アサシンとよばれた公爵令嬢エルの物語

たまる

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公爵令嬢は死を望む

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 エルが王宮の外れの森の中で、何か黒光りする大地を下に大の字になって倒れていた。

 息はある。
 この王宮の辺りは、日が沈むと一気に気温が下がる。
 だから、月明かりを受けながら、凍るような空気の中、彼女の口からは白い息が漏れていたのが見えて少し安堵した。
 ただその眼は閉じられて、深呼吸をしているのか、または瞑想しているのかは、よくわからなかった。

 白の夜着用ドレスは破れ、手にはかろうじて手袋をし、王宮では正式な騎士が持たないような双剣、つまり海賊が好むようなカットラスを両手に持ちながら、血まみれ状態で倒れていた。
 それを見つけたギデオンは、一瞬息を呑み込んだ。

 本来なら、深夜の森の中を探すのは無理な話だったろう。

 月明かりが彼女への道筋を辿るのを助けてくれた。
 いや、それだけではない。
 自分の胸に感じる彼女の存在がそこへと自分を足を急がせた。

 普通なら、こんな状態の令嬢を見つけたら、彼女が誰かに襲われて怪我をしたとか、慰みものにされたとか危惧するだろう。

 でも、相手はエルだ。
 違う不安や心配がよぎった。

 「エメラルド!」

 まるで死んでいるかのようなその佇まいに思わず声が漏れた。
 それと同時に笛も吹く。
 どこにマティアスがいるかわからないが、この笛の聞こえてくる位置を想定して、奴はやってくるだろう。

 「……え、ギデオン?」

 駆け寄ろうとすると、声を張り上げて、体を起こしたエルがギデオンを止める。

 「だ、ダメだ……」

 「な、何を言っているんだ! こんなに凍えるような寒さのなか、そんな格好で……」

 「く、来るな! 」

 「だ、だいじょうぶだ。お前の眼は光っていない。それに……」
 「放っておいてくれ!!」
 「だめだ! エメラルド、こんなところにそんな格好で……」
 「煩い! 来るなといっただろう!」
 「だめだ……。エメラルド。君は私の娘になったんだ。その娘が深夜そんな格好で、森の中にいるのを見過ごせないだろう?」

 近くに歩み寄りと、その惨状を目の当たりにすることが出来た。
 エルの周りには帯びただしい量の血の海が広がっていた。
 そのまるで戦場の後のような真ん中に、血まみれの少女がいたのだ。
 白いはずの夜着が血飛沫と泥とで、目を背けたくなるくらいの色に染まっていた。

 ギデオンは初めてエルの一部を知ったような気がした。
 こんな多量を返り血を浴びるほど、誰かを切り続けないといけない……。
 彼の胸に何か堪え難い想いが湧き上がった。
 ギデオンは言葉を失いながら、眉間に深いシワを寄せた。

 「……なんて、顔してんだ。ギデオン……」
 「バカだな。エメラルド、お前に言われたくないぞ」

 意識を取り戻したかのように、ギデオンが自分の外套をはずし、その薄い白い頼りない寝着しかつけていないエルに被せた。
 しかもそれは、血まみれで、ボロボロだ。
 顔は黒いすすのようなものとまた血がついていた。

 それをやさしく自分の手袋で拭きながら、ギデオンがエルに尋ねた。

 「怪我はしていないのか? エメラルド」
 「……するわけないだろ」

 二人の会話はそれだけだった。
 
 「顔がこんなに冷たい……」

 ギデオンが手をエルの頬に当てた。

 少しエルがビクっとしながら、頬が赤くなる。

 「ギデオン……。怖くねえのかよ……」
 「……なんでだ……」

 嫌がるエルを無理やりギデオンが抱き上げた。

 「……そっか……」

 「そうだ。安心しろ……。お前をは行かない」

 少しエルが涙ぐむ声がした。
 その様子をわざと見ないで、ギデオンが周りを見る。

 そこに慌てて草むらを搔きわける音がした。

 「ギデオン様!! あ、エル!! な、どうした!!」
 「エメラルドは無事だ……」

 エルの血まみれもそうだし、月明かりの中、黒い滴るものが地面に広がっている。
 それがなんであるか、マティアスも自分の足元に着く色で気がついた。

 足を指で触って確かめる。
 その鮮やかな辰砂しんしゃ色にゾッとした。

 血なのだ……。

 「ぎ、ギデオン様、な、これ、なんですか、この血の海は!! エル、狙われたのか? 誰かに!!」
 「マティアス、今はよせ」

 エルを抱きかかえながら、ギデオンが静かに答える。

 「だ、だって、お前!! でも遺体がねえぞ。え、ちょっとお前怪我しているのか!」
 「……う、ううう」

 エルが唸りだした。
 もしかして、何か怪我をして泣き始めるのかと勘違いしたマティアスは慌てる。

 「ど、どうした!! 流石の元アサシンも人に狙われてびびったか? 怪我、本当にしていないだろうな。大丈夫なのか? いや、これはもしかしたら、骨の一本や二本は、折れているかもしれませんよ。ギデオン様」

 「う、うるせえええええええええ!!!!」

 「おい! エル!! なんだと!! こっちは心配して飛び起きて来たら、お前は血まみれのなかにいるじゃねぇーかよ!! その返事はなんだよ!」

 「うるせえ! うるせえ! うるせえ!」
 「な、なんだと!!! お前! 公爵令嬢はそんな言葉、死んでも使わねえよ!」
 「……そうだな、じゃー公爵令嬢は死んだ方がいいじゃないか。そしたら、いっぱい使えるよな」
 「エル、お前一回死んで、公爵令嬢として、生まれ変われ!!」
 「……そうだな、できれば私もそうしたい……マティアス、今生の願いだ、オレを殺せ!」

 「……ばっ、馬鹿か? 冗談が通じねぇのかよ……。全くお前は見た目詐欺で優勝出来るよ……」

 「お前たち……いい加減にしろ」

 ギデオンがその声で二人を止める。

 ただ、エルの心は、今までにない感情に戸惑っていた。
 きっとその戸惑いがこのギデオンの胸の中に大事にしまわれていることを許しているのだと、自分で自分を納得させる。
 どう考えても自分が起こした惨劇をこの男達は、怖がって逃げ去るどころか、自分の心配をしてくるのだ。

 あの地獄の刑務所でも、あのクリド村でも……。
 自分はいつも異端であり、恐怖だった。

 海賊も、キリウス以外は、皆、オレを怖がった。

 だが、この男達は違った。
 まさか怖がられるのではなくて、心配されるなんて、考えもみなかった。

 初めての体験だった。

 「お前らって、マジ、目が節穴か、大バカ者なのか?」

 出てきた自分の無駄口に、ギデオンはただにこやかに微笑み、マティアスからは、ごつんっと頭を軽く叩かれた。

 「俺とギデオン様に、こんなに心配させんなんて、百年早いんだよ」

 エルはこの感情をどうしていいのかよくわからなかった。
 




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