駆け抜けて異世界

藤雪たすく

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異世界を超えて

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「……最悪だ」

あのまま死にたかったのに、俺は目を覚ましてしまった。
見上げているのは木張りの天井、血溜まりの中ではなくどこかのベッド。
助けられた……わけはない。あのダンジョンに挑める冒険者などそういない……俺をここに運んだのはおそらく……。

「気がつきましたか!?」

「殺す……」

入室して、俺と目が合うなり嬉しそうに近づこうとしてきた男を目で制す。
本当はベッドから飛び起きようとしたのだが、体が動かなかった。回復を全くしてない……今までどんな魔物と戦ってきても瀕死の状態に陥ってもスキルが切れることなんてなかったのに。

「ルカさん……すみませんでした!!」

勢いよく土下座をする男、昨日の凶行を行った男と同一人物とは思えないほど微弱なオーラ。

「よく俺の前にその面を晒せたな……謝って許されるなんて本気で思ってるのか」

今すぐ殺してやりたいが、腕一本動かせない。顔と視線を向けるのがやっとな情けない状況。

「あの……その……俺……」

うじうじと口籠る姿にイライラが積もっていく。早く動けるまで回復しろ。

「食事作って来たんで……あの……」

体が動かないのがわかっているのか、ベッド脇に椅子を移動させて座った男は一口大に切られた肉をフォークで刺して差し出してきた。

「…………」

「回復の薬草をまぶして焼いた肉です、食べれば動けるように回復できると思うんで……」

口を開けて肉を受け取り……そのまま肉を男の顔に向けて吐き飛ばしてやった。

「お前の作った物など食えるか」

「……へぇ、昨日は俺の下でアンアン鳴いてたクセに……下のお口に直接魔力を注ぎ込んでやろうか?」

……出て来やがったな。
安物のベッドはあいつが覆いかぶさってきて、身を動かす度にギシギシと音を立てた。

「生憎俺の口は一つだ……それよりお前らは何者だ?目的は侵略か?殺戮か?」

「さぁ?一昨日この世界に飛ばされてきたばかりだからなぁ……あえて言えば『自由に生きる』?」

この世界に飛ばされてきた?何を言ってるんだ?

「俺はこの世界の人間じゃない、別の世界からきた……異世界人ってヤツだな。それとついでに訂正しておくなら俺は奏、奏も俺、別人格とかでもなく一人の人間だ。まだちょっと不安定だけどな」

異世界……やはり頭のおかしいやつか。
侵略などを目的にしているわけではないようだが……野放しにしていい奴ではないのは昨日身を以て思い知らされたばかり。

「そんな怯えた目で見られたらまた楽しみたくなっちゃうなぁ……まあ、今日はいいや。昨日いっぱい楽しませてもらったからね。ルカちゃんの回復が復活するまで仲良くなれるように、自己紹介でもしちゃおっかなぁ」

この男は俺のスキルのことを理解してる、俺がSランク冒険者な事も知っていたし……『鑑定』持ちか?

「俺の名前は増永ますなが かなで。地球から異世界に召喚された勇者だよ」

「は……?」

「その顔、信じてないねぇ。当然だよね、ただの学生だった俺が勇者とか俺自身信じられねぇもん」

勇者とは世界を滅ぼそうとする魔物の王を討ち、この世の平和を守るもの……この男はそれとは対局、むしろ魔王。本人もそう言っていなかったか?

「俺はその世界のために頑張ったよ?平和な世界にいたのにいきなり魔族を殺せ、魔族を殺せって武器を持たされ厳しい修行をさせられて……勇者だからってオークみたいな姫と無理やり婚約させられるし、魔物に襲われた村を助けに行けば、助けが間に合わなかった遺族たちから勇者のくせに何故助けられなかったんだと石を投げられ……勇者だから勇者だからと全てを我慢させられて」

「嘘だな……勇者が召喚されたなんて話はどこの国でも聞いていない」

世界を旅している俺の耳に入ってこないなんて事はないはず、そもそも魔王だって500年前に滅ぼされている。

「まあまあ……そんで、努力の末にさ。ついに魔王討伐って魔王城に攻め込んだんだけど、魔王はどうだ?美女に囲まれ魔王様、魔王様崇められて、美味い飯をたらふく食って……俺なんて調味料もないただ肉を焼いただけの野営飯ばっかだぜ?女の子とちょっと仲良くしたら、ブチギレオーク姫がその子を処刑しちまう。それでさ……魔王を倒した時に俺は思っちゃったわけ、魔王になりたいってね。んで魔王倒した後に出現したゲートに『これで地球に帰れる』と喜んで飛び込んだら……この世界に飛ばされてた『魔王降臨』ってスキルを持って」

「それで?同情してくれと?そんな話で俺にしたことは……」

この男の境遇を哀れと思う部分もあれど、だからと言って許せる行いではない。

「魔王降臨のスキルのせいでさ、欲望にちょっと忠実になっちゃうんだよね。今まで抑圧されてきた分の反動もあるのかもだけど…… それでルカちゃんに無理させたとは思うけど許してなんて思ってないね。あれは正々堂々と戦って奪った戦利品、先に奇襲で俺を殺そうとしたのはルカちゃんでしょ?俺の話も聞かず斬りかかって来たじゃん……正当防衛」

弱肉強食……魔物と戦っていればそれは日常、負ければ血肉を食われ、色を好む魔物に犯されることも苗床とされることも、確かにそんな世界で俺は食っていて生活しているが……うっと言葉に詰まる。

少し回復を始めた体を無理やり起き上がらせる。

「次は勝つ……勝って、殺す」

男が伸ばしてきた手に体がビクッと恐怖する。こんなので次は勝つとか……情けないほどの強がり、本当はこの男が怖くて仕方ない。

男の手が俺に触れる前に、男は自身の手に思い切り噛み付いた。俺がどれだけ攻撃しても傷つけられなかったその身から血が流れる。

「ルカさん昨日は大事な武器を壊してしまってすみませんでした。装備も……これ……お金なくて、俺が作った物ですけど……俺はもうルカさんに近づかないようにしますので、謝って済む問題じゃないのもわかってます!!でも……本当にごめんなさい!!お元気で!!」

男は装備を一式ベッドの脇に置くと部屋を飛び出していった。

なんだったんだあの男は……。

「泣きたいのはこっちだ……」

男の言葉を信じた訳ではないが、フリックス達人間をあいつは殺めなかった。
どうせ俺の力ではあの男を止められはしない……。

「さっさとこんな街、離れよう……」
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