バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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本当の自分

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「白瀬さん!」

 僕の声に、白瀬さんが顔を上げる。

 涙で濡れた頬。
 震える肩。
 崩れそうな表情。

 ――守らなきゃ。

 その想いだけが、僕を動かした。

「少し、話しませんか!」

 白瀬さんが、小さく頷く。

「……話、聞きます」

 ※

 ファミレスの裏手、人通りの少ない路地。

 街灯の光が、二人を照らしている。

「あの……白瀬さん」

「……有馬っち」

 白瀬さんの声が、震えている。

「私、見られてたんだよね。辛そうな顔してるところ……水野さんに」

「――ッ」

 聞いてたんだ。

 休憩室での会話を。

「水野さん、有馬っちのこと好きなんだよね。中学の時から」

「白瀬さん、それは――」

「いいの。有馬っちが誰を好きでも、私には関係ない……はず、なのに」

 白瀬さんが、自分の胸を押さえる。

「なんで、こんなに苦しいんだろう」

「白瀬さん……」

「私ね、ずっと『紗良』を演じてきたんだ」

 白瀬さんが、ぽつりと言葉を零す。

「中学の時、オタク趣味を笑われて。それから、本当の自分を隠すようになった」

「――」

「髪を染めて、ピアスを開けて、みんなが思う『ギャル』になった。それで友達も増えて、楽しい毎日が手に入った」

 白瀬さんの声が、震える。

「でも――本当の自分は、どこかに置いてきちゃった」

「白瀬さん……」

「いつから本当の『自分』を隠して、みんなの『自分』を演じてきたんだっけ」

 白瀬さんが、空を見上げる。

「友達に私のオタク趣味を笑われたとき? 友達や人間関係が広がったとき?」

 その横顔が、とても寂しそうで。

「私の頭の中を埋め尽くすのは、みんなの『自分』を演じてきた記憶の数々」

 白瀬さんが、自分を抱きしめるように腕を回す。

「そっか、私……気づかないうちに本当の『自分』を殺してたんだ。みんなの『自分』を演じる度に、本当の『自分』にナイフを突き立てていた」

「白瀬さん……」

「だから、だんだん『紗良』が演じられなくなったんだ」

 涙が、また頬を伝う。

「有馬っちといる時は、本当の自分でいられた。『ヒーリング』の話をして、グッズを買って、一緒に笑って」

 白瀬さんが、僕を見る。

「でも――有馬っちには、水野さんがいるんだよね」

「違います!」

 僕は、思わず大きな声を出していた。

「白瀬さん、誤解です! 僕が好きなのは――」

 言葉が、喉に詰まる。

 ここで言うべきか。

 でも――

「白瀬さん、見せたい場所があるんです。いいですか?」

 白瀬さんが、驚いたように目を見開く。

「見せたい……場所?」

「はい。そこで、ちゃんと話させてください」

 僕は、白瀬さんの目を真っ直ぐ見つめた。

 白瀬さんが、戸惑いながらも――小さく頷く。

「……うん」

 ※

 歩き出す二人。

 最初は無言だった。

 ファミレスを離れ、車通りの多い道を歩く。

 街灯の光が、二人の影を長く伸ばしている。

「あの……白瀬さん」

「……ん?」

「さっき、水野さんが僕のことを好きだって言いましたよね」

「――うん」

 白瀬さんの声が、小さくなる。

「でも、僕は水野さんに、はっきり言いました」

「……え?」

「『僕には、好きな人がいます』って」

「――ッ!」

 白瀬さんが、立ち止まる。

「それって……」

「まだ、言いません」

 僕は、先を歩き続ける。

「着いてから、ちゃんと言います」

 白瀬さんが、慌てて追いかけてくる。

「ちょ、ちょっと! 有馬っち!」

「もう少しです」

 徐々に人通りが少なくなっていく。

 住宅街を抜け、小さな公園が見えてくる。

 その奥に――

「着きましたよ、白瀬さん!」

 僕は振り返って、笑顔を見せた。

 白瀬さんが、きょとんとした顔で――

 そして、目の前の景色を見て、息を呑む。

「ここって……」

 小さな橋。

 その下を流れる小川。

 橋の欄干に寄りかかる街灯。

「『ヒーリング』で、ケンヤとスズミが初めて出会った場所……」

「そうです!」

 僕は、胸を張って言った。

「実は、漫画版『ヒーリング』の初版にしか書かれてない作者のあとがきに、この場所が聖地として書かれていました」

「初版のあとがき……」

「はい。僕、初版持ってるんです。そこに載ってた写真と、まったく同じでした」

 白瀬さんが、橋に近づく。

「本当だ……絵とまんま同じ」

 街灯の光が、白瀬さんを照らしている。

 その姿が、とても綺麗で――

 僕は、深呼吸をする。

「白瀬さん」

「……ん?」

「伝えたいことがあります」

 僕は、白瀬さんの方へ歩み寄った。

 白瀬さんが、不安そうな顔で僕を見る。

「誰にだって、二つの顔があります」

「……え?」

「本当の自分と、周りに見せる自分」

 僕は、言葉を続ける。

「白瀬さんは、それを『演じてる』って言いました。でも――それは、誰もが同じです」

「有馬っちも……?」

「はい。僕だって、司くんや海斗くんの前では、ちょっと無理してます。明るく振る舞おうとしたり、話題に合わせようとしたり」

 白瀬さんが、じっと僕を見つめる。

「でも、それは『演じてる』わけじゃないんです」

「……どういうこと?」

「それも、『自分』なんです」

 僕は、白瀬さんの目を見つめた。

「明るく振る舞おうとする自分も、話題に合わせようとする自分も、全部『本当の自分』の一部です」

「――」

「白瀬さんが、みんなの前で見せてる『紗良』も、白瀬さんの一部です。オタク趣味を隠してる『紗良』も、白瀬さんです」

 白瀬さんの目が、揺れる。

「どちらかを殺す必要なんて、ないんです」

 僕は、白瀬さんの震える手を――両手で握った。

「ただ、両方の自分を愛してください」

「有馬っち……」

「白瀬さんが、僕に言ってくれました。『有馬っちは、有馬っちのままでいい』って」

 白瀬さんの目から、涙が零れる。

「『もう離れないで』って、言ってくれました」

 僕は、白瀬さんの手を強く握る。

「僕は、白瀬さんのおかげで変われました。これは、推測でも予想でもなく、断言できます」

「――」

「だから、今度は僕の番です」

 深呼吸。

 心臓が、うるさい。

 でも――

「白瀬さんが本当の自分を出せるように、僕がいます」

 白瀬さんが、息を呑む。

「もし良ければ――白瀬さんの『本当の自分』を、僕に見せてください」

「な、なんで……私なんかに」

「ケンヤなら、こうします」

 僕は、微笑んだ。

「僕たちが推してるキャラたちなら、きっとこうします」

 白瀬さんが、じっと僕を見つめる。

「過去に、自分自身に、打ちひしがれてる仲間を――絶対に見捨てません」

 僕は、照れながら頭を掻いて――

 そして、決意を込めて言った。

「僕は、白瀬さんのことが好きです」

「――ッ!」

 白瀬さんの目が、大きく見開かれる。

「友達としてではなく、一人の異性として」

 心臓が、爆発しそう。

 でも、止まらない。

「今、心が弱ってる白瀬さんに『好き』って言うのは、ずるいかもしれません」

 白瀬さんが、震えている。

「でも、僕は本気です」

 僕は、白瀬さんの手を、さらに強く握った。

「本気で、白瀬さんのことが好きです」

 沈黙。

 長い、長い沈黙。

 白瀬さんが、俯く。

「……ごめん」

 小さな声。

「私、まだ答えられない」

「――」

「でも」

 白瀬さんが、顔を上げる。

 涙で濡れた頬に、笑顔が浮かんでいた。

「いつか、答えを出すから」

「白瀬さん……」

「私……有馬っちになら、本当の自分でいられるから」

 白瀬さんが、僕の手を握り返す。

「だから……その、私を受け止めてくれる?」

 僕は――

 力いっぱい、頷いた。

「はい! 任せてください!」

 白瀬さんの表情が、ふっと緩む。

「私、絶対にこの答えを出すから――」

 白瀬さんが、微笑む。

「だから待ってて、有馬くん!」

 有馬っち、じゃなくて――

 有馬くん。

 その呼び方が、嬉しくて。

「はい!」

 僕は、満面の笑みで答えた。
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