15 / 36
15.日常の茶番
しおりを挟む結婚して三ヶ月。
ミルゼは、公爵夫人の執務をアザリア夫人から学び、日常業務は卒なくこなせるようになっていた。
侯爵家に居た時から、何れは他家へ嫁ぐか、一人で生きていくかを想定していたミルゼは、家庭教師から広く学んでいた為、すんなり仕事を覚えた。
「ミルゼが居るから、仕事が楽になったわ。そろそろお茶にしましょうか。」
「はい、お義母様。」
シグネスティ公爵家は、お茶の時間が決まっている。
アザリア夫人曰く、ムキになって仕事をしている方が効率が悪く、定期的に気分転換をした方が集中出来るそうだ。
そして、徹底した業務の簡素化を図り、夜まで仕事をせずに、夕食を皆で囲み、ゆっくり過ごすのが掟だそうだ。
仕事が出来て、綺麗で優しいアザリア夫人は、ミルゼの憧れの女性であり母親である。
ミルゼがアザリア夫人の美しさに見惚れていると、お茶の準備をしながら、エマがくすりと笑った。
「大奥様、奥様、そろそろいらっしゃいますよ!」
その瞬間、ラディアスが箱を手に執務室に入って来た。
「おおっ、ちょうどお茶の時間でしたか!母上、ミルゼ、一緒に食べよう。ミルゼの好きなマロンのタルトを買ってきたんだ!!」
ラディアスは偶然を装っているが、実は皆にバレている。
ラディアスが外出する度に、ミルゼの好きなお菓子を買って、一緒にお茶の時間を過ごしたいということを。
「ラディアス様、お帰りなさいませ。いつもお土産ありがとうございます。」
「いや、たまたまだよ。たまたまミルゼの好きなやつを見つけたから。」
ラディアスは、ミルゼしか見ていない。
ミルゼもラディアスが照れた顔が大好きで、にこにこと見つめる。
「ミルゼ、美味いか?」
「はい、とても美味しいです。美味しい物をいただくと幸せな気持ちになりますね。ありがとうございます。」
「そうか、そうか。くくっ。」
偶然ラディアスがお土産を持って帰宅し、ミルゼにお礼を言われ、デレデレになるところまでがセットだ。
それに、ラディアスが執務室に入る前に、使用人達にもクッキーをくれるが、これもミルゼのおかげだと皆で喜ぶ。
エマからすると、定例化しつつあるこの茶番は、公爵家の平和を物語っていると感じている。
ちなみに、素直なミルゼは本当に偶然だと思っており、アザリア夫人は息子のくせに、一度も母の一番好きなお菓子を買って来ないと内心では思っている。
それでも、仲の良いラディアスとミルゼを見るのは楽しいのだ。
エマが執務室の隅で、ほのぼのとその光景を見ていると、アザリア夫人が真面目な顔で話し出した。
「ところで、ミルゼが我が家に来て三ヶ月だし、パーティを開く時期でもあるし、今回はラディアスとミルゼで準備する?」
「ああ、そんな時期でしたね。父上も帰って来るようだし。ミルゼは公爵家主催のパーティは初めてだから、一緒に準備しようか。」
「えっ?ハディウス、帰って来るの?」
「父上から手紙来てましたよ、俺には。」
「全く…あの人は…」
ラディアスの父、ハディウス・シグネスティ公爵は、外交を得意としており、結婚式に参列し、すぐに仕事の為に他国に行ってしまった。
それ以前も殆ど家に居ないので、ミルゼは挨拶程度しか話したことがなかった。
「お義父様は、今回はお家に長く居られるのですか?」
「染物事業も上手くいったし、調べたいことは分かったから、しばらく家に居るようなことは手紙に書いてあったよ。」
「そうなのですね。外国のお話とか聞けたら楽しいですね。でも…父のことでご迷惑をお掛けしていたら、申し訳ありません…」
「それは気にしなくていいのよ。私もハディウスも、やりたくないことはやらないし。逆に、やりたいと思えば、手間暇掛けてまでやる人間だから。例えば、ミルゼをうちの子にしたこととか。ねっ?ラディアス。」
「そうそう。母上も父上も、やるべきことの時を待っているのさ。だから、ミルゼは心配するな。ミルゼが悲しむようなことにはならない。」
ミルゼは、アザリア夫人とラディアスは、やっぱり親子だなぁと思った。
こういう話の時、顔付きがそっくりだ。
そこに更に、ハディウス公爵が加わる。
セルジオ侯爵も皆の手を借りて、どうか幸せになって欲しいとミルゼは思った。
そしてミルゼは、この公爵家に誠心誠意尽くして、守られるだけでなく、自分も皆を幸せにすると心に誓った。
510
あなたにおすすめの小説
パーキングエリアに置いていかれたマシュマロボディの彼女は、運ちゃんに拾われた話
狭山雪菜
恋愛
詩央里は彼氏と1泊2日の旅行に行くハズがくだらないケンカをしたために、パーキングエリアに置き去りにされてしまった。
パーキングエリアのフードコートで、どうするか悩んでいたら、運送会社の浩二に途中の出口に下ろすと言われ、連れて行ってもらう事にした。
しかし、2人で話していく内に趣味や彼に惹かれていって…
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された
狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた
成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った
ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた
酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き………
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる
狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。
しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で………
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。
図書館の秘密事〜公爵様が好きになったのは、国王陛下の側妃候補の令嬢〜
狭山雪菜
恋愛
ディーナ・グリゼルダ・アチェールは、ヴィラン公国の宰相として働くアチェール公爵の次女として生まれた。
姉は王子の婚約者候補となっていたが生まれつき身体が弱く、姉が王族へ嫁ぐのに不安となっていた公爵家は、次女であるディーナが姉の代わりが務まるように、王子の第二婚約者候補として成人を迎えた。
いつからか新たな婚約者が出ないディーナに、もしかしたら王子の側妃になるんじゃないかと噂が立った。
王妃教育の他にも家庭教師をつけられ、勉強が好きになったディーナは、毎日のように図書館へと運んでいた。その時に出会ったトロッツィ公爵当主のルキアーノと出会って、いつからか彼の事を好きとなっていた…
こちらの作品は「小説家になろう」にも、掲載されています。
週1くるパン屋の常連さんは伝説の騎士様だった〜最近ではほぼ毎日ご来店、ありがとうございます〜
狭山雪菜
恋愛
パン屋に勤めるマチルダは平民だった。ある日、国民的人気の騎士団員に、夜遅いからと送られたのだが…
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
毎週金曜日、午後9時にホテルで
狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。
同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…?
不定期更新です。
こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
婚約破棄された令嬢は騎士団長に溺愛される
狭山雪菜
恋愛
マリアは学園卒業後の社交場で、王太子から婚約破棄を言い渡されるがそもそも婚約者候補であり、まだ正式な婚約者じゃなかった
公の場で婚約破棄されたマリアは縁談の話が来なくなり、このままじゃ一生独身と落ち込む
すると、友人のエリカが気分転換に騎士団員への慰労会へ誘ってくれて…
全編甘々を目指しています。
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる