駆け抜けて異世界

藤雪たすく

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怪しい者ですと名乗る不審者はいない

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何のチェックもなく、馬車は門を通過する……門番もグルか。
目的地はここから馬車で2日程のグリゴード領のジダンジャの街……暇過ぎる。話し相手もおらずただ一点を見つめるだけの時間が苦痛過ぎる。パンとスープを与えられて他の子どもと同じ様に感情なく食べるが、不味過ぎて吹き出すかと思った……茹でバジリスクのサンドが食べたい。

2日……我慢出来るかなぁ。

平和だなぁ、つまんないなぁ……そう思っていた俺を殴ってやりたいと、思う事件が2日後に待っていた。

街へ入り領主の館とやらが近づいてきて、やっと辛抱も終わり、これからどうしようかと考えていると、前方がにわかに騒がしくなった。

「影渡りのジャーク!!まさか本当にお前が関与していたとは……嘆かわしい!!『聖光の導き』のゼルトがお前の悪事に引導を渡してやろう!!」

「はははははっ!!何が引導だ!!死ぬのはお前らだっ!!」

やっぱり冒険者ギルドが既に手を回していたか、領主の館は既に制圧済みらしい。
『聖光の導き』なぁ……正義感の塊みたいな奴らの集まりで、まぁあいつらなら鼻息荒く参加してくるだろうな。

交戦が始まったのか金属のぶつかる音やら爆発音やらが聞こえて馬車も揺れる。

この子ら全員守りながら戦うのは無理だろうなと思っていたが、援軍が来たなら俺もそろそろ暴れてやるかと立ち上がると馬車の幌が捲られた。

「みんな大丈夫!?俺は冒険者ギルドから派遣されて助けに来たんだ、敵じゃない、恐くないよ。さぁこっちへ」

嘘です!!敵です!!恐いです!!
マズい、マズい、マズいっ!!

一人ずつ子どもを馬車から降ろして他の冒険者へ預けていく男の姿に……立ち尽くしながらも内心焦りまくって切り抜ける方法を必死に考えていた為に反応が遅れた。

近くで爆発が起きて、馬車が大きく傾き身体がよろけて……。

「大丈夫!?」

固い胸板に抱きとめられる……くそっヘマしてんな、ゼルト!!

そうだ、隷属掛けられた子どものフリだ。
無言に徹してバレない様に奴の胸に顔を埋めていたのだが……。

「さぁ……お家に帰ろ……ル……ルカさん?」

バレた。抱き上げられてバレた。見つめてくる視線を無表情で空を凝視して回避しようと試みるも胸中は冷や汗でいっぱいだ。

「あの……クソ領主……俺のルカちゃんに……」

いつ俺がお前の物になったよ!?俺からしたらクソ領主もお前も変わらん!!

しかし目の前の魔王の瞳はこれまでになく赤い光を滾らせて、ゴゴゴゴゴッと音が聞こえそうな程のなんか魔力が溢れ出ている。
お子様もいるんだぞ!?お前の殺戮ショーなんてお見せしたら駄目だろ!!

「待て……潜入捜査だ。囮だよ、囮」

奴の腕の中から飛び降りると馬車の幌の隙間から外の様子を伺う。ジャークが最後の抵抗とばかりに大暴れしてくれているおかげで周囲の注目はそちらに向いている。よくやった、ジャーク。

他の奴らが華々しく活躍しているのに、俺だけこんな無駄な格好までして馬車に揺られていただけなんてダサ過ぎ……姿を見られず立ち去るなら今だ。

馬車から飛び降りて見物人達の合間をすり抜けてこの場を後にした。

ーーーーーー

「ん~……っ!!」

馬車に揺られ続け凝り固まっていた身体を伸ばす……さぁ、歩いてお家に帰ろうか。

「ルカさん!!何処へ行くんですか!!」

駆け出しかけた腕を掴まれる。

「何処って、家に帰るんだよ。お前はなんでここにいんの?後処理しなくていいのか?」

「家……?あの……俺は……臨時のサポートなんで、後の事は先輩方に任せてきました。それより!!大丈夫なんですか?」

先輩方……俺も一応お前の先輩なんだが?

「俺……ちょっと怒ってるんですからね!!こんな自分の身を危険に晒して!!隷属の首輪なんて……本当に大丈夫なんですか?」

「散々人の事を甚振ってきてくれたお前が言うか?」

お前と一緒にいる事以上に危険な事なんて無いと断言出来る。

「それは……そうなんですけど……もし万が一にも操られたりして、あんな事やそんな事を……」

「こんなチンケな魔力しか籠もってない首輪なんて俺には効かない……」

着けたままだったのを忘れていたぐらいだ。外そうと首輪に手を伸ばすが、それより先に奴の両手が首輪に添えられた。

「じゃあさ……俺の魔力を注いだら、これどうなっちゃうの?」

「ちょっ!!待っっっ!!」

首輪から激しいほどに赤い光が発せられる。
急いで首輪を外そうと思ったが……目眩に襲われて平衡感覚を奪われる。上も下も右も左もあやふやになり、足元が覚束ない……。

「どんな感じ?」

こいつは誰だっけ?
赤く光る瞳が美しく輝いている。
こいつは……この人は……俺の……。

「ルカちゃん大丈夫?」

そうだ……。

俺を支えてくれていた力強い手から身を離し、背筋を伸ばしてその人の前に立つ。

そう、この人は……俺の大切な……

「はい、大丈夫です。ご主人様」

心配していただける事が嬉しくて、だけど心配なんてかけたくなくて……気持ちを込めた笑顔を送った。
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