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30.懐妊
しおりを挟む裁判からニヶ月。
グレイスはまだ公爵家に滞在し、平穏な日々を過ごしていたある日。
執務の合間に、グレイスも参加して、アザリア夫人と恒例のティータイムを楽しんでいた時、これまた恒例のラディアス乱入タイムに突入した。
「ミルゼの好きな生クリームたっぷりのいちごショートを買ってきたぞー!!」
「旦那様、どうぞ。」
エマは騎士から侍女に戻り、ラディアスのお茶も用意した。
「うっ…」
ラディアスは喜んでショートケーキを食べると思っていたら、ミルゼの顔色が真っ青になり、今にも倒れそうな様子に慌てた。
「ミルゼ!どうした!!」
「ちょっと…吐き気が…」
「ここに吐いて大丈夫です!奥様!!」
エマが走り寄り、トレイを片手にミルゼに声を掛ける。
「医者を呼ぶわ!ラディアス、エマ、ミルゼを見ていてね!!」
「ラディアス、ミルゼを寝かせなさい!」
急いで部屋を出て行くアザリア夫人とグレイス。
崩れ落ちそうなミルゼを、ラディアスはそっと抱き上げ、寝室に移動しベッドに横たえた。
横向きになって、少し楽になったのか、ミルゼはそのまま目を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
医者の診察が終わり、ラディアスが寝室に入ると、ミルゼと医者が笑っている。
「おめでとうございます。ご懐妊です。」
「ラディアス様のお子がここに…」
まだ吐き気がするのか、儚げに微笑むミルゼをラディアスはふわりと抱き締めた。
「ありがとう、ミルゼ。でも、体調は大丈夫か?」
「悪阻なので、一時的なものです。赤ちゃんが居るって分かったから、耐えられます。寧ろ、嬉しさで胸がいっぱい…」
「ミルゼ…ありがとう。本当にありがとう。俺も嬉しい!泣きそうだ…」
先程まで虚だったミルゼのレッドゴールドの瞳にあたたかみが戻り、ラディアスは既に母の強さを感じ、感動していた。
「母上とお祖母様に報告してくる。父上達にも早く知らせたい!エマ、ミルゼを頼む。」
「しょ、承知しま、した…」
いつも通り部屋の隅に控えていたエマは、なかなかこちらを向かない。
恐らく嬉し涙だろうとラディアスは思った。
エマはミルゼのことにだけ、涙脆いのだ。
ラディアスが部屋を出て行くと、エマはミルゼにそっと近寄った。
「奥様、おめでとうございます。元気なお子様が産まれますよう、私も誠心誠意お仕えさせていただきます。」
ミルゼはエマの優しさに心があたたかくなるが、伝えたいことがあった。
「ねぇ、エマ。侍女として傍に居てくれるのも嬉しいのだけど、お姉様とかお母様みたいに『家族』として、ずっと傍に居てもらえないかしら?お父様の伴侶として。」
エマは、まだセルジオに返事をしていなかった。
未だに、身分差で自分自身を卑下しているところがあったからだ。
しかし、セルジオもミルゼも自分を『家族』にしようとしてくれている。
「私が奥様や侯爵様の『家族』になっても…本当に宜しいのでしょうか…?」
「エマなら大歓迎よ?お父様は再々婚だし、私はエマの本当の娘にはなれないけど、エマが私達を受け入れてくれたら、家族になれると思うの。侯爵家の執務なんて、お父様がやるか、人を雇えばいいもの。あとは、エマがお父様をどう思っているかだけね?」
「侯爵様は素敵なお方です。本当は……本当に……侯爵様を…好きになって、いいのでしょうか…」
「シンプルに考えて、エマはお父様を一人の男性として愛せそう?」
「……はい…侯爵様のことばかり…考えてしまいます…」
「なら、決まりね!お父様をよろしくお願いします。赤ちゃんが男の子でも女の子でも、エマに剣術を教えてもらいたいわ。私みたいに勉強だけじゃダメだから。ふふ。」
「奥様…」
「そのうち奥様じゃなくて、他の呼び方も考えないとね?でも、私がエマをお母様ってよんだら、私の子はお祖母様って呼ぶの!?え…何か違う…?どうしよう!?」
エマは、早くも先のことに想いを馳せるミルゼを可愛らしく、愛おしいと思った。
憧れを抱くだけだった家族愛。
エマはそれを手にしたいと願った。
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