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空は遠く 13
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ここに空手道場を開いている一馬の父一太郎や小料理屋の女将をやっている美月の母、峰子までがやってきて、大騒ぎだったのだ。
こんな家族が佑人は好きだ。
温かくて情に厚く、そして常にポジティブ。
けれどそんな中で少しばかり考え込んでしまう佑人はいつも遅れをとっているように感じていた。
きっと郁磨なら、もう少しうまく立ち回れたのかもしれない。
明るく元気づけてくれるそんな大切な家族に結果的に迷惑をかけることになってしまったことに、佑人は心を痛めていた。
もうひとつの気がかりは真奈のことだった。
あの後、一言も言葉を交わせないままで、真奈がひどく傷ついているのではないかと。
携帯に電話をしてみたが、電源が入っていないらしい。
ラインにも既読がつかない。
意を決して真奈の家に電話を入れてみたが、何か言う前にガチャリと受話器が置かれた。
佑人は不安になった。
ひょっとしてこんな風に騒がれたことで、真奈の家にも迷惑がかかったのではないかと。
謹慎があけるのを待ちわびた佑人は、教室に入るなり真奈を探した。
だが真奈はまだ登校しておらず、現れたのは二時限も終わった頃だった。
「和泉、心配していたんだ、もしかして君の家にも迷惑がかかったんじゃないかって」
真奈はしかし目を合わせようとはせず、弱々しい笑みを浮かべただけだった。
クラスの何かが違っていた。
佑人と目を合わせようとしないのは、真奈だけではなかった。
声をかけようとしてもさり気なくかわされる。
遠巻きに佑人をチラチラ見ながら、ひそひそと話しているのにも気づいていた。
クラスの誰もが、佑人を無視しているのがわかった。
何故なのかわからなかった。
佑人はもどかしさに唇を噛んだ。
徐々に佑人に対するあからさまな行為が悪意を帯びてくる。
提出物や課題のプリントも佑人だけに渡されず、教師に何度か注意を受けた。
忘れました、すみません、できていません、佑人がそう答えるたびに、どこかでくすくす笑いが漏れてくる。
以前は優等生の佑人を特別扱いしていた担任や教師らも、佑人の状況に気がついていないのか、或いは事件のせいで佑人への期待も失せたのか、そんな佑人を心配してくるようなことさえなかった。
どころか、生徒同様あからさまに佑人に関わりあわないようにしている教師すらいた。
真奈もまた、声をかけようとする佑人をやはり無視した。
まるで佑人から庇うかのように、数人の女子にいつも囲まれていた。
「佑人が心配してるみたいだから、電話してみたのよ、そしたらさ、頭きちゃうわ、あの和泉って子の母親!」
偶然聞いてしまったのは数日前のこと。
「佑人が勝手に喧嘩して、娘を巻き込んで、ですって」
「親は往々にして子供をかばうもんじゃないか?」
暢気そうな一馬の声に、美月がまた言い返す。
「真奈って子が言ったんですってよ、佑人が強引に渋谷に連れ出したって」
「そいつはないだろ? 彼女の誕生日に映画をせがまれたみたいじゃないか、佑人が」
「そうよ。あの子が嘘を言ってるのよ。佑人には言わないでおくけど、このままじゃ気がおさまらないわ」
「美月、事を荒立てると佑人が傷つくよ」
「ええ、それはわかってるけど」
真夜中、眠っているだろう佑人が聞いているとは思わなかったのだろう。
家族にこれ以上心配をかけたくないと考えた佑人は、学校でのことは何も話さなかった。
もし話したら、美月のことだ、今度は学校にさえ乗り込みかねない。
ただ、なぜ、自分がそんな仕打ちをうけなければならないのか、わからなかった。
さらに偶然、女子がトイレで噂しているのを聞いてしまった。
「渡辺、最近チョーウザウザ、ってこれナオでしょ」
「あんな美形捕まえて、ウザはないよ、ウザは」
「だーって、暗いしぃ、何か物言いたそうにじっとこっち見てるしぃ、ウッザーって感じじゃん」
「それよか、これ! ません、ません、ません、ざまぁネーし、って、うちのクラスだよ」
声高に噂し合っている内容から、佑人はもしやと思う。
携帯で探っていくと、案の定、思ったとおりのサイトにぶつかった。
ワタナベ、メッキはがれた?、優等生ブザマ~、センセにコビってる、ツラ暗~い、マジ、ムカつく! ウッザくね? いい子ぶってさー、シネば? 消えればいいのに――――
女優の息子とかっていい気になってるなよ、教師も見放したみたい、家庭内暴力すごいらしいよ、などと根も葉もないとはこのことだろう、目にするごとに佑人の心は冷えていく。
裏サイトの中傷や嫌がらせで登校拒否になった生徒がいるとは聞いたことがある。
自分への中傷はさほど大したものではないのかもしれない。
ただ、佑人を憤らせたのは、母親への中傷だ。
お金さえ与えとけばいいと思っているバカな母親、息子のことを溺愛してまともな教育もできない母親失格だ、子供の書き込みとは思われないものまであった。
言いようのない怒りで爪が食い込むほど拳を握り締める。
ひどく悔しかった。
叫び出したかった。
いつものように午前零時を過ぎた頃、ラッキーを連れて散歩に出かけると、雲が流れて星たちが散りばめられた夜空が悠然と佑人たちを見下ろしていた。
見上げていると、いろんなことが何だかバカらしくなってくる。
友達と思っていたクラスメイト。
尊敬していた教師。
好きだった少女。
信頼も友情も何もかも絵空事。
期待を持つのはもうやめることにしよう。
それが佑人の下した結論。
こんな家族が佑人は好きだ。
温かくて情に厚く、そして常にポジティブ。
けれどそんな中で少しばかり考え込んでしまう佑人はいつも遅れをとっているように感じていた。
きっと郁磨なら、もう少しうまく立ち回れたのかもしれない。
明るく元気づけてくれるそんな大切な家族に結果的に迷惑をかけることになってしまったことに、佑人は心を痛めていた。
もうひとつの気がかりは真奈のことだった。
あの後、一言も言葉を交わせないままで、真奈がひどく傷ついているのではないかと。
携帯に電話をしてみたが、電源が入っていないらしい。
ラインにも既読がつかない。
意を決して真奈の家に電話を入れてみたが、何か言う前にガチャリと受話器が置かれた。
佑人は不安になった。
ひょっとしてこんな風に騒がれたことで、真奈の家にも迷惑がかかったのではないかと。
謹慎があけるのを待ちわびた佑人は、教室に入るなり真奈を探した。
だが真奈はまだ登校しておらず、現れたのは二時限も終わった頃だった。
「和泉、心配していたんだ、もしかして君の家にも迷惑がかかったんじゃないかって」
真奈はしかし目を合わせようとはせず、弱々しい笑みを浮かべただけだった。
クラスの何かが違っていた。
佑人と目を合わせようとしないのは、真奈だけではなかった。
声をかけようとしてもさり気なくかわされる。
遠巻きに佑人をチラチラ見ながら、ひそひそと話しているのにも気づいていた。
クラスの誰もが、佑人を無視しているのがわかった。
何故なのかわからなかった。
佑人はもどかしさに唇を噛んだ。
徐々に佑人に対するあからさまな行為が悪意を帯びてくる。
提出物や課題のプリントも佑人だけに渡されず、教師に何度か注意を受けた。
忘れました、すみません、できていません、佑人がそう答えるたびに、どこかでくすくす笑いが漏れてくる。
以前は優等生の佑人を特別扱いしていた担任や教師らも、佑人の状況に気がついていないのか、或いは事件のせいで佑人への期待も失せたのか、そんな佑人を心配してくるようなことさえなかった。
どころか、生徒同様あからさまに佑人に関わりあわないようにしている教師すらいた。
真奈もまた、声をかけようとする佑人をやはり無視した。
まるで佑人から庇うかのように、数人の女子にいつも囲まれていた。
「佑人が心配してるみたいだから、電話してみたのよ、そしたらさ、頭きちゃうわ、あの和泉って子の母親!」
偶然聞いてしまったのは数日前のこと。
「佑人が勝手に喧嘩して、娘を巻き込んで、ですって」
「親は往々にして子供をかばうもんじゃないか?」
暢気そうな一馬の声に、美月がまた言い返す。
「真奈って子が言ったんですってよ、佑人が強引に渋谷に連れ出したって」
「そいつはないだろ? 彼女の誕生日に映画をせがまれたみたいじゃないか、佑人が」
「そうよ。あの子が嘘を言ってるのよ。佑人には言わないでおくけど、このままじゃ気がおさまらないわ」
「美月、事を荒立てると佑人が傷つくよ」
「ええ、それはわかってるけど」
真夜中、眠っているだろう佑人が聞いているとは思わなかったのだろう。
家族にこれ以上心配をかけたくないと考えた佑人は、学校でのことは何も話さなかった。
もし話したら、美月のことだ、今度は学校にさえ乗り込みかねない。
ただ、なぜ、自分がそんな仕打ちをうけなければならないのか、わからなかった。
さらに偶然、女子がトイレで噂しているのを聞いてしまった。
「渡辺、最近チョーウザウザ、ってこれナオでしょ」
「あんな美形捕まえて、ウザはないよ、ウザは」
「だーって、暗いしぃ、何か物言いたそうにじっとこっち見てるしぃ、ウッザーって感じじゃん」
「それよか、これ! ません、ません、ません、ざまぁネーし、って、うちのクラスだよ」
声高に噂し合っている内容から、佑人はもしやと思う。
携帯で探っていくと、案の定、思ったとおりのサイトにぶつかった。
ワタナベ、メッキはがれた?、優等生ブザマ~、センセにコビってる、ツラ暗~い、マジ、ムカつく! ウッザくね? いい子ぶってさー、シネば? 消えればいいのに――――
女優の息子とかっていい気になってるなよ、教師も見放したみたい、家庭内暴力すごいらしいよ、などと根も葉もないとはこのことだろう、目にするごとに佑人の心は冷えていく。
裏サイトの中傷や嫌がらせで登校拒否になった生徒がいるとは聞いたことがある。
自分への中傷はさほど大したものではないのかもしれない。
ただ、佑人を憤らせたのは、母親への中傷だ。
お金さえ与えとけばいいと思っているバカな母親、息子のことを溺愛してまともな教育もできない母親失格だ、子供の書き込みとは思われないものまであった。
言いようのない怒りで爪が食い込むほど拳を握り締める。
ひどく悔しかった。
叫び出したかった。
いつものように午前零時を過ぎた頃、ラッキーを連れて散歩に出かけると、雲が流れて星たちが散りばめられた夜空が悠然と佑人たちを見下ろしていた。
見上げていると、いろんなことが何だかバカらしくなってくる。
友達と思っていたクラスメイト。
尊敬していた教師。
好きだった少女。
信頼も友情も何もかも絵空事。
期待を持つのはもうやめることにしよう。
それが佑人の下した結論。
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