バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件

沢田美

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この時間がずっと

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「有馬っち、次はウォータースライダー行こ!」

 白瀬さんが僕の手を引く。
 太陽の下、彼女の銀髪が光を弾いて輝いている。

 水滴が肌を伝い落ちるたび、僕の視線は無意識に追いかけてしまう。

 やばい。これは完全にやばい部類の感情だ。

「し、白瀬さん、走ると危ないよ」

「大丈夫大丈夫!」

 彼女の笑顔に引っ張られるように、僕たちはウォータースライダーの入口へ向かった。

 濡れた床を踏むピチャピチャという音。
 遠くで響く歓声。
 塩素の匂い。

 全部が夏の記憶として、僕の中に刻まれていく。

 階段を上って辿り着いた頂上は、思ったより高かった。
 下を覗き込むと、少しだけ足がすくむ。

「ねえ、どっちが先に行く?」

 白瀬さんが振り返る。
 その笑顔が無防備すぎて、僕は思わず視線を逸らした。

「えっと、どっちでも――」

「あの、よろしければ」

 背後から係員の声。

「カップル専用の浮き輪がございますが、いかがですか?」

 時が止まった。

「か、カップル……!?」

 顔から火が出る。
 いや、もう出てる。間違いなく出てる。

「はい! お願いします!」

 白瀬さんが即答した。

 え。

 いいの? カップル専用って、つまり二人で乗るってことだよね?
 それって、その、密着するってことだよね?
 白瀬さん、それ分かって言ってるの?

「有馬っちは前ね。私が後ろ!」

 分かってない。絶対分かってない。
 この人は天然だから、深く考えてない。

 係員に促されるまま、僕は大きな浮き輪の前方に座った。

 そして――白瀬さんが後ろに座る。

 背中に、柔らかい感触。

 終わった。僕の理性が終わった。

「あ、有馬っち、せ、狭くない?」

 白瀬さんの声が耳元で聞こえる。
 吐息が首筋にかかって、全身に電流が走る。

「狭くない。ちょうどいい」

 嘘だ。狭い。というか近い。近すぎる。
 心臓がうるさい。

「そ、そっか……良かった」

 白瀬さんの声が、いつもより小さい。
 もしかして、彼女も意識してる?

 そんなわけないか。

 係員が浮き輪を押し出した。
 ゆっくりと動き出す。徐々にスピードが上がっていく。

 その時、背中に温もりが増した。
 白瀬さんが、僕にしがみついている。

「有馬くん、ありがとう」

 優しい声が、耳元で囁かれた。

「え?」

 何に対するありがとう? 聞きたい。
 でも――

 浮き輪が急加速した。

 カラフルなチューブを滑り降りる。
 左に、右に。体が揺さぶられる。
 風が顔を打つ。水しぶきが上がる。

 白瀬さんの悲鳴が背中越しに伝わってくる。
 でも、それは楽しそうな悲鳴だった。

 数秒後、僕たちはプールに着水した。

 バシャン、と派手な音を立てて。

「きゃー!」

 白瀬さんが笑っている。

「有馬っち! もう一回!」

 彼女が僕の手を引く。

「白瀬さん、さっき――」

 聞きたい。あのありがとうは、何に対して?

「ん? なに?」

 白瀬さんが首を傾げる。無邪気な表情。

「……いや、なんでもない」

 言えなかった。
 彼女のこの笑顔を見られただけで、それで十分だ。

 そう自分に言い聞かせて、僕はもう一度ウォータースライダーへ向かった。

 ※

 何度かスライダーを楽しんだ後、僕たちは流れるプールへ移動した。

 ゆったりと流れる水。のんびりとした時間。
 太陽が少し傾いて、午後の光が優しくなっている。

「有馬っち、一緒に流れよ!」

 白瀬さんがプールに足から入る。

 その瞬間、僕の視界に飛び込んできたのは――
 普段は制服に隠れている彼女の素肌だった。

 白い肌。細い腰。鎖骨のライン。

 落ち着け有馬蓮。

 前を見ろ。泳ぐことだけに集中しろ。
 決して、白瀬さんの肌を凝視するな。

 お前は紳士だ。紳士なんだ。

 脳内で必死に自分を説得しながら、僕もプールに入った。
 冷たい水が、火照った体を冷やしてくれる。

「行こ、有馬っち!」

 白瀬さんが僕の手を取った。
 柔らかくて、温かい。

 僕たちは流れに身を任せた。
 ゆったりと進むプールの中で、肩が何度も触れ合いそうになる。

 そのたびに心臓が跳ねる。

 白瀬さんの横顔が綺麗すぎて、視線を逸らすことができない。

「白瀬さん」

「なに?」

 彼女が僕を見る。
 その瞳が優しい。

「――楽しいですね!」

 嘘だ。本当は違う。
 本当は「好きです」と言いたかった。

 でも、今それを言っても意味がない。
 彼女の答えはまだ聞けない。

 だから、僕は偽物の言葉で誤魔化した。

「うん、そうだね!」

 白瀬さんが微笑む。

 いつまで待てばいいんだろう。
 この気持ちを、ちゃんと伝えられる日は来るのだろうか。

「ねえ、有馬っち」

 白瀬さんが不意に言った。

「うん?」

「今日、来てくれてありがとう」

 優しい声。

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

「有馬っちと一緒だと、なんでも楽しいよ」

 白瀬さんが小さく呟いた。

 心臓が、跳ねた。

「僕も……白瀬さんと一緒だと、楽しいです」

 僕も小声で返す。
 白瀬さんが嬉しそうに笑った。

 その笑顔が、太陽よりも眩しい。

 この時間が、ずっと続けばいいのに。

 でも、全部いつかは終わる。
 この夏も、この時間も。

 だからこそ、今を大切にしたい。
 白瀬さんとのこの瞬間を。

 僕は、白瀬さんの手を――ぎゅっと、握った。

 彼女は何も言わなかったけれど、握り返してくれた気がした。
 
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