バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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すれ違いの涙

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――まずい。
 白瀬さんが、固まっている。
 僕の隣にいる水野さんを見たまま、動かない。
 須藤さんも有村さんも、白瀬さんの様子がおかしいことに気づいている。
 この空気を、誰かが破らないと――
 
「お! 白瀬さんじゃないか、最近よく来るね。嬉しいよ」

 店長が、明るく声をかけた。
 でも――白瀬さんの表情は、変わらない。
 
「あ、はい――店長、また新しい子雇ったんですか?」

 白瀬さんが作り笑顔で、言葉を震わせながら言う。
 動揺している。
 両隣にいる有村さんや須藤さんも、それに気づいているようだ。

「そうだよ、この子は水野さん。水野さん、こちらは前ここで働いていた白瀬さん」

 店長はそう言って、水野さんに白瀬さんを紹介した。
 そして、水野さんは笑顔を崩さずに言う。

「この前お会いしましたよね! 私は水野愛莉と言います! 蓮くんとは中学からの同級生なんです!」

「そ、そうなんだ...ハハッ...」

 白瀬さんは笑おうとしたが、その笑顔は引きつっていた。
 顔色が、目に見えて悪くなる。
 そして、白瀬さんは僕や店長、水野さんと目を合わせることなく、ただ立ち尽くしている。

「さ、紗良?」

 有村さんが心配そうに声をかける。
 須藤さんも、白瀬さんの肩に手を置いた。

「...店長、席、案内してもらえますか」

 白瀬さんは弱々しく手を挙げた。
 それを見た店長は困惑しながらも、彼女たちを席へと案内する。

「白瀬さん……」

 僕は、席についた白瀬さんを見送る。
 ――やっぱり、おかしい。
 この前から、ずっと様子がおかしい。
 僕、何かしたのかな...

 ※

 それから15分ほど経った頃。
 僕は、白瀬さんたちの席にお冷を運んだ。

「こちらお冷です」

 そっとグラスを置く。

「サンキュ! 有馬っち!」

「ありがと」

 須藤さんや有村さんは、いつも通りの様子で言う。
 しかし、白瀬さんだけが明らかに違っていた。

「……ありがと、有馬っち」

 小さな声。
 目を合わせてくれない。
 このパターン、この様子……絶対に僕が何かやらかした感じがする!
 そう思ってしまうと、原因を探してしまう。
 えーっと、先週の土曜日から少し変な感じがしてた……
 でも、水野さんと出会う前までは普通だった。
 ――ということは、原因は水野さん!?
 僕は作り笑顔を保ったまま、厨房へと戻る。

 ※

 なんでだ?!
 仮に原因が水野さんだとして、どうしてあんな風になるんだ!?
 変な疑問に頭を抱えていると、水野さんが僕の前に立った。

「あの~、蓮くん」

「は、はい!?」

「店長から、仕事内容は蓮くんから教えてもらうように言われたんだけど……」

 あぶない、完全に忘れていた……。
 僕は「ごめん」と言って、立ち上がった。
 なんとしてでも明日――いや、今日。
 白瀬さんの元気を取り戻さないと!
 胸に決意を秘め、僕は水野さんにレジ操作や料理の運び方を教えた。

 ※

 そう志したのは良かったけど――
 いつも話しかけてくれる白瀬さんが、全く話しかけて来ないんだが!?
 絶対に僕が何かしてる……どうしよう。
 どうしようもない悩みを休憩室で抱えていた時、

「蓮くん、少しいいかな?」

 そこに現れたのは水野さんだった。

「なんか、蓮くん元気ないね?」

「……大丈夫です」

 水野さんが何かを察したような顔で、僕の隣に座る。

「さっきの白瀬さんのこと?」

「――ッ」

「図星だね? 分かりやすいよ、蓮くんは」

 まるで僕をからかうように微笑む。
 そして、水野さんは僕の顔を覗き込むように見た。

「白瀬さん、すごく綺麗な人だね」

「……はい」
 
「白瀬さん、すごく綺麗な人だね」

「――はい」

 白瀬さんの顔が、自然と浮かぶ。
 銀色の髪。
 青灰色の瞳。
 笑った時の、少し意地悪そうな表情。
 全部、好きだ。

「あ、やっぱり好きなんだ」

「――ッ!?」

 頬が、一気に熱くなる。
 水野さんに、バレてた。

「ごめんごめん、別にからかってるわけじゃなくて」

 水野さんが、優しく笑う。

「でも、蓮くんが白瀬さんを見てる時、
 いつも優しい目をしてるもん」

「そ、そんなに…分かりやすいですか?」

「うん。すごく、分かりやすい」

 ――恥ずかしい。
 でも、嬉しい。
 僕の想いは、白瀬さんに届いてるのかな。
 
「ねぇ、蓮くん」

「はい」

「私ね、中学の時から蓮くんのこと、
 ちょっとだけ気になってたんだ」

「――ッ!?」

「でもね、今日何となく分かった。
 蓮くんには、大切な人がいるんだなって」

「水野さん……」

「私、ずっと応援してるから。蓮くんのこと。
 だって、蓮くんが幸せそうにしてるの、見てたいから」

「ありがとうございます……」

「うん。でもね、一つだけ言わせて」

 水野さんが真剣な視線を僕に送る。

「白瀬さん、さっきすごく悲しそうな顔をしてた」

 分かってる。
 そんなこと、僕にだって分かる……
 でも、どうすれば?
 何も言えない自分の未熟さが、辛い。

「蓮くんのこと、好きなんじゃないかな?」

「――ッ! そ、そんな……」

「女の子には分かるんだよ。
 白瀬さん、私たちが話してるのを見て、
 すごく辛そうだった――
 だから、ちゃんと話した方がいいよ。
 誤解されたままだと、もったいないから」
 
 水野さんが立ち上がり、僕に手を差し伸べる。

「...ありがとう」

 水野さんの言葉が、胸に染みる。
 ――白瀬さん。
 話さないと。
 ちゃんと、説明しないと。

 ※

「ねぇ、紗良~。まだ食べないの?」

 香澄が、私のハンバーグを見て言う。
 ハンバーグが来てから、どれくらい経ったんだろう。 
 私、絶対みんなに失礼なことしてる……
 新しく入ってきた水野さんという人。
 すごく可愛い人だった。
 そんな可愛い人と、有馬っちがあの時、親しげに話していた時――
 変な、胸の苦しさがあった。

「紗良、気分悪いなら無理しなくていいよ」

 奏も香澄も、私を心配してる。
 早く、みんなの「紗良」を演じないと……。

「ごめん、ちょっとお手洗いに行ってくる」

 私は彼女たちに言って、席を立った。
 苦しい……
 いつも簡単に演じてきた「紗良」が、上手くできない。
 ――平気。
 私、全然平気。
 有馬っちが誰とLINEしようが、関係ない。
 ...関係ない、はず。
 ――嘘。
 すごく、気になる。
 でも、気にしてないフリしないと。
 いつも通り、明るくいないと。
 それが、私だから。
 急ぎ足で廊下を歩いていた時だった。

「私ね、中学の時から、蓮くんのこと、
 ちょっと気になってたんだ」

「――ッ!」

 スタッフの休憩室から、突然聞こえた声。
 私の足が止まり、思わず声が出そうになる。
 水野さんの声だ。

「蓮くんが幸せそうにしてるの、見てたいから」

 休憩室から聞こえてくるのは、水野さんの優しい声。

「……ありがとうございます」

 そして、その後に聞こえてきた有馬っちの声。

「――」

 足が動かなかった。
 ただ、その場で立ち尽くしていた。
 ――水野さん、有馬っちのこと……好きなんだ。
 中学の時から。
 で、有馬っちは……?
 "ありがとうございます"って、あんな優しい声で……。
 そっか。
 有馬っちも、水野さんのこと――。
 棒立ちしていると、再び二人の会話が聞こえてくる。

「白瀬さん、私たちが話してるのを見て、
 すごく辛そうだった」

「――」

 胸が、また苦しくなってきた。
 息遣いが、だんだん荒くなってくる。
 ――見られてた……
 私が辛そうな顔をしてるところ。
 ...バレてたんだ。
 恥ずかしい。
 情けない。
 みじめ。
 有馬っちには、好きな人がいて。
 それなのに、私――

「……もういい」

 私は、その場から足早に去った。

 ※

 重い足取りで席に戻ると、香澄が私を見て驚いている。

「おかえり。……泣いてる?」

 香澄が心配そうな声で言うと、隣にいた奏も驚いていた。
 ――なんで。
 なんで……私を演じられないの?
 なんで、この苦しさが消えないの?
 頬を伝う涙に、ようやく気づいた。
 私は「紗良」を演じるため、外の空気を吸いに外へ出た。
 フラフラとしながら、建物の壁に寄りかかる。

「バカみたい、私……もう自分が分からなくなってきた」

 顔を手で覆い、溢れ出る涙を隠す。
 胸が、まだ苦しい。
 私は、この感情の名前を知ってる……
 でも、それを認めたら――
 私は、有馬っちのこと――

「白瀬さん!」

「――ッ!」

 覆っていた手を、開く。
 涙で歪んだ視界。
 でも――
 そこに立っていた彼だけは、はっきり見えた。

「有馬っち……」

 なんで。
 なんで、ここにいるの。
 水野さんと一緒にいたんじゃ――

「少し、話しませんか!」

 有馬っちの必死な顔。
 息を切らして、私を見つめている。
 ――どうして。
 どうして、そんな顔をするの。

「わ、私……」

 言葉が、出てこない。
 でも――
 有馬っちは、私の答えを待っている。
 必死に、私だけを見ている。
 ――ずるい。
 そんな顔されたら、断れない。

「……話、聞きます」

 小さく、頷いた。
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