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5話
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古びた洋館の一室に呼び出されたセルリックはまた例の老人と話をしていた。老人の尾てい骨の辺りからはセルリックと同じしっぽが生えていることから悪魔だと分かる。
「おい爺さんよぉ、アイツ聖典のことどころか自分のことすらなんも覚えちゃいないぜ?どうする?今までの経緯を話して無理にでも記憶を引きずり出すしか……」
「いや、このままで良い」
老人はたわわに蓄えた顎髭を撫でながら夕暮れ時の窓を見つめる。
「どうせ今全てを思い出してもまた拷問で何も吐かず終いで死ぬのがオチであろう。それならばこのまま従順に使われとけ。そして信頼を勝ち取り、ぬるま湯の生活漬けにしてやれ。そしていつか聖典のことを思い出せば脅してやるといい」
「ほおー。ボケて使い物にならねぇ脳みそ飼い慣らしてる爺さんにしちゃあちっとは頭が回るんだな」
「無駄口を叩く暇があったらさっさと行かぬか!」
老人は大声で怒鳴りつけた。
「はいはい、わーりましたよー」
セルリックはポケットから薄く青く光る手のひらサイズの箱を取りだし、部屋を後にした。
******
目が覚めるとそこには2度目ましての天井があった。まだ頭がボーッとしていて働かない。それと身体もなんだかだるくて重たい。
(何があったんだっけ……)
働かない頭で思考を巡らせ、昨日の出来事を思い出す。
確か自分はセルリックに無理やり……と、思い出した途端身体に力が入り強ばる。ハッとして頭が冴え渡り、咄嗟に身構え、危険から身を守るように当たりを見回してセルリックの姿を探す。
しかしその姿は見当たらず、代わりになにかほのかに甘い良い香りがしてきた。ボクの寝ているベッドの足元の方にある部屋のドアから香りがしてくるようだ。
程なくしてセルリックがその扉から顔を出した。
「起きたか。昼過ぎまで寝るなんていいご身分だぜ。こちとら朝飯まで作って待ってたから朝の6時起きだってのによ」
やれやれ、とセルリックは呆れたような声で盆を持ってきた。 ボクが咄嗟に部屋にかけてある壁時計に目をやると確かに昼の12時を回っている。
一体誰のせいだ、と言いたかったがまた何をされるか分からない状況なので僕は布団の中に深く潜る。
「おい起きろ。二度寝なんて許さねぇぞ?」
セルリックはボクの被る布団を無理やり剥いだ。布団を剥がされたら裸の肌には堪えるだろう、と思ったが思ったよりも寒くない。あれ?と思い、よく見ると僕は白いシャツを着させられていた。ズボンもちゃんと履いている。
「セルリックさんが着せてくれたの……?」
「『さん』はやめろ。セルリックと呼べ」
まだ何度しか顔を合わせていない間柄で呼び捨てしろというのは少々抵抗があったが言うことを聞くことにした。
「………ありがとう、セルリック」
「おうよ。ほら飯食うぞ」
そういうとセルリックはベッドの下から背のかなり低く、背もたれのない椅子のようなものを取り出す。それをボクの体に被さるように配置するところから見るにベッド用のテーブルだろう。その上に盆の上に乗っていたであろう皿を置いた。多分先程からいい匂いを漂わせていた物だろう。
ボクはセルリックに上半身を起こしてもらい、皿の中身を確認する。白くてサラサラの液体に申し訳程度に固形の茶色と白いものが混じっている。多分ミルクとパンで作られたパン粥だ。確か風邪の時にとかに出されていた気がする。
「何杯入れんだ?」
「え?」
「砂糖は何杯だって聞いてんだよ」
いつの間にかセルリックは砂糖が入っているだろう小瓶を手にしてスプーンを構えていた。
「え、えっと……3?」
ボクはあまりよく考えずに反射的に答えた。
「3だぁ?よくそんな甘いもん食えるな」
文句を言いながらもセルリックはパン粥に3杯砂糖をかけてくれた。
「自力で食えるか?」
「う、うん。多分」
ボクは差し出されたスプーンを手に取り、震える手で砂糖を混ぜてから粥をすくう。そして少量口に含んだ。
「……美味しい」
素朴で甘くてなんだか幸せな味だ。流石に砂糖3杯は入れすぎかと思ったがとても口に合う。ボクは記憶を失う前も甘いものが好きだったのだろうか?
ボクは何度も少量ずつ口に運ぶ。
「お気に召したようだな。人間の食うもんを学んどいた甲斐があった」
「セルリックが作ってくれたの?料理できるんだね、すごい」
「それくらいできない方がどうかしてんだろ」
ぶっきらぼうに返したが褒められてちょっと嬉しげに見える。
「ありがとう、色々良くしてくれて」
「なんだ?また礼でもくれるのか?」
「!!」
その言葉に昨日のことを思い出し、顔が熱くなる。
「冗談だ」
セルリックのその返しにボクは胸を撫で下ろす。
「ところでセルリック。ひとつ教えて欲しいことがあるんだけど」
ボクは粥を口に運ぶのをやめ、ベッド脇の椅子に座って腕を組んでいるセルリックを見る。
「あ?なんだ?」
「ボクって名前ってあるのかな……?」
「そういや、お前自分の名前も知らないんだったな」
「うん……セルリック知ってる?」
んー、と天井を見上げて考え事をするセルリック。
数秒天を仰いでセルリックは口を開いた。
「……ライ、だな。お前の名前はライだ」
「ライ……」
名前を聞いたら何か思い出せるかとも思ったが何も思い出せない。もしかしたらボクは結構重症なのかもしれない。
「……」
「どうかしたか?」
「なんでもない」
「そうか。とりあえず体が良くなるまでここに居ろ、ライ」
「……うん、分かった」
昨日の一件もあり、一瞬悩んだが何も思い出せないし体も不自由なボクはとりあえずセルリックの言う通りにすることにした。
「おい爺さんよぉ、アイツ聖典のことどころか自分のことすらなんも覚えちゃいないぜ?どうする?今までの経緯を話して無理にでも記憶を引きずり出すしか……」
「いや、このままで良い」
老人はたわわに蓄えた顎髭を撫でながら夕暮れ時の窓を見つめる。
「どうせ今全てを思い出してもまた拷問で何も吐かず終いで死ぬのがオチであろう。それならばこのまま従順に使われとけ。そして信頼を勝ち取り、ぬるま湯の生活漬けにしてやれ。そしていつか聖典のことを思い出せば脅してやるといい」
「ほおー。ボケて使い物にならねぇ脳みそ飼い慣らしてる爺さんにしちゃあちっとは頭が回るんだな」
「無駄口を叩く暇があったらさっさと行かぬか!」
老人は大声で怒鳴りつけた。
「はいはい、わーりましたよー」
セルリックはポケットから薄く青く光る手のひらサイズの箱を取りだし、部屋を後にした。
******
目が覚めるとそこには2度目ましての天井があった。まだ頭がボーッとしていて働かない。それと身体もなんだかだるくて重たい。
(何があったんだっけ……)
働かない頭で思考を巡らせ、昨日の出来事を思い出す。
確か自分はセルリックに無理やり……と、思い出した途端身体に力が入り強ばる。ハッとして頭が冴え渡り、咄嗟に身構え、危険から身を守るように当たりを見回してセルリックの姿を探す。
しかしその姿は見当たらず、代わりになにかほのかに甘い良い香りがしてきた。ボクの寝ているベッドの足元の方にある部屋のドアから香りがしてくるようだ。
程なくしてセルリックがその扉から顔を出した。
「起きたか。昼過ぎまで寝るなんていいご身分だぜ。こちとら朝飯まで作って待ってたから朝の6時起きだってのによ」
やれやれ、とセルリックは呆れたような声で盆を持ってきた。 ボクが咄嗟に部屋にかけてある壁時計に目をやると確かに昼の12時を回っている。
一体誰のせいだ、と言いたかったがまた何をされるか分からない状況なので僕は布団の中に深く潜る。
「おい起きろ。二度寝なんて許さねぇぞ?」
セルリックはボクの被る布団を無理やり剥いだ。布団を剥がされたら裸の肌には堪えるだろう、と思ったが思ったよりも寒くない。あれ?と思い、よく見ると僕は白いシャツを着させられていた。ズボンもちゃんと履いている。
「セルリックさんが着せてくれたの……?」
「『さん』はやめろ。セルリックと呼べ」
まだ何度しか顔を合わせていない間柄で呼び捨てしろというのは少々抵抗があったが言うことを聞くことにした。
「………ありがとう、セルリック」
「おうよ。ほら飯食うぞ」
そういうとセルリックはベッドの下から背のかなり低く、背もたれのない椅子のようなものを取り出す。それをボクの体に被さるように配置するところから見るにベッド用のテーブルだろう。その上に盆の上に乗っていたであろう皿を置いた。多分先程からいい匂いを漂わせていた物だろう。
ボクはセルリックに上半身を起こしてもらい、皿の中身を確認する。白くてサラサラの液体に申し訳程度に固形の茶色と白いものが混じっている。多分ミルクとパンで作られたパン粥だ。確か風邪の時にとかに出されていた気がする。
「何杯入れんだ?」
「え?」
「砂糖は何杯だって聞いてんだよ」
いつの間にかセルリックは砂糖が入っているだろう小瓶を手にしてスプーンを構えていた。
「え、えっと……3?」
ボクはあまりよく考えずに反射的に答えた。
「3だぁ?よくそんな甘いもん食えるな」
文句を言いながらもセルリックはパン粥に3杯砂糖をかけてくれた。
「自力で食えるか?」
「う、うん。多分」
ボクは差し出されたスプーンを手に取り、震える手で砂糖を混ぜてから粥をすくう。そして少量口に含んだ。
「……美味しい」
素朴で甘くてなんだか幸せな味だ。流石に砂糖3杯は入れすぎかと思ったがとても口に合う。ボクは記憶を失う前も甘いものが好きだったのだろうか?
ボクは何度も少量ずつ口に運ぶ。
「お気に召したようだな。人間の食うもんを学んどいた甲斐があった」
「セルリックが作ってくれたの?料理できるんだね、すごい」
「それくらいできない方がどうかしてんだろ」
ぶっきらぼうに返したが褒められてちょっと嬉しげに見える。
「ありがとう、色々良くしてくれて」
「なんだ?また礼でもくれるのか?」
「!!」
その言葉に昨日のことを思い出し、顔が熱くなる。
「冗談だ」
セルリックのその返しにボクは胸を撫で下ろす。
「ところでセルリック。ひとつ教えて欲しいことがあるんだけど」
ボクは粥を口に運ぶのをやめ、ベッド脇の椅子に座って腕を組んでいるセルリックを見る。
「あ?なんだ?」
「ボクって名前ってあるのかな……?」
「そういや、お前自分の名前も知らないんだったな」
「うん……セルリック知ってる?」
んー、と天井を見上げて考え事をするセルリック。
数秒天を仰いでセルリックは口を開いた。
「……ライ、だな。お前の名前はライだ」
「ライ……」
名前を聞いたら何か思い出せるかとも思ったが何も思い出せない。もしかしたらボクは結構重症なのかもしれない。
「……」
「どうかしたか?」
「なんでもない」
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