バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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契約と1番クジ

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 夏のはじまりを告げるように、セミの鳴き声が聞こえてくる。
 昼休みの教室で僕は、読んでいるライトノベルを1ページ、また1ページ捲る。
 文字を目で追いながら、そこに書かれた描写を元に想像する。
 想像……。

『僕は、白瀬さんのことが好きです』

 白瀬さんに言ったあの言葉。
 忘れたと思っていたはずなのに、ずっと頭の中で再生される。
 思わず恥ずかしさで叫びたくなる。
 それを我慢するように、唇を噛み締める。
 恥ずかしい……昨日から白瀬さんと顔を合わせられてない。
 いや、正確には――
 白瀬さんの方が、僕を避けている。
 ふと、朝のことを思い出す。

 ※

 朝、いつも通り学校へ登校すると、僕より先に教室に白瀬さんたちのグループがいた。

「お、おはよう」

 僕が司くんたちに挨拶すると、司くんたちは明るく挨拶を返してくれた。

「おう、おはよー!」

「おはよう、有馬」

 でも――
 白瀬さんは、顔を伏せていた。
 視線を合わせようとしない。
 ……白瀬さんに、避けられてる!?
 その後も何度か声をかけてみた。

「白瀬さん、おはよう」

 素通り。

「白瀬さん、これ昨日の……」

 無視。
 こ、こうもあからさまに無視されると……キツイ。
 告白したから?
 気まずいから?
 それとも――
 嫌われた?
 胸が、ぎゅっと締め付けられる。

 ※

 そして、今に至る……。
 ラノベの内容が、全く入ってこない。
 文字を目で追っているだけで、頭に入らない。
 うーん、もどかしい……。
 そうだ! LINEなら!
 僕はとっさにスマホを取り出して、LINEを開く。
 LINEを開けば、すぐに白瀬さんのアイコンが見つかる。
 そういえば、僕のLINEの友達って……公式LINEと身内のLINEばっかりなんだよなー。
 白瀬さんが唯一の、学校関係の友達。
 指が、画面の上で迷う。

『白瀬さん、今日大丈夫? なんだか元気ないみたいだけど……』

 色々な思考をしながら、文字を打っていく。
 この文で大丈夫なのだろうか……。
 重くないかな。
 迷惑じゃないかな。
 送信ボタンを押す勇気が、出ない。

「なにしてんのー?」

 突然の声に、僕は思わずスマホを落としそうになる。
 そして、その衝撃で――
 指が、送信ボタンを押してしまった。

「あ……」

 送信済み。
 取り消せない。

「うん?」

 僕はため息をついて、声の方へ振り向く。
 すると、そこにいたのは須藤さんだった。

「な、なんですか?」

「いやー、最近紗良と仲良しだなー? って思って!」

「へ?」

「だって、昨日紗良と2人きりで何か話してたでしょ?」

 須藤さんはキョトンとした顔で言う。
 昨日、白瀬さんと話した後のことを思い出す。
 あの後、白瀬さんを僕が泣かせたみたいな感じで疑われたんだっけ。

「ねぇ、有馬っちはさ? 紗良のこと、好きなん?」

「――ッ!?」

 その発言に、思わず昨日の告白が脳裏をよぎる。
 僕はビクッとして、席を立つ。
 顔が、熱い。

「アハハ! 分かりやすー。ねぇ、有馬っち!」

「は、はい!?」

「少し、契約を結ばない?」

「け、契約?」

 須藤さんはそう言って、僕に歩み寄る。
 彼女の甘い匂いが、僕の鼻をくすぐる。
 ち、近い!

「ちょっと渡り廊下で話そ!」

 須藤さんの手に引かれて、僕と彼女は渡り廊下まで走った。

 ※

「ねぇ、有馬っちはさ? 私が司のこと好きなの、知ってる?」

 渡り廊下に着くなり、須藤さんは唐突に言った。

『須藤さんは司のことが好きなんだよ』
 
 海斗くんの言葉が、脳裏をよぎった。
 そういえば、そんなこと言ってたな。

「う、うん。詳しくは知らないけど」

「そっか! 私と司はね、幼なじみなんだよね!」

「え!? そうなんですか!?」

「そ! 保育園から高校、全部一緒!」

 須藤さんは、微笑みながら言う。
 そんな昔からの付き合いなのか。
 そして、須藤さんは話を続けた。

「私さ、司のこと小学生の頃から好きでさ」

「…そうなんだ」

「毎回、友達なんかに協力を促して、何度かアタックしてきたけど……」

 須藤さんの顔が、少し曇る。

「アイツ、鈍感すぎて全部おじゃんなの!」

 確か海斗くんも『鈍感』とか言ってたよな。
 司くん、結構周りに気を配れるのに……なんで肝心なところは鈍感なんだ。

「それでさ、私たち来年で受験じゃん?」

「ま、まぁ……ですね」

「だから、忙しくなる前に、今年中に告白したいの!」

「なるほど!?」

 須藤さんが楽しそうに、僕の肩に手を置く。

「そこで! 私も有馬っちの恋をサポートするから! 私のにも協力して!」

 協力、か……。
 でも、僕はもう告白してしまってるからな。
 今さらサポートされても……。
 ふと、須藤さんに視線を向ける。
 彼女の目が、ギラギラと輝いている。
 断れる雰囲気じゃない。

「わ、わかりました」

「やった! ありがと! 有馬っち!」

 須藤さんが、ぴょんと跳ねる。

「でも、僕は何をサポートすれば?」

「あー! それは!」

 須藤さんが、人差し指を立てる。

「夏休みに、みんなで夏祭りに行ったり、BBQする予定だからさ! その時にお願いしたい!」

 BBQ? 夏祭り?

「聞いてないよ!?」

「あれ?」

 須藤さんが、きょとんとする。

「そ、それって……まさか!?」

「え? 有馬っちって、私たちのグループLINEとか入ってない?」

「……入ってない。なんなら、クラスのグループLINEにも入ってない!」

 僕と須藤さんの間に、沈黙が流れる。
 セミの鳴き声だけが、やけに大きく聞こえる。

「分かった、じゃあ私が誘うから、スマホ貸して!」

「お願いします……」

 僕は須藤さんに、スマホを渡した。
 慣れた手つきで、スマホを操作する須藤さん。
 画面を見ながら、何かを入力している。
 そして、1分ほどで返ってきた。

「はい、おしまい!」

「え!?」

 ふと画面を見ると、そこには――
 白瀬さん、司くん、海斗くん、光くん、有村さん、須藤さん。
 いつも絡んでいる人たちの連絡先が、追加されていた。
 な、なんで!? てか! 勝手に!?

「勝手に追加してるけど、怒られないよね!?」

「うん? 怒らないでしょ、だってアイツらだよ?」

 須藤さんって、意外と大雑把なのか?
 でも、確かに。
 司くんたちなら、怒らないだろう。
 むしろ、喜んでくれるかも。

「あ、あと」

 須藤さんが、にやりと笑う。

「紗良のLINEも追加しといたから」

「え、それはもう……」

「あれ? もう追加してたの?」

「は、はい……」

「そっか。じゃあ、早速みんなに挨拶しよ!」

 須藤さんは、そう言って渡り廊下から教室へ戻っていった。

 ※

 放課後。
 僕は一人で、LINEを眺めていた。
 よし、これで司くんたち全員に挨拶はできた……。
 司くん、海斗くん、光くん、有村さん、須藤さん。
 みんな、優しく返信してくれた。
 でも――
 白瀬さんからは、まだ返信がない。
 朝のメッセージも、既読にすらなっていない。
 やっぱり、避けられてるのかな。
 そんなことを思っていた時だった。

 白瀬『ちょっと話したいことあるから、校舎裏まで来れる?』

 白瀬さんからの、突然の返信。
 僕の胸が、思わず跳ねる。
 話したいこと。
 何だろう。
 昨日の告白のこと?
 それとも――

 有馬『わかりました』

 僕はすぐにそう返信を返し、荷物をまとめて校舎裏に向かった。

 ※

 校舎裏まで、走って行く。
 息が、上がる。
 心臓が、うるさい。
 校舎裏の階段に座り、夕方の風に黄昏れているのは――白瀬さんだった。
 彼女の自然な、凛とした横顔が美しい。
 ドキドキと、胸が踊る。

「――有馬っち」

 こちらの存在に気づいた白瀬さん。
 いつもなら手を振って、笑顔になる彼女。
 でも、今の白瀬さんは落ち着いた顔をしている。

「白瀬さん、話って……」

 白瀬さんが、ゆっくりと立ち上がる。
 彼女の真剣な眼差しが、僕を見つめる。
 息が、止まりそう。

「有馬っち、ちょっと付き合ってほしい場所があるんだけど」

「え、場所……?」

「うん。ついて来て」

 白瀬さんは、そう言って歩き出した。

 ※

「へ? ここって……」

 白瀬さんに言われるがままに連れてこられた場所。
 そこは――アニメイトだった。
 困惑する僕。
 しかし、彼女はいつにも増して真剣だ。

「有馬っちも、覚悟して」

「はい? 何を?」

「あれ? 知らないの?」

 白瀬さんが、不思議そうな顔をする。

「今日は『ヒーリング』の一番くじの発売日だけど?」

「忘れてたああああああああ!」

 思わず、声を上げた。
 そうだ、今日だ!
 『ヒーリング』の一番くじ、今日発売日じゃないか!
 完全に忘れてた!

「白瀬さん、僕も本気で行きます」

 僕は、拳を握る。
 白瀬さんが、にやりと笑った。

「頼んだよ! 相棒!」

 僕と彼女は、お互いに顔を見合わせ、財布を構えた。
 朝の気まずさは、どこかに消えていた。
 今は、ただ――
 一番くじに、全力を注ぐだけ。
 僕たちの戦いは、これからだ!
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