駆け抜けて異世界

藤雪たすく

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証人は語る

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「……史上最悪の目覚めだ」

身体に毛布を掛けられてはいたが、魔王の膝の上、奴に身体を預け裸で抱き合った格好のまま目を覚ました。
風呂がある訳でもない野外で、あれだけ互いに吐き出したモノは全て綺麗になっていた事に昨夜の事は夢だったと思いたかったが、この男は清浄系の魔法でも持っているんだろうと逃げられない現実に納得。

「俺は最高の目覚めだけどな」

「貴様は一生寝てろ」

男から離れようと体を起こすが、足腰に力が入らず地に崩れ落ちる。
またスキル切れか……頭が鈍い痛みで重い、背骨にも腰にも響く鈍痛でもう体を起こすのも億劫になる……が、腹は減る。夕飯を邪魔されたんだったと思い返した流れで昨夜の痴戯を思い出し自己嫌悪に陥る。

記憶は途中まで……最初の方だけか?あるにはあるが曖昧な部分が大半で、記憶にほとんどないことが恐ろしい。

「貴様なんて……昨日はあんな可愛く『奏』って呼んで求めて甘えてくれたのになぁ」

「俺にはお前を殺したいと思った記憶しかない」

毛布にくるまったままアイテムバッグまで這いずって中から昨夜のソーセージパンを取り出してかぶり付く。

完璧な仕上がりで絶品のはずだったそれの味すら感じないぐらい気力がないが、回復を早める為に無感動に摂取していたソーセージパンを半分ほど食べたところで横から奪われる。

「うま……ルカちゃんの手作り?料理までできるなんて俺の嫁最高だろ……」

わざわざ人の物を奪わなくてもこいつなら十分食えるだけ稼げるだろうに……しかし群れのボスに敗者が理不尽に食糧を奪われるのは自然の摂理。

「お前の嫁じゃないし、お前の嫁になる未来もない」

どうせ奪われるなら、焼いておいたソーセージとパンとスープを鍋ごと取り出し、皿に自分の分だけよそって朝食を進める……燻製肉入りのスープの優しさが身に沁みる。案の定魔王は勝手に自分の分を自前の皿に取って食べては、理解不能な思考回路でどうでもいい事をほざいている。

『女神の祝福』も復活したな……頭も体も大分軽くなってきた。

食器をそのままアイテムボックスにしまい衣服を身につけている間に邪魔をされるでも、そのまま立ち去ろうとする俺を引き止めようとするでもない。気分次第。その時々、目の前に手頃なおもちゃがあれば遊んでみる程度の、奴にとっては何の脅威にもならない程度の存在なのだと扱われている事が悔しく……歯を噛み締める。
数少ないSランク冒険者としてプライドはあった。自分の力に自信もあった。

ねじ伏せられ、物の様に扱われ犯される行為よりも……自分が努力をして積み上げてきた事が全て無駄な事だった様に感じさせられる事が一番、悔しかった。

「ルカちゃん、ごちそうさま」

何に対してのご馳走様なのか読み取れない底の知れない邪悪な笑顔。

「…………」

開きかけた口を固く結び、奴に背中を見せて地を蹴った。

俺は何を言おうとした?

顔に当たる風が、涙を散らしていった。

ーーーーーー

テネハグラス国には高難易度のダンジョンが多く、凶暴な魔物も多いので自然とランクの高い冒険者が集まる。初心者の冒険者は少ないが中級の冒険者も一攫千金を夢見て集まってきているので、冒険者の落とす金で潤っている街が多い。
ルルケーヤの沼地にあるダンジョンが攻略されたという噂を聞いて、近くのモサレドの街までやってきてみたのだが、街は英雄の誕生のような賑わいをみせていた。ナキワルドのダンジョンが単純に魔物の強さならルルケーヤのダンジョンは魔物の強さもさることながら、階層が深く、階層ごとに地形が変わり……攻略するなら年単位と言われる程とにかく厄介で攻略が滞っていた。

【とある農家の一人暮らしのおばあちゃんの証言】
「たくさんの依頼がある中で、高い依頼量なんて出せない雑用なんて誰も受けてくれないのにねぇ……それなのに嫌な顔一つせずに受けてくれて、家まで送ってくれた後には家の補修まで手伝ってくれてとてもいい子よ」

【とある宿屋の女将の証言】
「本当に美味しそうに気持ちよく食べてくれるし、他の冒険者みたいに酔って暴れることはないし部屋も綺麗に使ってくれるし助かってるよ。依頼のない日は宿の掃除を手伝ってくれて、あと10歳若ければ娘の婿にお願いしたいね」

【とある駆け出し冒険者の証言】
「いや、すごかったっすよ!!あのブルーファングベアを一刀両断、エンペラーデスバットの群れを一瞬で焼き払う湯よさ!!致命傷を負って動けなかった俺たちに惜しげもなく上級のポーションを使ってくれる見返りを求めない優しさ!!あの人こそ伝説の勇者に違いないです!!」

【冒険者ギルド モサレド支部 受付嬢の証言】
「カナデさんは今一番注目されている冒険者様ですよ。Fランクから数ヶ月でBランクにまで上り詰め……今回のことでAランクへの昇進は確実。実力者なのに偉ぶることもなく、私達にも丁寧に話しかけてくれますし……ここだけの話、結婚相手として狙っているギルド職員もたくさんいるんですよ」


踏破したという男の外見の特徴を聞く限りあの男に間違いないと思うのだが。
おかしい……俺と街の住人達とで印象がまるで異なるんだが?
てか、あいつまだB級なのか……ギルドのランクなんて当てにならないもんだ。
あいつが勇者?とんでもない、あの中身は魔王だ。弱者を甚振り嬲る荒ぶる強者。

久しぶりに人のいる街に滞在しているが、どこに行ってもあの男の話を聞かされて非常に不愉快だ、だが。
噂の勇者様は既に南方の王都ヴラツナへ向かったと聞いている。奴の噂など耳にもしたくないが、あちらの動向を探って避けるには有名になってくれて助かるかもしれない。

モサレド名物と紹介されたククの葉の包み焼きをフォークに刺して一口頬張る。
ククはクセの強い独特な香りのある葉だが、こうして肉に巻いて焼いてやると獣臭くて人気のないラムンダの肉も旨く食えるもんだな……ククの葉が焼いてこの香りになるならラムンダじゃなくさっぱりした鳥系の肉でも試してみたい。チーズをバジリスクの肉で巻いてからククの葉を巻いて焼いたら……。

「よし……バジリスクを狩りに行こう」

想像しただけで口の中に涎がでそうになるのを堪えて立ち上がった。
バジリスクは胴と尾の部分で全く異なる味わいの肉を楽しめる。
今なら産卵期で卵も手に入るかもな、バジリスクの卵はいろんな魔物の卵の中でも最高級品……茹でただけでも美味しいけどベーコンをたっぷり使ったオムレツも良い。

バジリスクは奴が向かった王都とは逆、国の北側に位置するジャゲルナの巨木山脈に生息しているから奴とも離れられるな。ついでにバジリスクの素材は良い値で買い取ってもらえるし良いことずくめだ。

嫌なことは美味いものを食って忘れる、それが母の教えだ。
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