アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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木の上の二人

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 いつものように、大きな樫の木の上にエルは登っていた。
 ここからはマクレーン公爵の館の正門から、館直前まで繋がる砂利道を一望できた。
 風が彼女の銀色の髪の毛をゆるやかに流していた。
 エルが座っている木の下からごそごそと音がし、長剣をさしたまま、ガチャガチャと激しい音を立てながらマティアスが登ってきた。

 ようやくエルの隣に恐る恐る、腰を据える。

 「あーあ、本当にやめろよ。この木登り、こんなのやったら一発で公爵令嬢の仮面がとれるぞ!」
 「……知らない! 公爵令嬢なんて、無理だ!」

 マティアスが遠くを見つめた。張り詰めたエルの表情を見たのせいかもしれない。
 マティアスは初めてあんなにギデオンの上ではしゃいで騒ぐエルを見た。そして、この泣き顔だ。くるくると表情を変えるこの少女がとても純粋なものに見えた。とても名だたるアサシンには考えられなかった。

 「確かにお前には無理かもな」
 「……」

 エルも同じように視線を遠くに見据えていた。

 「でも、あのギデオン様が、お前にしか出来ないっていうんだ。それってすごいんだぞ?」
 「あの祝福は、母さんが教えてくれたんだ」
 「!」
 「……元海賊で、アサシンと呼ばれたオレの母さんだ」
 「な、なんだよ、今、いきなり告白タイムかよ。おい、まて……お前のお袋さん、生きてんのかよ!」
 「……知らない。捨てられたから」
 「な、なんだと?」
 「でも、何故か捨てる前に、母さんが、オレに教えてくれたんだ。身体が熱くなって何かに満たされ、その人間が素晴らしい生き物だと感じたら、貴方はソレを祝福しないといけないって……」

 「なんだよ、へんな母ちゃんだな。そんな教育方針なんて、聞いたことねえや」
 「それだけなんだ」
 「え、それだけしか母ちゃんの思い出がないのか?」
 「違う、それしか、オレが生きている意味がないんだ」
 「………」

 マティアスがそれ以上、なんとエルに言葉をかけていいのかわからず、礼儀作法の時間になるまでそこに二人でぼうっとしていた。次第に日が傾き始め、しびれをきらしたリトが呼びにいくまで、二人でただ、その木の上で遠くを眺めていた。
 降りた瞬間、歩き出したマティアスが、思い出したように話す。

 「エル、でもおれはその祝福ってやつ、まだもらえないんだろ?」
  
 ぷっとエルが吹き出した。

 「そうだな。まだお前はもらえないな。いや、一生もらえないかもな」
 「ふ、ふざけんな!!」
 
 逃げ出すエルをマティアスは追いかけていた。
 そんな二人の様子を館の窓から、ギデオンは静かに眺めてた。
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