バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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助けた理由

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「では、始め!」

 静かに包まれた教室に、響いた先生の声。
 その声と共に、僕は伏せていたテスト用紙を表にする。
 そう。
 この期末テストが終われば、晴れて僕たちは夏休みに入ることができる。
 妥協なんてしない!
 僕が出せる全力を、ぶつける。
 ペンをカリカリと動かしながら、問題を解いていく。
 数学、英語、国語。
 白瀬さんに教えた問題も、出ている。
 あの時、一緒に勉強した時間を思い出しながら――
 僕は、テストに向き合った。

 ※

 今日のテストが終わり、僕たち生徒は昼頃に下校していた。
 蒸し暑い空気感に、強い日差し。
 セミの鳴き声が、やけに大きい。
 夏だ。
 もうすぐ、夏休みだ。
 僕は汗をハンカチで拭う。
 今日は白瀬さんたちとは帰らずに、一人でバイト先に向かっていた。
 完全にシフト調整、ミスったな……。
 明日もテストあるのに。
 そんなことを思いながら、歩いていると――

「あの~、そろそろ帰ってもいいですかねー?」

「え? 何言ってんの? 君みたいな可愛い子、俺が逃がすわけないじゃん」

 聞こえてきた、声。
 僕は、足を止める。
 視線を向けると――
 あの学生服……。
 僕より身長が高めの男が、女子生徒に絡んでいる。
 金髪。
 派手な服装。
 ナンパだ。
 絡まれている女の子は、僕と同じ学校の制服を着ている。
 困った顔をしている。
 助けるべきか?
 普通は、助けるべきだ。
 でも――
 勇気のない僕に、それができるのか?
 いや、やめよう。
 面倒ごとには、ごめんだ。
 そう思った僕は、周りと同じように、ナンパの現場を素通りしようとした。
 でも――

『僕は、白瀬さんのことが好きです』

 あの日、白瀬さんに言った言葉。

『白瀬さんが本当の自分を出せるように、僕がいます』

 あの時の、覚悟。

『だったら、白瀬さんを振り向かせるだけです!』

 昨日、白瀬さんに言った言葉。
 変わりたい。
 強くなりたい。
 そう思った。
 だから――

「ねぇ、ちょっと付き合ってくれれば良いからさ――あ?」

 僕は――
 女の子に手を伸ばした男の手首を、掴んでいた。

「――ッ」

 な、何やってんだ!? 僕は!?
 二人の視線が、痛いほど刺さる。
 特に、男の方。
 怖い。
 すごく、怖い。
 でも――
 逃げたくない。

「あのさ、離してくんないかな?」

 男が、低い声で言う。
 威圧感が、凄い。
 手が、震えている。
 でも――

「き、君?」

 困惑する女の子。
 不機嫌そうな男。
 僕は、深呼吸をして――

「この人、僕の……僕の友達なので!」

 嘘をついた。
 友達なんかじゃない。
 見ず知らずの人だ。
 でも――
 そう言うしかなかった。

「はぁ? 離せって言ってんだよ!」

 男が、無理やり手を振りほどく。
 そして――
 僕の胸ぐらを掴もうとしてくる。
 ヤバイ。
 本気で、ヤバイ。
 それを、すれすれで避けて――
 女の子の手を取った。
 
「手、借ります!」

「え?」

 そして――
 ナンパされていた女の子の手を引いて、走った。
 後ろから、男の怒号が聞こえる。

「おい! 待てよ!」

 止まるな!
 止まったら、絶対に殺される!
 足を必死に動かしながら、女の子の方に視線を向ける。
 太陽の陽射しで、より綺麗に見えるショートカットの青髪。
 どこか、きょとんとした顔。
 僕はそんな彼女の顔を見て――
 なんだか、もどかしさを感じた。
 もっと、驚いてくれてもいいのに。
 もっと、焦ってくれてもいいのに。
 この人は――
 まるで、他人事のような顔をしている。

 ※

 追いかけてきた男から逃げて、僕とその子は人気のない路地裏に逃げ込んだ。
 やばい。
 疲れた……。
 ここで休憩しないと。
 蒸し暑さで、服が汗で濡れているのを感じる。
 息が、上がる。
 心臓が、うるさい。
 僕は、路地裏の壁に寄りかかる。

「なんで、私を助けたの?」

 女の子は、落ち着いた声色で僕に問いかける。
 全然、息が上がってない。
 体力、あるんだな……。

「困ってるように、見えたから……」

「それだけの理由で?」

 何、言ってるんだ、この人。
 僕は、喉がカラカラで、汗がダラダラ流れる中で、何か言葉を出そうとした。
 でも――
 上手く、言葉が作れない。

「これ、飲みかけだけど、飲む?」

 そう言って彼女が渡してきたのは、飲みかけのスポーツドリンクだった。
 の、飲みかけ!?
 動揺する僕。
 それを見て、困惑する女の子。

「飲まないと、君、倒れそうだよ。飲みなよ」

「の、飲むって!? でも、それは貴方の飲みかけ……。男の僕が、しかも赤の他人の僕が飲んでいいの!?」

「赤の他人?」

 女の子が、首を傾げる。

「もう、君は私にとって赤の他人じゃないけどな」

「え?」

「だって、あのナンパから私を助けようと動いたんでしょ?」

 女の子が、僕を見つめる。

「周りの人たちは、素通りしていく中で、君は私を助けた――」

 その目が、真っ直ぐだ。

「そこのどこが、赤の他人なの?」

 とても、変わった人だ……。
 でも、嫌な気持ちにはならない。
 むしろ――
 少し、嬉しい。
 僕はそんな言葉を聞いて、差し伸べられたペットボトルを受け取ろうかと悩む。
 飲みかけ、か……。
 間接キス、になるよな……。
 でも――
 喉が、渇いてる。

「あれ? 蓮くん?」

 突然、聞こえてきた柔らかい声。
 とっさに、視線を向ける。
 そこには――
 制服姿の水野さんがいた。

「水野さん!」

「どうしたの? そんな汗だくで……」

 水野さんが、心配そうに近づいてくる。

「そうだ! この近くにバイト先があるんで、そこでゆっくりしませんか?」

 僕は、とっさに提案した。
 ここで、立ち話してる場合じゃない。
 この人を、ちゃんと安全な場所に。

「バイト先?」

 女の子が、きょとんとしている。

 ※

 僕は水野さんとその女の人と一緒に、バイト先へ向かった。
 持参しておいたタオルで汗を拭いて、バイト着に着替える。
 汗の臭いがしないか気になるが、背に腹は代えられぬ。
 身なりを気にしながら、ナンパされていた女の子にお冷を出す。

「へぇー、君、ここの店員さんなんだ」

 さっきのことがあったのに、この人はずっとお淑やかで、ゆったりとした落ち着きのある人。
 まるで、この人だけ遅い時間の中で生きてるのかと思えるほどに、ゆったりとしている。
 不思議な人だ。

「ねぇ、君の名前、教えてよ」

「え?」

「恩人の君の名前を、知っておきたくてさ」

 恩人、か……。
 そんな、大げさな。

「あ、えと、有馬蓮です」

「有馬蓮……」

 女の子が、僕の名前を繰り返す。

「覚えたよ。いい名前してるね、有馬くん」

「ど、どうも」

 なんだか、照れくさい。

「私は、妃楓(きさき かえで)。よろしく」

 妃楓さん。
 綺麗な名前だ。

「高校三年生。身長は174。好きな食べ物は、うな重。よく聞く音楽は、洋楽。バストは――」

「ちょっと!? それ以上はいいので! よろしくお願いします! 妃さん!」

 僕は、慌てて遮る。
 妃さんが、くすっと笑う。

「うん、よろしくね」

 そして――
 水野さんも、笑っている。

「蓮くん、カッコ良かったね」

「え?」

「ナンパから女の子を助けるなんて」

 水野さんが、優しく言う。
 顔が、熱くなる。

「あ、いえ、その……」

「でも、無茶しちゃダメだよ?」

「……はい」

 水野さんが、僕の頭を撫でる。
 妃さんも、それを見ている。

「有馬くん、良い友達がいるんだね」

「え、あ、はい……」

 ナンパ男から女の子を助けた結果、僕は夏休み前に、とても不思議でダウナーな人との関係を持ってしまった。
 この先に待ち受ける夏休み。
 一体、どうなることやら……。
 でも――
 なんだか、楽しみな気がした。
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