アラフォー幼女は異世界で大魔女を目指します

梅丸みかん

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第一章 塔の上から見た異世界

28, 初の転移魔法陣

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 ダイニングテーブルの上には、フルーツの盛り合わせ、野菜スープ、そしてサラダ。
 すっかり我が家の定番・ヘルシー朝食メニューである。

 中でも野菜スープは、師匠がかつて作った「美味しくなる薬」なる怪しい液体入り。
 最初は警戒したけれど、「これを入れれば絶対うまくなるのじゃ!」と言いながら師匠が作っていた――
 一口口に含んだら味はまんま、コンソメだった。

 どうやら、師匠の庭で採れた野菜を錬金魔法で凝縮したものらしい。
 ドレッシングも師匠お手製でびっくりしたけど、さらに一番驚いたのは、「妾特製の調味液じゃ」と言って出してきた怪しい黒い液体だ。
 なんと、それ、醤油だった。錬金魔法で作ったと聞いた時はちょっと訝しんだけど、ちゃんとあの懐かしい味がした。
 このときばかりは「やっぱすごいわ、この人形」と、心から尊敬したのを覚えている。 

 ちなみにその師匠は今、隣で果物をシャリシャリ食べている。もちろん人形の姿で。
 初見なら腰を抜かす光景だけど、一か月も経てば……まあ、慣れる。

 私はスープをすすりながら、ため息をひとつ。

「ねえ師匠、確かに野菜も果物も美味しいけどさ……幼児の成長にはタンパク質が必要だと思うんだよね」
「たんぱく……しつ? なんじゃそれは」

「えっ、この世界ではそう言わないの? お肉とか魚とか卵とか、人間の身体を作る栄養素だよ」
「ふむ……なるほど。実は、ミカが防御魔法を習得したことだし、そろそろ森に食料調達に行こうと思っていたところじゃ」

「ん? 食料調達? 森に? それって、まさか……」
 嫌な予感しかしない私。

「そうじゃ。狩りじゃ」
 来たあぁぁぁぁ!!
 その単語、今だけは聞きたくなかった!

「あの、師匠……狩りって、動物を矢とかで仕留める、あの“狩り”ですよね?」
「うむ。他に何がある?」

「いやいや、私、狩りなんて一度もしたことないんですけど!」
「心配するな。妾もない!」

「なんで師匠もしたことがないのに突然狩りに行こうとしているのよーーっ!」
「仕方あるまい。この姿では以前のように買い物にも行けぬからの」
ここでしみじみと自分のビスクドールボディを見つめる師匠。

「……ちゃんと人形だと自覚してるんだね」
 私は思わず、小さな声でつぶやいた。

「今、なんか言ったか?」
「いえ、なにも……」

 それよりも、と私は話題を切り替える。
「じゃあさ、せめて魚釣り……とかはどうかな? この森すごく広そうだから川ぐらいあるよね。釣竿は木の枝かなんかで作るか、それとも罠をつくるとか?」

 私は以前テレビで見たサバイバル番組を思い出しながら提案した。

「川ならあるぞ。この塔から十分ほどの場所に。ふむ……そういえば妾が昔作った魔道具があったのう。それを使えば簡単に魚を捕まえられる」
「……その魔道具、嫌な予感しかしないんだけど……」
 私は、あの“一方通行な姿見”を思い出した。

「安心せい。爆発したりせん」
 爆発しない……そういう問題ではない。でも、危険性がないなら試してみるべきか?

 ということで、あの怪しい研究所に師匠と共に向かう。
 師匠は足を踏み入れると、魔導具ブースの方へスタスタと歩いて行く。

 最初に見た時と変わらず、テーブルの上には訳のわからない魔道具が無造作に乗っている。
 その魔道具の山の中から、アルミっぽい箱をひとつ指さした。

「ミカ、それを持って行け」
「……これ、ただの箱にしか見えないけど」
「見た目に惑わされてはならん。これは魚をおびき寄せる信号を発する魔道具――名付けて『魚ほいほい』じゃ」

「いやそれ、害虫駆除アイテムじゃないんだから……」
 私は疑いの眼差しを向けつつ、箱をバックパックに詰め込む。

 師匠特製の縮小薬でサイズは幼児用に調整済。
 生き物以外は小さくできるので本当に便利。
 中には、小さなリンゴやプラムっぽい果物、水入りの瓶も入れておく。
 この塔の水道水は塔の地下水って師匠が言ったから、飲んでも安全なのだ。

「ミカ、そんなに持って行くのか? そんなに遠くには行かないぞ」
「だって水と食べ物は必需品でしょ?」
「まあ、妾が張った防御壁の外には出ぬ予定じゃし、大丈夫じゃろうが……。へばっても妾は担がんぞ」

 いや、師匠、その人形姿じゃどうせ担げないでしょうが。
 心の中で突っ込む。

「大丈夫、幼児ボディでも足腰には自信あるから!」
 登山で鍛えた足腰は幼女になっても健在だと思うのだ……たぶん。 

 ワンピースには合わないけど、ここにきた時に履いていた登山靴を履く。森の中を歩くので実用性重視。縮小薬を垂らしてサイズ調整したから問題ない。

 ここに来てから裸足で過ごしてきたけど……床は綺麗だし、部屋の温度も快適だったから問題なかった……けど、流石に森を歩くのなら靴は必要だ。
 これで、準備はオーケー。

 師匠と一緒に、私はあの緊張感MAXな「転移部屋」へと向かった。
 壁一面にびっしり描かれた魔法陣の中。
 私は指示された「いちばんちっちゃい魔法陣」の前に立つ。

「よし、ミカ。ここに妾と一緒に魔力を流すのじゃ。そしたら、エントランスに転移できるぞ」
 そう言うと、師匠は両手を壁にかざし、
 いかにも慣れた感じで魔力を放出し始めた。

 私もドキドキしながら、見よう見まねで両手を壁にぺたり。
 そーっと魔力を流すと、魔法陣が一気に光りだし――
 
 バチィッ!

 目の前が真っ白になったかと思うと、気づけば知らない部屋に立っていた。
 所々にある白い柱と大理石の床、高い天井はまるでホテルのロビーのようだ。

「ふむ、五百年ぶりに来たが、何も変わっておらん。妾の劣化防止魔法のおかげじゃな」
 いかにも当然のように言い放つ師匠。すごいけど、ちょっとムカつく。

「ミカよ。妾と一緒に魔力を流したことで、お主もこの塔を自由に使えるようになったのじゃ」
 ……え?
 今、さらっと超重大なこと言わなかった?

 魔法陣とか、塔に仕掛けられたあらゆるシステムが、これまでは師匠の魔力にしか反応しなかったとか――
 そんなの聞いてないんですけど!

 つまり、この塔の魔法陣やらシステムやら、全部師匠の魔力認証付きだったってこと!?
 ということは、ここに勝手に入れるのは、師匠が認めた人だけだったってことだよね?

 そこで、ふと疑問がよぎった。

 ――じゃあ、
 あの封印部屋に師匠を封印したのは、一体誰?
 師匠の招待なしには塔に入れないなら、犯人は師匠の知り合いってことになる。

 顔見知りが、何かの理由で封印した?
 ……にしても、師匠、全然その話しないよね。
 いや、今の師匠、カラッとしてるけど、もしかして色々あったのかも……?

 空気を読んだ私は、そっと考える。
 うん、この件、
 今ここでツッコんじゃダメなやつだ。
 そのうち師匠が話してくれるかもしれない。それまで触れずにいよう――。

 そんなことを胸に秘めつつ、私はそっと深呼吸をしたのだった。



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