バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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第2章 夏休み、初日のサプライズ

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『ケンヤ、お前の息の根を、ここで絶つ』
 
『やってみろよ、バァーカ!』
 
 ケンヤの宿敵・シュウとのラストバトル。僕はアニメ『ヒーリング』第二期の十一話を、食い入るように見ていた。
 激しい戦闘。滑らかな作画。熱い劇伴。
 
「圧倒的ストーリー構成……圧倒的作画カロリー……」
 
 思わず声が漏れる。
 
「十二話は原作のあのシーンがアニメ化されるんだよな。楽しみすぎる」
 
 独り言を呟いて、ふと時計を見る。午前十一時。
 夏休み最高だ。課題は山積みだけど、こうして好きなアニメを昼間から見られる。それだけで幸福度が跳ね上がる。この瞬間が永遠に続けばいいのに――なんて、ありえない願望を抱きながら画面に視線を戻そうとした時だった。
 
「蓮ー?」
 
 ノックもなしに扉が開いた。
 現れたのは、ラフな格好をした姉さん。いや、ラフどころの話じゃない。下着同然の姿でアイスバーを咥えている。もし僕が一般的な男子高校生だったら、確実に動揺する光景だ。
 
「開けるならノックして」
 
「あんたがシコってても気にしないから良いでしょ」
 
「僕が気にするんだけど!?」
 
 顔が熱くなる。
 
「てか、そういうことドストレートに言わないでよ」
 
「そっか。あんたには白瀬ちゃんがいるもんね」
 
 姉さんがニヤニヤしながら言う。この人、本当に容赦ない。
 
「それで? 何の用?」
 
「あー、友達が来てるよ」
 
 友達?
 司くん? 海斗くん? 光くん? いや、みんな僕の家の場所を知らないはず。まさか白瀬さん? いやいや、ありえない。そもそも白瀬さんが突然家に来るような展開、現実で起こるわけが――
 
「やほ、有馬くん」
 
 その声に、思考が止まった。
 
「妃さん!?」
 
 姉さんの背後から現れたのは、青みがかった黒髪が特徴的な妃楓さんだった。姉さんより背が高く、ゆったりとした雰囲気を纏っている。
 
「な、なんで!? どうして僕の家を!?」
 
 混乱する僕に、妃さんは姉さんへ視線を向けた。
 
「あれ? 楓? 私のこと蓮に話してなかったの?」
 
 姉さんが困惑した顔をする。すると、妃さんはニヤリと笑った。
 
「うーん、サプライズ的なー? 有馬先輩の弟くんのさー?」
 
「有馬先輩!?」
 
 待て。先輩? 有馬先輩って、姉さんのこと?
 
「もしかして、コイツが私の後輩だったこと知らなかった?」
 
 姉さんが妃さんを指差す。
 
「後輩? 妃さんが姉さんの?」
 
「はーい。私は有馬先輩の後輩でーす」
 
 妃さんがこの状況を楽しんでいる。完全に遊ばれている。
 
「へ、へえ……」
 
 もはや言葉が出ない。状況が飲み込めない。
 
「それで、妃さんがなんで僕の元に?」
 
 なんとか思考を立て直して問いかけると、妃さんは優しく微笑んだ。
 
「この前のナンパの、お礼をしようと思って」
 
 ああ、あの路地裏の件か。
 ボーッとしている僕を置いて、妃さんが近づいてくる。そして――
 近い。
 顔が目と鼻の先にある。シャンプーの甘い香りが鼻腔を刺激する。心臓がうるさい。
 
「ふーん、先輩の弟くん。先輩には似ても似つかない感じだね」
 
「当たり前でしょ。蓮には私に無いものがあるから」
 
 姉さんの声が遠くで聞こえる。
 
「あ、あの!? 近くないですか!?」

「おっと、ごめんねー。つい見とれちゃって」
 
「からかわないでください」
 
 顔が燃えるように熱い。
 
「姉さんも、そこでニマニマしてないで助けて」
 
 この状況を楽しんでいる姉さんに助けを求めると、彼女はニヤニヤしながら――
 
「ごゆっくりー」
 
 扉を閉めた。
 姉さん、絶対後で仕返しする。
 
「ねえ、有馬くん」
 
「は、はい!?」
 
 妃さんが僕の顔を覗き込む。僕は動揺しながらも視線を外さない。外したら何かされそうな予感がする。
 妃さんは微笑むと、距離をとった。
 
「この前助けてくれたから、お礼の品を持ってきたんだ」
 
 妃さんがテーブルに紙袋を置く。その中から取り出されたのは――
 
「それは!?」
 
 思わず立ち上がる。
 
「私、こういうのあまり買ったことないんだけどさ」
 
 妃さんが少し照れたように言う。
 
「先輩が、弟くんはこれが好きだって聞いたから」
 
 妃さんが差し出したのは、漫画版『ヒーリング』の最新巻だった。発売されたばかりの。僕が欲しかったけど、まだ買いに行けてなかったやつ。
 
「どう? 惚れた?」
 
 妃さんがニヤリと笑う。
 僕はその単行本を受け取った。手が震えている。
 
「あ、ありがとうございます」
 
 深く頭を下げる。
 
「そんなに喜んでもらえると、買った甲斐があったよ」
 
 妃さんが優しく笑う。
 
「でも、いいんですか? こんな高いもの」
 
「助けてもらったお礼だから気にしないで。それに――」
 
 妃さんが僕を見つめる。
 
「有馬くんの嬉しそうな顔が見られたから、それで十分」
 
 その言葉に、顔が熱くなる。
 
「あ、ありがとうございます」
 
 もう一度頭を下げると、妃さんがくすっと笑った。
 
「それじゃ、そろそろ帰るね」
 
「え、もう帰るんですか?」
 
「うん。今日はこれを渡しに来ただけだから」
 
 妃さんが立ち上がる。
 
「また会えるかな?」
 
「はい、また会いましょう」
 
 僕は笑顔で答えた。妃さんも笑顔だ。
 
「じゃあね、有馬くん」
 
 妃さんが手を振りながら部屋を出ていく。
 僕はその後ろ姿を見送って、それから手に持った『ヒーリング』の最新巻を見つめた。
 妃さんが、僕のために買ってきてくれた。姉さんに聞いて、僕が喜ぶものを。
 嬉しい。素直に嬉しい。
 でも――少し複雑な気持ちもある。
 白瀬さんのことが好きなのに、妃さんにもドキドキしてしまう。これって一体、どういうことなんだろう。
 僕はベッドに座り込んだ。『ヒーリング』の最新巻を胸に抱きしめながら、天井を見上げる。
 答えは出ない。出るわけがない。
 
 ※
 
 妃さんが帰って数分後、姉さんが部屋に入ってきた。
 
「どうだった? 楓、可愛いでしょ」
 
 ニヤニヤしている。
 
「姉さん……妃さんのこと、なんで教えてくれなかったんですか」
 
「だって知ってると思ってたし」
 
 姉さんがあっけらかんと答える。
 
「知ってると思ってたって……」
 
 僕はため息をつく。
 
「でもさ、蓮」
 
 姉さんが珍しく真面目な顔になった。
 
「楓、良い子でしょ?」
 
「……はい」
 
「プレゼント、大事にしてあげてね」
 
「うん、ちゃんとする」
 
 姉さんがふっと微笑む。
 
「そういえば、妃さんは姉さんの後輩って」
 
「あー、アイツは私の中高の後輩」
 
「へえ」
 
「なに? 興味持っちゃった?」
 
 姉さんがニヤケ顔で聞いてくる。
 
「いや、初めて会った時ちょっと不思議な人だったから」
 
「ふーん。まあ蓮には白瀬ちゃんがいるしね」
 
「そ、そういうわけじゃないよ!?」
 
「知ってるって。アハハ」
 
 この人は本当に変わらない。でも、そんな姉さんを僕は尊敬している。
 
「あ、そうだ。楓のLINE教えるよ」
 
「え? いいの? 妃さん、迷惑じゃない?」
 
「なんでそうなるの。お互いの連絡先、知っといた方がいいでしょ。はい、貸して」
 
 姉さんにそう言われて、僕はスマホを渡した。
 姉さんがLINEを登録している間、僕は『ヒーリング』の最新巻を開いた。
 ケンヤとスズミの新しい物語。ページをめくるたび、妃さんの笑顔が脳裏をよぎる。
 白瀬さんのことが好きだ。それは変わらない。
 でも――妃さんのことも、少し気になり始めている。
 この矛盾した感情を、僕はまだ整理できないでいた。
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