。ユウを見くびっていたな、とわずかに反省の心が芽生える。でも、こんな状態ですがりつくあてがオレしかいないと思ってくれているのがたまらなく嬉しい。上がってしまいそうな口角を押さえつけて震えているケイスケを抱きしめた。
「これからは、オレが守るから。だから、心配しないでいいよ」
「はると……ごめ、ごめんね……」
「謝ることないって。オレは、オレだけは、ケイスケの味方だから」
「っ……ぅ……」
 胸元にぐりぐりと額をこすりつけ涙をこらえている声が聞こえる。泣いてもいいんだって伝わるように、ゆっくり優しく背中をさすると、小さく嗚咽が漏れ始めた。
 しばらくそうしていると、落ち着いたのか泣きつかれたのか寝息が聞こえ始める。スマホを確認すると、そろそろ支度をして出なければいけない時間だった。ケイスケを起こさないように注意しながらそっとベッドを抜け出した。サイドテーブルにメモを置き、ケイスケのスマホを回収する。これで誰からの連絡も目に入れなくて済む。あとはいつも通り、仕事をこなすだけ。帰ったらケイスケがいる家になったのが嬉しくて、仕事をする気力もふつふつと湧いてくる。ああ、なんと素晴らしきかな。幸せな未来が確約されてしまった。

 監禁でもなければ、何を強制しているわけでもないのに、ケイスケはあの日から一歩も外に出ようとしなくなった。時折発作のようにヴィクトルの行く末を憂いては自分を責めているようだったけれど、それも数日で起こらなくなっていった。それだけの傷を他人がつけたということに不快感がないわけじゃない。けれど、ケイスケの人生の優先順位が明確に入れ替わったのが分かるのだ。それがあまりにも心地よくて、幸せで、天にも昇る気持ちになる。あんなにもヴィクトルを大切にしていた男が。オレだけを見ている。オレさえいればいいと言ってくれる。こんなに幸せなことはない。あとはオレがケイスケにとって都合の悪い世界を全部覆い隠してやればいいだけだ。ヴィクトルは完全に軌道に乗って、最高のアイドルとして世に受け入れられた、と思わせればいい。実際のことなんてどうだっていいのだ。ただ、オレがいつも通りに、いつも以上に忙しくしていれば、ケイスケの夢は叶ったことになるのだから。
「ハルト……今日は帰り遅い?」
「たぶん二十時くらいだと思うけど……?」
「んふふ……じゃあ、出前頼んじゃおっかなぁ。ピザパーティとか!」
「お、いいじゃん。やろやろ」
 翌日が休みで、オレの帰りが遅くないときはこんな風にちょっと豪華なデリバリーをしてみたり、買うだけでやれてないゲームを消化したりしている。今日はピザパーティらしいし、気合い入れて仕事してこないとな、と玄関まで見送りに来てくれるケイスケにお礼を言って行ってきますのキスをした。

 仕事を終えて帰宅すると、言っていた通りにいろんな種類のピザが取り揃えられていて、最高の気分だった。
「おかえりなさい! 今日は完全にチートデイです! ほら!」
 そう言ってケイスケがドヤ顔で取り出したのはまさかの二リットルコーラ。店によっては確かに一緒に売ってるけども。あまりの誇らしげな表情に大笑いしてしまう。
「ほら! 早く食べましょうよ!」
「そうだね。食べよ」
 食卓について、ピザを頬張る。どの味が好きか、とかタバスコをかけるならどれか、とかそんな話をしながら食べ進めるのも楽しい。本当に完成したんだな、と感慨があふれるほどに。
「ハルト、なんか元気ない?」
「そんなことないって。メチャクチャ元気だよ。すげー幸せ噛みしめてただけ」
「……そっか。なら、良かった」
 目を細めて薄く笑った。その顔をなんだかすごく久しぶりに見た気がして、どこか胸の奥がざわつくような感覚がした。

 ピザを食べ終わって、お互い寝る準備を整える。明日は久しぶりの休みだし、色々できるかな、と期待していたのはどうやらオレだけではなかったらしい。風呂から上がって寝室に向かうと、ケイスケが頬を染めてオレの腕を引く。
「ハルト。その……今日って……」
「ん?」
「そ、その……ぅ……」
 口ごもる姿が可愛くて分からないふりをしていると、涙目でキッと睨みつけてくる。大きく深呼吸したケイスケは赤い顔をより赤くして口を開いた。
「えっち、したい……」
「オレも。マジでかわいい。大好き」
「っ……! んふ……へへ……」
 ふにゃりと笑った顔があんまり可愛いから、抱き寄せていっぱいキスをした。もう呼吸できなくなるんじゃないかってくらいに。息が苦しいと文句を言われてしまったけれど、それだってケイスケからのラブコールにしか聞こえない。もっともっと、深くまでつながりたい。ケイスケもそう思ってるでしょ。
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