扉を開けてはいないから

藤雪たすく

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森へ

さようなら

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「そこで何をしている……」

そういった男の手には大きな剣が握られていた。

ライさんの剣よりも何倍も大きな、斬る目的ではなく叩き潰す為にあるような剣。それを軽々と振りあげて肩に担いだ。

「初めまして。俺はユーク国のフュラ・ユイヴィール、ライです。ボレアス国のフュラ・ユイヴィールの方ですよね?」

にこやかに自己紹介をするが、俺を抱く手には力が籠もっていた。
それもそのはず……俺にでもわかるぐらい敵意を剥き出しにぶつけられている。

「フュラ・ユイヴィール?……ならが聖女だとでも?嘘をつくならもっとまともな嘘をつけ……魔物」

それ扱いなうえに魔物扱いされてる。
感情の無い目は街の人達の懐疑的な瞳よりも鋭く突き刺さってきた。

雑賀君なのか?これが?
こんな冷たい目……雑賀君は……雑賀君は……。

……雑賀君は?

一つの答えに……愕然としていた俺の体をライさんが後ろへ押した。

「隠れてて……」

よろけて尻餅をついた俺の前でボレアス国のフュラ・ユイヴィールの大剣がライさんに向けて振り下ろされた。

「ライさんっ!!」

「大丈夫、大丈夫……御園君の大切な人を傷付けたりしないよ……モルテにも他国のフュラ・ユイヴィールを殺すなんてそれこそ大罪だと注意されたし……ね……」

ライさんは剣で攻撃を受け止めたけど、明らかに押されてる……ライさんは辛そうに眉間に皺を寄せながら、それでも笑顔で大丈夫と安心させるように笑顔を作った。

助けたいけど……俺に何ができる訳でも無い。

俺が飛び出して標的にされればライさんは俺を庇いながら戦わなければいけないし、もし俺が死ねばライさんも死ぬ。

大人しく二人の戦いを見守るしか出来なかった。

「魔物じゃ無いって言ってるだろ!!」

「本物のフュラ・ユイヴィールなら聖女を連れているはずだ」

金属のぶつかり合う音が響き、時折小さな爆発が起こる。
俺には見えないけれど魔法で戦っているのかも……攻撃を受けていないはずのライさんの頬や腕から血が飛び散る。

「ラ……ライさん……」

「出てきちゃ駄目だ!!」

隠れていた木の陰から飛び出しかけて大きな声で制止された。
ライさんの肩は大きく揺れていて疲労がみえる。

ライさんが放ったであろう攻撃は全て相手の目の前で爆発を起こし、辛うじてつけた傷も見る間に塞がっていく……空に浮いて戦況を見ている聖女のサポートか……。

ライさんは俺を気遣ってボレアス国のフュラ・ユイヴィールをなるべく傷つけないようにしているけど……あっちは、はなから魔物と決めつけ全力で攻撃を向けてくる。

勝ち目なんてあるわけない。

俺が雑賀君にお別れを言いたいなんて願ったから。俺が聖女じゃないから……。

申し訳なさと悔しさで、木の幹を握りしめ爪を立てた。

「なるほど左手はまともに使えないのか」

ボレアス国のフュラ・ユイヴィールはそういってライさんの左側から大きく斬り込んだ。ライさんは右手一本で剣を振って攻撃を受け止めようとするが受け止めきれずに大きく吹き飛ばされた。

左……腕……?

『聖女様なら最高等魔法でライの左腕も……』

モルテさんの言葉と……窓をくぐった後の焼け焦げたライさんの腕が脳裏に浮かんだ。

俺の……せい?

窓からいきなり現れた影に聖女になれなんて言われてふざけるなと思っていた時も。
この世界に連れて来られて、これが俺の運命かと自棄になっていた時も。
この人はずっとずっと俺に優しい気持ちを向けていてくれたのに。
俺は与えられ奪うばかりで何も返せていない。

「随分手こずらせてくれた」

ボレアス国のフュラ・ユイヴィールの目が冷たく光って、倒れたライさんの前で思い切り剣を振り上げた。

人の話を聞き入れる心すらない。

あれは誰だ?
雑賀君なのか?
雑賀君だったとしても……俺の知ってる雑賀君ではない。
もう……もう彼はいない……あの優しく明るい笑顔はもう見る事は出来ないのかもしれない。

扉は残酷だ……あんな優しかった人に人殺しをさせようとしている。

「死ね……魔物」

死刑宣告と共に天を突き刺していた剣が振り下ろされた。

「駄目だっ!!」

飛び出した俺の瞳に映ったのは、振り下ろされた剣がライさんを包む光のドームに弾き返される場面。

そして光のドームが形を変え、ヤマアラシの様に無数の棘を生やし、ボレアス国のフュラ・ユイヴィールと聖女を突き刺すのを俺は見下ろしていた。

二人の体が地に崩れ落ちた姿が少しずつ小さくなっていく。

俺は……浮いてる?
何処まで浮いて行ってしまうのか、ライさんの元へ戻ろうと足掻くけれど、体はどんどん空へと向かって行く。

「……御園君」

こっちを見上げたライさんが地を蹴り、大木の枝を蹴り、俺の腕を掴んで着地すると急いでその場から離れた。

振り返ると、ボレアス国のフュラ・ユイヴィールが聖女を抱き起こしていた。死んではいなかった事に一先ず安堵の溜め息を吐き……唇を噛みしめて息を飲み込んだ。

雑賀君……さようなら。


感じた事の無いスピード感で木々の間をぬって走り抜ける。

「ライさん……これって……」

「話は後。彼らが回復する前に出来るだけ遠くへ離れるんだ」

俺の手を引いたままライさんは後ろを振り返らず、ただひたすら走った。
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