バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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失ったもの、手に入れたもの

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「今日は、助けてくれてありがとう。有馬くん」

 妃さんは、僕に手を振って、店のドアを開ける。

「いえ、帰る時は気をつけてください」

「うん、気をつけて帰るよ」

 妃さんが、振り返る。

「また逢える機会があったら、その時はよろしくね」

「はい! よろしくお願いします!」

 僕は、勢いよく言う。
 妃さんは、去り際に微笑んだ。
 すごく、不思議な人だったな……。
 形やそこにいるってのは理解できるけど、いざ触れようとすると雲のように実体がない――
 そんなことを感じさせる人だった。
 ふわふわと、風のように。
 掴めそうで、掴めない。
 そんな人。

「凄い、美人さんだったね」

 水野さんが、僕の隣で言う。

「ですね。凄く、不思議な人でした」

「白瀬さんが見たら、どう思うんだろうね」

 水野さんが、ニヤニヤしている。

「ちょっと!? それ、どういう意味ですか!?」

「フフッ、冗談、冗談♪」

 水野さんの、ちょっとしたからかいが入りつつ――
 僕たちは、バイトの仕事に取り掛かる。

 ※

 夜、20時頃。
 バイトの仕事が一段落し、退勤の時間になった。
 僕が帰ろうとした時――

「ねぇ、蓮くん。途中まで、一緒に帰らない?」

 制服姿の水野さんが、言った。
 珍しいな……。
 いつもは、誰より先に帰る彼女が、人を誘うなんて。
 そんなことを思いながら――

「大丈夫ですよ」

 と彼女に言った。
 それを聞いた水野さんは、微笑みながら――

「やった♪」

 と言った。
 バイト先のファミレスを出て、二人、歩道を歩く。
 行き交う車道側を僕が歩き、水野さんが内側を歩く。
 夜の街。
 涼しい風。
 少し、気まずい沈黙。
 でも――
 嫌じゃない。

「なんか、こうやって話すの、中学以来だね」

 水野さんが、ふと言う。

「そうですね。て言っても、その時の僕からすれば、こうやって普通に話してることなんて無理でしょうけど」

 中学の頃の僕。
 誰とも話せなくなった僕。
 学校に行くのが、怖かった僕。

「……私は、そうは思わないかな?」

 水野さんが、優しく囁く。
 その声が、温かい。
 そんな時に、思い出すのは――
 僕の、中学の記憶。
 思い出と呼ぶに値しない、記憶たち。
 かつての友達も、今となっては赤の他人。

 ※

 3年前。
 夏休み前の、中学。
 僕は、廊下を走りながら、とある教室に入る。

「みんな! ようやく新刊、買えた!」

 『ヒーリング』の新刊を抱え抱えて、みんなに共有しようと――
 視線の先にいるのは、3人の男たち。
 僕の、友達。

「お! 蓮、見せてくれよ」

「有馬、ホントそれ好きだよな」

「蓮、早く座れよ」

「うん!」

 この日までは――
 変わらない、普通の中学生らしい日常を送れていた。
 親しい友達もいて、好きなものがある。
 これ以上、何も求めなかった。
 ――求めなかったのに。

 ※

「うわっ、有馬、こういうの好きなんだー」

 僕が読んでいたラノベを、取るクラスメイト。
 自分の中では、陽キャと揶揄していた連中。
 そいつらは、僕が読んでいたラノベを、雑巾をつまむようにバカ回しする。

「返してよ!」

 僕は、叫ぶ。
 でも――

「キモ。オタクが近寄んなよ」

 そう言って、リーダー格の男が、僕を蹴り飛ばす。
 床に、尻もちをつく。
 痛い。
 なんで、僕がこんな目に……。
 そうだ。
 皆は?
 その時、脳裏をよぎったのは、僕の友達。
 とっさに、友達の方に視線を送る。

「――ッ」

 僕を、突き放したように見る友達。
 僕を、嘲笑うように笑う友達。
 僕を見るだけ見て、助けようとしない――
 赤の他人の振りをする、友達。

「なんで……助けてよ! みんな!」

 信じられなかった。
 僕が彼らと築いてきた人間関係。
 それは、僕にとって無意味だった。

「有馬くんって、人と会話しようとしないよね。いつも独り語りだし、こっちの身にもなってほしいよ」

「有馬くんて、いつも私に話しかけて、何が楽しいの? そろそろやめてくれない?」

「有馬、お前、少し調子に乗りすぎだよ。少し背伸びしたぐらいのことして、調子に乗るなよ」

 次々と、投げつけられる言葉。
 僕は――
 何も、言い返せなかった。
 ただ――
 黙って、その場にいることしかできなかった。

 ※
 
 彼らに言われた言葉を受けてから、ようやく冷静に戻れた時には――
 放課後だった。
 教室には、誰もいない。
 僕は、一人。
 いつも通り、一人。

「有馬くん? なにか、忘れ物?」

 あの場にいなかった水野さんが、声をかける。
 僕は、そんな彼女を見て――
 視界が、歪んだ。
 きっと、これは涙だ。
 悔しい。
 僕が築いた人間関係、日常……。
 その全てが、壊されたことが――
 とても、悔しかった。
 そして――
 僕は、その場で水野さん一人の前で、情けなく泣いた。

「どうしたの!? 有馬くん!」

 水野さんが、駆け寄ってくる。

「なんで……なんで……」

 言葉が、出ない。
 涙が、止まらない。

「僕には、もう……誰もいない」

 泣き崩れる僕を見て、駆け寄る水野さん。
 僕の体を、優しく擦りながら――

「大丈夫? 何があったの?」

 と彼女は、聞いてくれた。
 でも、当時の僕は――
 全てが、敵に見えた。
 誰に話しても、この苦しみが、この憎悪が、分かち合えるわけなんかないと思っていた。
 僕に、味方はいないと――
 僕を取り囲む人間関係なんぞ、ただのゴミクズのように思えた。
 その夏休み前の学校で――
 僕は、大事な何かを失った。
 人を信じる心を。
 友達を作る勇気を。
 笑顔でいる自分を。
 全て――
 失った。

 ※

「そんな、しんみりした顔してどうしたの?」

 歩道を歩いていた水野さんが、言葉をかける。
 僕は、ハッとして――

「いや……」

 言葉を探す。
 そして――

「僕も、中学を卒業して、水野さんと同じ高校に行けてたら――」

 僕は、水野さんを見つめる。

「僕は、水野さんに惹かれてたと思います」

 本当のことだ。
 もし、あの時。
 水野さんと同じ高校に行けていたら。
 きっと、僕は――
 水野さんに、恋をしていた。

「――じゃあ、私もさ」

 水野さんの、優しい手が――
 過去に震える僕の手を、繋ぐ。
 温かい。
 とても、温かい。
 そして、彼女の優しい目線が、僕に合う。

「私も、蓮くんのヒロイン候補に、立候補してもいいってことかな?」

 水野さんの優しく、そして何もかもを魅了するような視線が――
 僕を、見つめていた。
 心臓が、うるさい。
 顔が、熱い。
 でも――
 僕は、答えなければならない。
 水野さんの、想いに。

「水野さん……」

 僕は、彼女を見つめる。
 水野さんも、僕を見つめている。
 月明かりが、水野さんを照らしている。
 その姿が、とても綺麗だ。

「僕は……」

 言葉を探す。
 でも――
 見つからない。
 なぜなら――

「僕は、白瀬さんのことが好きです」

 それが、答えだから。

「でも……」

 僕は、続ける。

「水野さんのこと、大切に思ってます」

 本当のことだ。
 水野さんは、僕を救ってくれた。
 あの時、泣いていた僕を。
 今も、バイト先で優しくしてくれる。
 そんな水野さんを――
 僕は、大切に思っている。

「……そっか」

 水野さんが、小さく笑う。
 でも――
 その笑顔は、少し寂しそうだった。

「ありがとう、蓮くん」

「水野さん……」

「でもね、私、諦めないから」

 水野さんが、僕の手を握る力を、強くする。

「白瀬さんに負けないように、頑張るから」

 その目が、真剣だ。

「だから――」

 水野さんが、微笑む。

「これからも、よろしくね」

「……はい」

 僕は、頷いた。
 水野さんも、笑顔だ。
 そして――
 二人で、夜道を歩いた。
 手を繋いだまま。
 でも――
 僕の心は、白瀬さんのことでいっぱいだった。
 ごめんなさい、水野さん。
 僕は――
 白瀬さんが、好きです。
 それでも――
 水野さんのことも、大切に思っています。
 この気持ちを、どう伝えればいいのか――
 僕には、わからなかった。
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