空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
13 / 93

空は遠く 13

しおりを挟む
 ここに空手道場を開いている一馬の父一太郎や小料理屋の女将をやっている美月の母、峰子までがやってきて、大騒ぎだったのだ。
 こんな家族が佑人は好きだ。
 温かくて情に厚く、そして常にポジティブ。
 けれどそんな中で少しばかり考え込んでしまう佑人はいつも遅れをとっているように感じていた。
 きっと郁磨なら、もう少しうまく立ち回れたのかもしれない。
 明るく元気づけてくれるそんな大切な家族に結果的に迷惑をかけることになってしまったことに、佑人は心を痛めていた。
 もうひとつの気がかりは真奈のことだった。
 あの後、一言も言葉を交わせないままで、真奈がひどく傷ついているのではないかと。
 携帯に電話をしてみたが、電源が入っていないらしい。
 ラインにも既読がつかない。
 意を決して真奈の家に電話を入れてみたが、何か言う前にガチャリと受話器が置かれた。
 佑人は不安になった。
 ひょっとしてこんな風に騒がれたことで、真奈の家にも迷惑がかかったのではないかと。
 謹慎があけるのを待ちわびた佑人は、教室に入るなり真奈を探した。
 だが真奈はまだ登校しておらず、現れたのは二時限も終わった頃だった。
「和泉、心配していたんだ、もしかして君の家にも迷惑がかかったんじゃないかって」
 真奈はしかし目を合わせようとはせず、弱々しい笑みを浮かべただけだった。
 クラスの何かが違っていた。
 佑人と目を合わせようとしないのは、真奈だけではなかった。
 声をかけようとしてもさり気なくかわされる。
 遠巻きに佑人をチラチラ見ながら、ひそひそと話しているのにも気づいていた。
 クラスの誰もが、佑人を無視しているのがわかった。
 何故なのかわからなかった。
 佑人はもどかしさに唇を噛んだ。
 徐々に佑人に対するあからさまな行為が悪意を帯びてくる。
 提出物や課題のプリントも佑人だけに渡されず、教師に何度か注意を受けた。
 忘れました、すみません、できていません、佑人がそう答えるたびに、どこかでくすくす笑いが漏れてくる。
 以前は優等生の佑人を特別扱いしていた担任や教師らも、佑人の状況に気がついていないのか、或いは事件のせいで佑人への期待も失せたのか、そんな佑人を心配してくるようなことさえなかった。
 どころか、生徒同様あからさまに佑人に関わりあわないようにしている教師すらいた。
 真奈もまた、声をかけようとする佑人をやはり無視した。
 まるで佑人から庇うかのように、数人の女子にいつも囲まれていた。
「佑人が心配してるみたいだから、電話してみたのよ、そしたらさ、頭きちゃうわ、あの和泉って子の母親!」
 偶然聞いてしまったのは数日前のこと。
「佑人が勝手に喧嘩して、娘を巻き込んで、ですって」
「親は往々にして子供をかばうもんじゃないか?」
 暢気そうな一馬の声に、美月がまた言い返す。
「真奈って子が言ったんですってよ、佑人が強引に渋谷に連れ出したって」
「そいつはないだろ? 彼女の誕生日に映画をせがまれたみたいじゃないか、佑人が」
「そうよ。あの子が嘘を言ってるのよ。佑人には言わないでおくけど、このままじゃ気がおさまらないわ」
「美月、事を荒立てると佑人が傷つくよ」
「ええ、それはわかってるけど」
 真夜中、眠っているだろう佑人が聞いているとは思わなかったのだろう。
 家族にこれ以上心配をかけたくないと考えた佑人は、学校でのことは何も話さなかった。
 もし話したら、美月のことだ、今度は学校にさえ乗り込みかねない。
 ただ、なぜ、自分がそんな仕打ちをうけなければならないのか、わからなかった。
 さらに偶然、女子がトイレで噂しているのを聞いてしまった。
「渡辺、最近チョーウザウザ、ってこれナオでしょ」
「あんな美形捕まえて、ウザはないよ、ウザは」
「だーって、暗いしぃ、何か物言いたそうにじっとこっち見てるしぃ、ウッザーって感じじゃん」
「それよか、これ! ません、ません、ません、ざまぁネーし、って、うちのクラスだよ」
 声高に噂し合っている内容から、佑人はもしやと思う。
 携帯で探っていくと、案の定、思ったとおりのサイトにぶつかった。
 ワタナベ、メッキはがれた?、優等生ブザマ~、センセにコビってる、ツラ暗~い、マジ、ムカつく! ウッザくね? いい子ぶってさー、シネば? 消えればいいのに――――
 女優の息子とかっていい気になってるなよ、教師も見放したみたい、家庭内暴力すごいらしいよ、などと根も葉もないとはこのことだろう、目にするごとに佑人の心は冷えていく。
 裏サイトの中傷や嫌がらせで登校拒否になった生徒がいるとは聞いたことがある。
 自分への中傷はさほど大したものではないのかもしれない。
 ただ、佑人を憤らせたのは、母親への中傷だ。
 お金さえ与えとけばいいと思っているバカな母親、息子のことを溺愛してまともな教育もできない母親失格だ、子供の書き込みとは思われないものまであった。
 言いようのない怒りで爪が食い込むほど拳を握り締める。
 ひどく悔しかった。
 叫び出したかった。
 いつものように午前零時を過ぎた頃、ラッキーを連れて散歩に出かけると、雲が流れて星たちが散りばめられた夜空が悠然と佑人たちを見下ろしていた。
 見上げていると、いろんなことが何だかバカらしくなってくる。
 友達と思っていたクラスメイト。
 尊敬していた教師。
 好きだった少女。
 信頼も友情も何もかも絵空事。
 期待を持つのはもうやめることにしよう。
 それが佑人の下した結論。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

恋文より、先にレポートが届いた~監視対象と監視官、感情に名前をつけるまで

中岡 始
BL
政府による極秘監視プロジェクト──その対象は、元・天才ハッカーで現在は無職&生活能力ゼロの和泉義人(32歳・超絶美形)。 かつて国の防衛システムに“うっかり”侵入してしまった過去を持つ彼は、現在、監視付きの同居生活を送ることに。 監視官として派遣されたのは、真面目で融通のきかないエリート捜査官・大宮陸斗(28歳)。 だが任務初日から、冷蔵庫にタマゴはない、洗濯は丸一週間回されない、寝ながらコードを落書き…と、和泉のダメ人間っぷりが炸裂。 「この部屋の秩序、いつ崩壊したんですか」 「うまく立ち上げられんかっただけや、たぶん」 生活を“管理”するはずが、いつの間にか“世話”してるし… しかもレポートは、だんだん恋文っぽくなっていくし…? 冷静な大宮の表情が、気づけば少しずつ揺らぎはじめる。 そして和泉もまた、自分のために用意された朝ごはんや、一緒に過ごすことが当たり前になった日常…心の中のコードが、少しずつ書き換えられていく。 ──これは「監視」から始まった、ふたりの“生活の記録”。 堅物世話焼き×ツンデレ変人、心がじわじわ溶けていく、静かで可笑しな同居BL。

処理中です...