扉を開けてはいないから

藤雪たすく

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手を差し伸べてくれる人

ただの友達

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クラスメイトが死んだ。

参列した葬式。
棺桶の窓は開かれない。
最期のお別れも言えない。

ただの友達。
ただ……俺が片思いしていただけの友達。

明るくて、人付き合いも良くて、勉強も運動も何でも器用にこなし、自殺なんてする要素は見当たらなかったが、事件性は見つからず彼の死んだ理由は『自殺』で片付けられた。

何故、彼は飛び降りたのか。
何故、彼の様な人が飛び降りたのか。
何故、俺みたいな奴が飛び降りないのか。

何で、何で、何で……。

家族にも、親友にもわからない彼の悩みを、ただの友達の俺がどれだけ考えても、どれだけ泣いても……答えなんか見つからなかった。

ーーーーーー

人は嫌いじゃ無いけれど……人と上手く付き合えない。

会話の答えは考えている間に会話は流れ……嫌われたくないと思えば思うほど何を話していいのか、わからなくなった。

答えられずにいるとコミュ障と呼ばれ……頑張って話そうとするほど、から回って悪循環を繰り返し……誰も話しかけてはくれなくなった。

仲良くしたいのに……方法がわからない。
嫌われたくないと思う気持ちがいけないのか。だからといって嫌われてもいいから自分の気持ちを伝えるなんて頭でわかってても上手く行かない。

憂鬱に先生の身勝手な『好きな様に話し合って班を組んで下さい』という校外学習の班決めの様子を眺めていた。

どうせ最後まで残って『何処か空いてる班』と先生に背中を押されながら入れられ、ハブられ、なんとなく班の後ろをついていくだけ……。

高校に入り……俺の心は大分擦れていた。
努力は報われるものじゃない。これ以上の報われない努力は心を折るだけ。

ぼんやりと窓の外に顔を向けた時……。

御園みそのは、もう入る班決まってる?」

俺の机に腕を乗せ見上げてきた人物。
雑賀さいが つかさ
いつも友達に囲まれていて、明るくて……俺とは真逆にいる人。

「雑賀……くん」

驚いてその名を呼ぶとにっと笑われた。
心臓が途端にバクバクと音を立てはじめ……何か言葉を続けなくてはと緊張で手が震え出す。

「決まってないなら一緒の班にならないか?」

何で……何で俺なんかに?

「えっと……あの……」

声が掠れて上手く喋れない。
それでも雑賀君はにこにこしながら返事を待ってくれている。

「ぉ……お願いします……」

「やった!!じゃあ決まりな!!」

雑賀君は笑顔で手のひらをこちらに向けてきた。
は……ハイタッチ!?
レベルの高いその行動に躊躇いながら指先で触れた。

「よろしく……」

俺の決死の覚悟のタッチに目を見開いて驚いた顔を見せた雑賀君は満面の笑みで笑った。

「よろしくな!!ずっと御園と話してみたいと思ってたんだ!!すげぇ楽しみ!!」

そう言って手を振って、いつも一緒にいる友達の元へ帰って行った。

一人だけ足りなかったのかもしれない。
前もって先生によろしくされていたのかもしれない。
当日の班行動では置いて行かれるかもしれない。
それでも……それでも胸の中は喜びでいっぱいだった。

憂鬱で仕方のないこの時間がこんなに早く終わってくれるなんて、嘘でも俺と話してみたかったとか……楽しみだとか……叫び出したいくらいの感動を押さえながら、先程とは違った気持ちで窓の外に目を向けた。

ーーーーーー

今日は朝からわくわくしていた。
団体行動の行事が楽しみなんて初めてかも……。

学校についてドキドキしながら雑賀君に近づいて……立ち止まる。

同じ班の人と話していて……何て入っていけばいいのか。おはようって言って無視されたらどうしよう……。
散々迷って、意を決して顔を上げた時、目の前に雑賀君が立っていた。

「おはよ。晴れて良かったな」

朝に相応しい爽やかな笑顔で挨拶されて言葉が詰まった。
早く何か言わなきゃと思うほど掠れた声しか出ない。

大体無視されたと、ちょっと不機嫌な顔をして去って行くのに……雑賀君はずっとにこにこ笑いながら俺を見ていた。
焦らなくても大丈夫……大丈夫。
気持ちを落ち着かせながらゆっくりと言葉を吐き出した。

「……おはよ……良い天気だね」

「そうだな。バスもう乗っていいんだってさ、早いもの勝ちだから早く行こう」

雑賀君に背中を押されてバスに乗り込んだ。

「御園、窓際な」

「え?いいよ……」

なんなら補助席でも構わない……。
そう言いかけたけど雑賀君に押されて窓際の席に座らせられる。

「外の景色見るの好きなんだろ?いつも窓の外眺めてるじゃん」

別に外を眺めるのが好きという訳じゃないけど……雑賀君は笑いながら隣の席に腰を下ろした。

「隣……」

俺の隣りでいいの?他の友達は……。

「え?俺が隣なの嫌?」

目に見えて落ち込む雑賀君の顔を慌てて覗き込む。

「ごめん。嫌なんじゃなくて……友達はいいのかなって……」

「……御園だって友達じゃん。違う?」

ぶわっと風が通り過ぎた様に感情が吹きあがった。

友達って……雑賀君が……俺の事友達だって。

感動で涙が出そう……でもいきなり泣き出すとか変なヤツ過ぎるし必死におさえこんだ。

「御園?大丈夫か?」

黙り込んだ俺を心配そうに覗き込み、その手が肩に触れた。
ますます脈拍が上がり……血管が切れて血が吹き出そう。

「大丈夫……」

その手から逃げようと後ろに下がるけど窓にぶつかる。

「すげぇ……顔真っ赤……」

手が……頬に伸びてきて……ぎゅっと目を瞑って身を小さくした。

だけど、いつまでたってもその手は触れては来ない……?
ゆっくりと目を開くと、前屈みになった雑賀君の頭の上にリュックが……。

「雑賀……セクハラ禁止。御園も嫌なら嫌って言えよ。こいつ煩いから序盤で酔うぞ?」

「杉浦君、ごめん……」

同じ班の杉浦君が後ろの席からそのリュックを持ち上げる。

「あ?邪魔すんなよ、杉浦」

「お前の犯罪を未然に防いでやったんだ。感謝しろ」

「犯罪なんか犯すかよ!!」

友達のいっぱいいる雑賀君だけど杉浦君とは一番仲が良いのか、いつも一緒にいる。

「あの……杉浦君、良かったら席……替わる?」

立ち上がった俺を2人が冷めた目で見てくる。

あ……間違えた?
杉浦君と隣のほうが雑賀君も楽しいだろうと思ったんだけど。

「御園……座って……」

「面倒な事になるから断る」

着席させれられ、後ろの席から身を乗り出していた杉浦君は座席の向こうにしずんでいった。

バスが出発して……賑やかな車内。

…………あれから雑賀君はずっと黙り込んでいる。

怒らせちゃった……のかな?
ハラハラと隣を伺っていると雑賀君は大きく息を吐き出した。

「大人しくしてようと思ったけど、もう限界。せっかく御園と話せるんだし……勿体無いよな」

困った様に笑いながら雑賀君は頬をかいた。

「俺、勝手に喋ってるけど……具合悪くなったらちゃんと言えよ」

「大丈夫……乗り物は、多分強いほうだと思うし……」

俺も雑賀君と話ししたいし……楽しいお喋りが出来るかはわかんないけど。

それから雑賀君はいっぱい話をしてくれた。
俺に答えを求める時は気長に待っていてくれて……その笑顔に、俺もいつもより落ち着いて会話が出来た。

ーーーーーー

今日の校外学習のデイキャンプ。

皆で助け合ってアスレチックって……元々運動能力高くない上に引きこもってたから……当然の様に班の皆には謝りっぱなしだった。

それでも雑賀君が体を支えてくれたりタイミングを計って合図をくれたり……なんとかゴールすることが出来た。
タイムは散々で最下位に近かったけど。

疲れきった体でカレーを作らされるという過酷なスケジュール。

これ……雑賀君がいてくれなかったら本当に地獄だった……じゃが芋を剥きながら心の中で雑賀君へのお礼を並びたてた。

「お?御園慣れた手付き。料理出来んの?」

「まあ……家の手伝いぐらいなら」

学校以外はずっと家にいるし、手伝いぐらいしないと申し訳なくて母親とキッチンによく並んでいる。

「へぇ~良いね。俺付き合うなら料理好きな子が良いなって思ってさ……手作りの弁当とかすげぇ憧れる」

雑賀君の笑顔には、いちいちドキドキさせられる。

「そ……そうなんだ……雑賀君なら……きっとすぐに彼女も出来るよね」

だってこんなに優しい……こんなに格好良い。
緊張して覚束ない手付きでなんとかじゃが芋を剥きあげた。
……あれ?なんだか雑賀君……口をへの字に結んで……俺また何か余計な事言った?

「はは、手強そうだな。雑賀」

「煩ぇ……」

お米をといで戻ってきた杉浦君と坂下君が楽しそうに雑賀君の体を叩いた。

手強そう……?

雑賀君の手元には皮が半分以上残った人参。雑賀君、料理は苦手なのかもしれない。アスレチックで迷惑掛けたお礼が出来るかも……。

「雑賀君、野菜は俺がやっておくから……杉浦君達の火起こしを手伝ってきていいよ?」

俺の言葉に益々眉間に皺を寄せながら……「わかった」と呟き、雑賀君は杉浦君達とコンロの方へ向かっていった。

体を使うの慣れてなくて、もう体が重くてしんどいけど……頑張ろう!!と野菜たちと戦った。

なんとか出来上がったカレーに雑賀君も他の皆も美味しそうな笑顔で、こんなに楽しい学校行事は初めてだった。

帰りのバスの中、体力が違うのか、楽しそうに話す雑賀君の声を聞きながらコクリ……コクリと船を漕ぐ。

駄目だ駄目だと眠気と戦った。

「御園……眠い?」

なんだか雑賀君の声も遠く聞こえる。

「ん……昨日……楽しみで眠れなくて……」

雑賀君の笑い声……。

「前に倒れたら危ないよ……着いたら起こすから……寝てなよ」

体が引っ張られグラリと倒れ……頬に温もりを感じる。
ぼやけた視界に雑賀君の肩が見えた。
肩……貸してくれたんだ……やっぱり雑賀君は……優しいな。

心地よいバスの揺れと雑賀君の温もりを感じながら、俺は気持ち良く眠りに落ちていった。

今日だけじゃなくて……雑賀君とこれからも仲良く出来たら良いな。そしたら……残りの高校生活だって楽しくて、思い出すのが幸せな青春ってものを俺も送れるかもな。


その一週間後……雑賀君はこの世を去った。
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