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14.おかあさまとの話
しおりを挟む「ミルゼ、お茶にしない?」
「はい、お義母様。」
数日後、ラディアスが所用で出掛けた時、アザリア夫人はミルゼに話をする為に声を掛けた。
エマは話が長くなりそうだと察して、冷めても美味しくいただける紅茶と焼き菓子を準備した。
「早速だけど、ラディアスはきちんと話してくれた?」
「はい、あの日、私が落ち着いてから、いろいろお話ししてくださいました。」
アザリア夫人はやわらかな表情で頷き、紅茶をひと口飲んだ。
「本当は結婚して、すぐに話せば良かったわね。ごめんなさいね。」
「大丈夫です。結果的には、私はお義母様やラディアス様に、物凄く大切にしていただいていたことが分かりましたから。」
幸せそうに、ふんわりと笑うミルゼに、アザリア夫人は心があたたかくなる。
「ミルゼがそういう子だから、私もラディアスも、ミルゼが大好きなのよ。」
「私もお義母様が大好きです。」
母の愛を知らずに育ったミルゼは、お茶を一緒に飲むことすら幸せだった。
「ありがとう、ミルゼ。私はね、ミルゼが侯爵家であまり良い暮らしをしていないことに気付いていて、何とかしてあげたいと思っていたの。私とミルゼのお母様のフォンティーヌは友人でね…本当にフォンティーヌは素敵な女性だったの。」
「お母様をご存知でしたか…どんな人でしたか?」
「ミルゼにそっくりよ。美しくて努力家で、周りにも優しくて。ミルゼはフォンティーヌの良いところを受け継いだのね。」
アザリア夫人は懐かしそうな表情をし、ミルゼの中にフォンティーヌの姿を感じていた。
「フォンティーヌがミルゼを産んで亡くなった時は、本当に悲しかったわ。フォンティーヌを亡くした悲しみで、セルジオ侯爵もおかしくなってしまったわ…おまけにチェルニエ夫人の謀に堕ちて、望まぬ再婚までさせられて。ミルゼの境遇を考えたら、とても許せる話ではないけれど、セルジオ侯爵の気持ちも分からなくはないの…」
アザリア夫人は、そう言うと目を伏せた。
「ラディアス様が『セルジオ侯爵はミルゼに愛情がなかったとは思わない』、私がきちんと教育を受けられたのは『一人の女性として生きていける力を身に付けさせたかったんだ』と仰ってくださったんです。お義母様もラディアス様も、私やお父様の状況を鑑みて、気持ちを分かってくださってるんだと思っています。だから、お父様を恨む気持ちはありません。」
ミルゼは真っ直ぐにアザリア夫人を見た。
「ミルゼは聡い子ね。本当にフォンティーヌそっくり…これからは、たくさん幸せになるのよ。ラディアスは親が言うのも何だけど、鬱陶しい位に一途だから。あれでも結構モテるのに、ミルゼ、ミルゼって聞いてるこっちが恥ずかしいわ!あはは!!」
「お義母様ったら。ふふふっ。ラディアス様は本当にお優しい方です。あんな素敵な方と結婚出来たなんて、夢みたいです。」
「そんなに褒められたら、ラディアスが喜ぶわね!あまり調子に乗せちゃダメよ?手綱はしっかり持ってちょうだい。」
アザリア夫人は、ラディアスの話をするミルゼの顔を見て、きっと末永く上手くいくと確信した。
「あとね、もう一つ大切な話があるの。」
急に雰囲気が変わったアザリア夫人に、ミルゼは姿勢を正した。
「セルジオ侯爵は、そう遠くない時期に、チェルニエ夫人と離縁するわ。」
「えっ…?」
ミルゼは驚いて、ティーカップを落としかけた。
「お父様が…離縁…?」
「そう。リリスはセルジオ侯爵の子ではない可能性が高いの。リリスを身籠った経緯はラディアスから聞いた?」
「はい…薬を盛られたと…」
「そうなの。そういう意味では、セルジオ侯爵は被害者なの。しかも、別の男性との子を、となるとね… レオポルトも正直言って疑わしいのよ。」
ミルゼは父が家に帰らない理由はこれなのかと思った。
同時に、父の苦悩を思い、同情なのか憐れみなのか分からない想いが胸に広がった。
「お父様とは恨んだり憎むほど顔を合わせたことがありませんが、何か可哀想な方だなと思えてきました…」
「私も、セルジオ侯爵は可哀想だと思うわ。だから、離縁には賛成なの。今、うちの旦那とチェルニエ夫人の不貞の証拠を集めてるわ。だから、万が一、レオポルトがセルジオ侯爵の子でなかった場合、フィレンツェ侯爵家は後継ぎが居なくなる可能性も想定しておいてね?もしかしたら、ミルゼとラディアスの子が後を継ぐ可能性もゼロではないわ。まあ、セルジオ侯爵が良い人と再々婚するって手もあるけどね。」
アザリア夫人はミルゼにウィンクした。
その顔がラディアスに似ていて、思わずミルゼは微笑んだ。
「分かりました。ラディアス様とも相談しますし、その時はお義母様やお義父様にも相談させていただきます。」
「もちろんよ。うちの旦那、殆ど家に居ないけど、仕事が出来る男だから、皆で相談しましょう。」
ミルゼは、自分の仮初の結婚から父の離縁まで、いろいろな話が出てきて、人生とは何が起こるか分からないと、しみじみ思った。
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