空は遠く

chatetlune

文字の大きさ
34 / 93

空は遠く 34

しおりを挟む
「奈落に落ちようと俺の勝手だ」
 坂本の腕をほどこうとして、佑人は逆にもう片方の腕も取られ、生垣に押し付けられる。
「何するっ…!」
 驚いて目を見開く佑人のすぐ近くで、坂本は呟く。
「一緒に落ちたいな…成瀬となら。メガネ、邪魔だなぁ、それ、伊達だろ?」
 ぐいぐい坂本は佑人に身体を押し付ける。
「やめ……」
 もう少しで唇が触れていた。
「何、やってんだよ! てめぇ!」
 唐突に背後から大きな影が現れた。
 坂本がその声の主に意識を向けた一瞬のうちに、佑人は拳を坂本の腹にくらわせる。呻きながら坂本は苦々しい顔で腹をおさえて佑人から身体を離した。
「……ってぇ、……いいパンチしてるじゃねぇか、成瀬……」
「バァカ、手加減してくれたんだぜ? なあ、成瀬」
 いつから二人の近くにいたのだろう、ヘルメットを手にぶら下げて、坂本の背後に立った力は佑人にきつい視線を向けた。
 まさかと思っていた力の出現に息をつくのも忘れて佑人は驚いた。
「……力……、てめぇこそ、こんなとこで何してんだ?」
 坂本はようやく息をつく。
「俺か? 俺は散歩の途中」
「ハ…ウッソつけよ……!」
 坂本はまだ少しよろめいている。
「暇なやつらだな。俺はガードなんかいらないって言ったはずだ」
「暗がりで成瀬くんを襲っちゃおうなんていう輩がいるじゃねぇか、おら、ここにも」
 坂本を顎でしゃくって揶揄する力の言葉に、カッと頭に血が上る。
「……ふ…ざけんな!」
 唇をきつく噛みながら、佑人はきっと力を睨みつけ、そのまま彼らに背を向けた。
「あ、おい、成瀬! 待てよ!」
 坂本が慌てて佑人を追う。
 その後ろから力も続く。
「もう、俺に構うな!」
 佑人は木戸を開けると二人の鼻面で、力いっぱい閉めた。
「人をバカにしやがって……」
 気配を感じて走ってきたラッキーと家に向かいながら、呟いた。
 所詮、力という男はあんな風にこき下ろす程度にしか自分を見ていないのだ、そんなことはわかっていたはずだ、と佑人は自分を嘲笑う。
 ほんっと、もうどうでもいい。せっかく、いい夢で終わらせようとしたのに。
 まだ誰も帰っていないようだった。
 鍵を開けて家に入るとリビングを突っ切って、佑人はキッチンに向かう。
「ラッキー、いい子にしてるんだよ」
 佑人はラッキーにそう言うと、キッチンの奥のドアを開けた。そこから勝手口につづく石畳を歩く。表の生垣とは対照的に家の後ろはコンクリート塀になっている。
 佑人は勝手口のドアを開けて裏の道へと出た。
 久我山の駅とは逆方向へ歩き、一丁目の交差点までくると、佑人はタクシーを拾って下高井戸を告げた。




「あーあ、怒らせちまったじゃないか」
 坂本は閉じられた木戸の前で文句を言う。
「誰のせいだと思ってんだ」
 力は坂本を睨みつける。
「俺が引き受けるっつっただろ? 何でお前がくるんだよ。またしても嫌いな山本くんに出てこられて、成瀬、いい加減うんざりしてんだよ」
「てめぇは何するつもりだったんだ? 誰が送り狼になれっつったよ!」
「俺と成瀬のことだ、お前に関係ないだろうが」
「てめぇ、ヤツのパンチだけじゃ、足りねえみたいだな?!」
 図体の大きい男が二人、木戸の前で言い争いをしていれば、たまに通りかかる人も怪訝そうに見ていくのだが、お構いなしに二人は声を荒げる。
「うちに何か用かな?」
 ふいに声をかけられて二人は振り返った。
「あれ、君は坂本くんだっけ? 確か今度柳沢が家庭教師やるって言ってたね」
 郁磨だとわかって、力は思わず、ちっと舌打ちする。
「はい、お陰さまで」
 力は心にもない返事をする。
「佑人に用? どうぞ、入れば?」
「いや、あの、たまたま通りかかったんで、成瀬、どうしてるかなと。でも、こんな時間だしやっぱ帰らないと、うちの親も心配しますから」
 坂本が言った。
「君もクラスメイト? 佑人の兄の郁磨です」
「あ、ああ、えっとぉ、山本です」
 言いながら、坂本は、このやろう、と力を睨む。
「それじゃ、俺ら、これで」
 力はもう歩き始めていた。
 坂本も仕方なさそうに続く。
 ところが十メートルほど歩いてから、力は踵を返して、ドアを開けて入ろうとしている郁磨に駆け寄った。
「あの、成瀬のことなんですが」
 郁磨は振り返って力を見上げた。
「佑人がどうかした?」
「いや、実は、近隣の不良高校生がうちの学校の生徒を狙って絡んでくるっつうか、喧嘩吹っかけてくるみたいなことが、頻繁に起こってて」
 坂本は力に何を言い出すんだという顔を向ける。
「年末だし、物騒なんであんまり一人で動かないようにって、言ってるんですが」
「そうなの? それでわざわざ?」
「ええ、まあ。実際、友達が怪我させられたりしてるし。やつら団体でくるから、すみませんが、成瀬のこと気をつけてやって下さい」
 力はそう言って頭を下げた。
 思いがけない力の行動に坂本は驚いた。
「ありがとう、わかった、気をつけるよ」
「成瀬のやつ、負けず嫌いなんで、それとなくのがいいと思うけど」
 すると郁磨はクスリと笑う。
「よくわかってるね。君たちも気をつけて」
 郁磨と別れ、成瀬家の生垣の端まで来ると、坂本は「ややこしいことになったじゃねぇか」とボソリと言った。
「お前のせいで、俺が何で山本力だ!」
「るせぇよ!」
「お前だって、ガラにもなく優等生ぶりっ子しちゃってよ」
「仕方ねぇだろ、あの兄貴を信用させるのに」
「第一、何で兄貴にあんなこと」
「成瀬が俺らを嫌がるから、兄貴に頼むのが一番手っ取り早い」
 力の言い分に坂本は心の中で一応納得する。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

処理中です...