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空は遠く 86
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ひょっとしてそれこそ熱を出して寝込んでいるのかも知れない。
百合江さんとは別に暮らしているようだし、じゃあ、タローしかいないってことか。誰か傍にいてくれる人がいるんだろうか。
内田とか帰り、寄るんだろうか。
気もそぞろなまま昼休みになり、雨が降りそうだからと東山と学食に行くと、啓太や坂本が待っていた。
「力が風邪引くなんて、信じらんねー」
啓太がお気楽な声を上げた。
「加藤も似たようなこと言ってたぜ」
東山もにやつきながらアジフライ定食をかき込む。
「そういや、あいつガッコ休んだことないよな?」
「妙なとこ、こだわるやつだからな、中学ん時も皆勤賞」
頷きながら坂本はミートソースパスタをフォークでつつく。
「成瀬、そんだけ? 病み上がりは栄養つけねぇと」
きつねうどんをすすっている佑人を東山が振り返る。
「ヨーグルト、あるし」
食欲がないのは自分の体調のせいではない。
「……大丈夫かな? 山本。普段、丈夫なやつほど寝込むと大変かも……」
思わず口にしたのは、自分でなくても坂本あたりが帰りにようすを見に行ってくれないかと思ったからだ。
「ん? ああ、内田行くんじゃねぇの?」
「ああ、やつら、別れた」
東山に答えて坂本が軽く言った。
「別れた? もうかよ?」
「内田は俺に近づいた振りをしてただけなんだ、なのに」
佑人が唇を噛むと、「成瀬のせいじゃねぇよ」と坂本の手が佑人の頭をよしよしと撫でた。
「いつものパターン、言い寄られてつき合ってみるけど、続かねーだけ、あいつは」
「だよなー、内田で何人目? 高校入ってから」
結局、あの時の力の女が誰それだったなどと、話がそれてしまう。
みんな力は明日になれば学校に出てくるものと思っているのだ。
佑人もそう思いたいのはやまやまだが、今回思ったより高熱が出て寝込んでしまった佑人としてはやはり心配になる。
もっとも、喉をやられなかったので咳が出なかったのは助かったが、幼い頃は風邪をひくとすぐ喉にきて咳が続き、苦しかった記憶がある。
祖父が稽古をつけてくれるようになって、身体も割と丈夫になったのだ。
それにしても常日頃いがみ合っているような俺が山本の見舞いなんて行くわけにはいかないだろう。
ようやくあれこれ考えあぐねた一日が終わり、ここはやはり坂本に力のところによって見てくれないかと聞いてみようと思いながら、帰り支度をして玄関で靴箱を開けた時、「あ、成瀬、まだいたか」と慌てたようすで追いかけてきたのは東山だった。
「な、力んとこ、寄ってみないか?」
「え……」
思わぬ申し出である。
「見舞いに行ってやる女もいねぇんじゃ、ちょっと可哀想だし。あいつ、確か一人暮らしだろ? ちょっとようす見に行ってやんね?」
「……でも、俺は……あんまり歓迎されないと思うし」
「ああ? なーに言っちゃって、いっつも仲良く喧嘩してんじゃん」
ひょうひょうとした顔で東山はそんなことを言う。
「あれを、仲良くとは言わないだろ」
「まあまあ、成瀬、何でも気にし過ぎ」
それは言えてる、と佑人は自分でも思う。
力に関することは気にし過ぎ以上のものがある。
「力の部屋、知ってる? あ、手ぶらもなんだし、何か見舞い持ってった方がいいか」
あれよあれよという間に、東山につられて電車をいつも降りる駅より一つ先で降りる。
駅でいえばそうなるが、実際歩いても地理的には佑人の家から二十分ほどの距離だろう。
一度来たことがあるはずなのだが、あの時佑人は酔っていたし、ラッキーのことでパニクっていたから、ほとんど覚えてはいない。
二人は駅を降りてすぐのスーパーに入ると、栄養補助ゼリーや栄養ドリンク、イチゴやキウイ、ヨーグルトなどをカゴに入れた。
「パックのご飯とか、カップうどんとかも食べやすいか」
東山は色々考えながらたったかカゴに放り込む。
「っと、風邪の時はやっぱ梅干しな」
おにぎりやサンドイッチなども最後につけ加えると結構な量になった。
「んじゃ、割り勘な」
清算をした佑人に、東山はきっちり半分の金額を差し出した。
「そういえば、坂本って」
どーんと大きなメロンを持って見舞いにやってきた坂本のことを佑人が話すと、東山は声を上げて笑った。
「あいつってさ、も、てーんで、そうゆーとこ、お坊ちゃまだからな、食事とかほとんど作ったことないんじゃね? 遊びでバーベキューとか以外」
「そうかも。東山は妹さんと交代で食事作ってるんだっけ?」
「東でいいって。まあ、もうガキの頃からだからそれが普通って思ってるけどな。オヤジが死んでからおふくろ夜勤とか多くなったし」
どうということもないように東山は言った。
「とか言って、中坊ん頃はちょっとばかし、粋がってたことあってさ、南澤入ってすぐん時、昔やりあったやつらと大喧嘩して停学くらった上に怪我しておふくろのいる病院行ったんだ。そん時、おふくろが毅然と仕事してるとこ見て、何かこう目が覚めたっつーか」
佑人は東山の家を訪れた時に出会った東山の母親のことを思い出した。
「カッコいいおふくろさんだな」
「ハハ、ありがとよ。成瀬ンとこは、おふくろさん、女優とかだとやっぱ、料理とかやんねぇの?」
「そうでもないんだけどね、料理は好きでたまに作ってくれたりするし。でも、しょっちゅういないし、結局俺と兄どちらかが作るか、みんな遅かったりすると俺一人だけだから、適当になる」
そんなことを話しながら、五分ほど歩いたろうか。
「あ、ヴィラ高井戸ってここの、三階」
住宅地に建つ三階建ての瀟洒なマンションだ。
百合江さんとは別に暮らしているようだし、じゃあ、タローしかいないってことか。誰か傍にいてくれる人がいるんだろうか。
内田とか帰り、寄るんだろうか。
気もそぞろなまま昼休みになり、雨が降りそうだからと東山と学食に行くと、啓太や坂本が待っていた。
「力が風邪引くなんて、信じらんねー」
啓太がお気楽な声を上げた。
「加藤も似たようなこと言ってたぜ」
東山もにやつきながらアジフライ定食をかき込む。
「そういや、あいつガッコ休んだことないよな?」
「妙なとこ、こだわるやつだからな、中学ん時も皆勤賞」
頷きながら坂本はミートソースパスタをフォークでつつく。
「成瀬、そんだけ? 病み上がりは栄養つけねぇと」
きつねうどんをすすっている佑人を東山が振り返る。
「ヨーグルト、あるし」
食欲がないのは自分の体調のせいではない。
「……大丈夫かな? 山本。普段、丈夫なやつほど寝込むと大変かも……」
思わず口にしたのは、自分でなくても坂本あたりが帰りにようすを見に行ってくれないかと思ったからだ。
「ん? ああ、内田行くんじゃねぇの?」
「ああ、やつら、別れた」
東山に答えて坂本が軽く言った。
「別れた? もうかよ?」
「内田は俺に近づいた振りをしてただけなんだ、なのに」
佑人が唇を噛むと、「成瀬のせいじゃねぇよ」と坂本の手が佑人の頭をよしよしと撫でた。
「いつものパターン、言い寄られてつき合ってみるけど、続かねーだけ、あいつは」
「だよなー、内田で何人目? 高校入ってから」
結局、あの時の力の女が誰それだったなどと、話がそれてしまう。
みんな力は明日になれば学校に出てくるものと思っているのだ。
佑人もそう思いたいのはやまやまだが、今回思ったより高熱が出て寝込んでしまった佑人としてはやはり心配になる。
もっとも、喉をやられなかったので咳が出なかったのは助かったが、幼い頃は風邪をひくとすぐ喉にきて咳が続き、苦しかった記憶がある。
祖父が稽古をつけてくれるようになって、身体も割と丈夫になったのだ。
それにしても常日頃いがみ合っているような俺が山本の見舞いなんて行くわけにはいかないだろう。
ようやくあれこれ考えあぐねた一日が終わり、ここはやはり坂本に力のところによって見てくれないかと聞いてみようと思いながら、帰り支度をして玄関で靴箱を開けた時、「あ、成瀬、まだいたか」と慌てたようすで追いかけてきたのは東山だった。
「な、力んとこ、寄ってみないか?」
「え……」
思わぬ申し出である。
「見舞いに行ってやる女もいねぇんじゃ、ちょっと可哀想だし。あいつ、確か一人暮らしだろ? ちょっとようす見に行ってやんね?」
「……でも、俺は……あんまり歓迎されないと思うし」
「ああ? なーに言っちゃって、いっつも仲良く喧嘩してんじゃん」
ひょうひょうとした顔で東山はそんなことを言う。
「あれを、仲良くとは言わないだろ」
「まあまあ、成瀬、何でも気にし過ぎ」
それは言えてる、と佑人は自分でも思う。
力に関することは気にし過ぎ以上のものがある。
「力の部屋、知ってる? あ、手ぶらもなんだし、何か見舞い持ってった方がいいか」
あれよあれよという間に、東山につられて電車をいつも降りる駅より一つ先で降りる。
駅でいえばそうなるが、実際歩いても地理的には佑人の家から二十分ほどの距離だろう。
一度来たことがあるはずなのだが、あの時佑人は酔っていたし、ラッキーのことでパニクっていたから、ほとんど覚えてはいない。
二人は駅を降りてすぐのスーパーに入ると、栄養補助ゼリーや栄養ドリンク、イチゴやキウイ、ヨーグルトなどをカゴに入れた。
「パックのご飯とか、カップうどんとかも食べやすいか」
東山は色々考えながらたったかカゴに放り込む。
「っと、風邪の時はやっぱ梅干しな」
おにぎりやサンドイッチなども最後につけ加えると結構な量になった。
「んじゃ、割り勘な」
清算をした佑人に、東山はきっちり半分の金額を差し出した。
「そういえば、坂本って」
どーんと大きなメロンを持って見舞いにやってきた坂本のことを佑人が話すと、東山は声を上げて笑った。
「あいつってさ、も、てーんで、そうゆーとこ、お坊ちゃまだからな、食事とかほとんど作ったことないんじゃね? 遊びでバーベキューとか以外」
「そうかも。東山は妹さんと交代で食事作ってるんだっけ?」
「東でいいって。まあ、もうガキの頃からだからそれが普通って思ってるけどな。オヤジが死んでからおふくろ夜勤とか多くなったし」
どうということもないように東山は言った。
「とか言って、中坊ん頃はちょっとばかし、粋がってたことあってさ、南澤入ってすぐん時、昔やりあったやつらと大喧嘩して停学くらった上に怪我しておふくろのいる病院行ったんだ。そん時、おふくろが毅然と仕事してるとこ見て、何かこう目が覚めたっつーか」
佑人は東山の家を訪れた時に出会った東山の母親のことを思い出した。
「カッコいいおふくろさんだな」
「ハハ、ありがとよ。成瀬ンとこは、おふくろさん、女優とかだとやっぱ、料理とかやんねぇの?」
「そうでもないんだけどね、料理は好きでたまに作ってくれたりするし。でも、しょっちゅういないし、結局俺と兄どちらかが作るか、みんな遅かったりすると俺一人だけだから、適当になる」
そんなことを話しながら、五分ほど歩いたろうか。
「あ、ヴィラ高井戸ってここの、三階」
住宅地に建つ三階建ての瀟洒なマンションだ。
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