駆け抜けて異世界

藤雪たすく

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変わる想い

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夜中にふと目を覚ますと目の前にずっと、ずっと瞼の裏に焼き付いて離れなかった人の姿があった。

「母さん……」

思わず手を伸ばしその体に触れて、魔導人形だという気が付く。

「母さんは生きてる?」

答えなんて返ってくるはずはないけれど、声をかけてしまう。

「母さん……俺がやってきたこと、全部無駄だったんだって……」

母親殺し、メンバー殺し、死神と言われながらも冒険者を続け、ダンジョンに潜り続けてきた時間。それは全て無駄だった。

「無駄だったけど……なんでか悔しくないんだ」

その旅の果てに奏と出会って「母さんは生きて別の世界で暮らしている」という答えに辿り着けたからだろうか。
奏が父さんとの蟠りも解してくれたからだろうか?

「母さん、ずっと大好き」

忘れない。母さんの事はずっと忘れない。
でも、俺も俺の人生を生きるから……母さんもそっちの世界で楽しんで……。

冷たい魔導人形だけど、握離続ける手は次第に俺の体温と同じになってきた。

ーーーーーー

「……おはよう」

一階に降りるとヴァレリーが朝食の準備をしていて、席には奏だけが座っていた。

「おはよう。ルカさん」

「ルカ様おはようございます。久しぶりの我が家は寛げましたか?」

「うん……父さんとクロードは?」

どんな顔をしたら良いのかドキドキしながら起きてきたので、ホッとした様なガッカリした様な複雑な気持ちで奏の隣に座る。

「昨日遅くまでっていうか、朝まで飲みすぎちゃって。ルカちゃんが戻ってきてくれたのがよっぽど嬉しかったんだろうね。ゆっくり寝かせてあげよう。さすがに昼には起きてくると思うから」

「朝食すまされたら街を見て回られたらどうですか?今は建国祭の期間なので市場も各国から商人が集まってきていて賑やかですよ」

「それは面白そうですね。あとでルカさんと一緒に行ってみます」

ヴァレリーの用意してくれた朝食を食べて、奏と王都観光をする事となったがもう何年も立ち寄ることのなかった街はすっかり様変わりをしていて、俺にとっても新鮮だった。

「奏、調味料を扱ってる店がある。あれだけあればお前の知っている物に近い物もあるんじゃないか?」

奏はよくウスターソースとか味噌とかマヨネーズとかを口にするのだが、奏がそのソースの作り方を知らないし俺はその味を知らないしで、再現のしようがないのだ。

「味見とかさせてもらえるのかな。名前だけ聞いてもわかんないよね」

商品を覗いてみると様々なソースが並んでいる。

「確かにそうだな……一通り全部買ってあとで試してみてもいいが……」

「贅沢な大人買いだね。でもここで一つ一つ確かめさせてもらうのも悪いし他も見て回りたいもんね。すみません、ここに並んである物一つづつ全種をいただけますか?」

「全部かい?兄さんたち羽振りが良いねぇ。ちょいと待ってくれよ」

商品を用意してもらいアイテムバッグにしまうと次の店へ、そうしてお互い気になる店を周りながら気がつけばもう昼過ぎだった。

「お昼はせっかくだし街で食べてくるかもとヴァレリーさんには伝えてあるから大丈夫だよ。せっかくだし屋台メシ堪能しようよ。さっきから気になる匂いの漂ってくるお店があったんだよね」

奏に手を引かれて一つの屋台の列に並ぶ。

「ミルタリか……メソカウィ諸島には最近行ってなかったから久しぶりだ」

ミルタリと一言に言っても店によって味が全く違うので初見の店に寄るのは賭けに近い。気に入った店を探すのも楽しみの一つなのだろうが。

広場の中央には休憩用のテーブルがいくつも並んでいて、魔導具から明るい音楽が終始流れていて賑やかさに花を添えている。ちょうど空いたテーブルに座って買ってきたミルタリを広げる。俺の物が『甘口』で奏の物が『中辛』の持ったりとした香辛料たっぷりの辛めのスープを平パンで掬って食べる。
奏は嬉しそうにパンを千切った、よほど気になっていたのだろう。

「辛っ!!辛いけど、うまぁ……あーナンじゃなくてご飯にかけて食べてたい!!ルカちゃんの甘口の方も貰うね」

「これも食べたかった物か?」

「うん。やっぱりカレーだよね!!本格的っぽくって、俺には甘口の方が食べやすい辛さかな」

ミルタリは店によってはバカみたいな辛さの店もあるからな。ユルネドール王都に出店ということで辛さの種類を用意したのだろう。

「カレーか、これをご飯にかけて食べるのか?そうだ、ルリスの実も買っておかないとな」

「ルリスの実はユルネドール王都の特産なの?」

「特産というか……ユルネドール王国にだけ自生する雑草?茎の部分を干して家畜の餌にするんだが、その余った実が勿体無いからって程度の認識……値段なんてあって無いようなもんだし大量に買い込めるぞ」

自分の思い出の主食が雑草扱いだったのがショックだったのか、あんなに美味しいのにと落ち込んでいる。

市場を一周一通り巡り、ミルタリを自分で作って見ようと数種類の香辛料を買い込んだり、食器を買胃揃えたりなかなか充実した時間を過ごせ、そのまま農業ギルドへ向かった。

ルリスの実は普通の店で扱っている事はほとんどなく、農業ギルドで有り余っていた物のほとんどを買い取らせてもらって、奏もルリスの実の備蓄ができたと喜んでいて、お互い楽しい気分で家路に着いた。

「今日は楽しかったね。調味料、当たりがあると良いなぁ」

「奏……母さんは本当に生きてると思うか?」

奏の話ではここに来る前の世界は奏にとって辛い世界だったらしい。

「きっと、絶対生きてるよ。その為の力だってあると思うし、ルカちゃんのお母さんだしね。俺より絶対強い……俺がこの世界でルカちゃんと出会えてさ、楽しく生きてることが、お母さんも別の世界で楽しく生きているんだって証になったりしないかな?」

奏は初めて会った時からかなり変わったと思う。
楽しそうに笑う。あの頃の人を馬鹿にし見下して笑う姿とは違う。
生まれた世界、前の世界の事はわからないけれど、今この世界を楽しんで生きている感じがする。
それが俺に出会ってそうなってくれたというなら……。

「そうか……そうだな。それ、いいな」

母さんも、新しい世界で新しい仲間と出会って楽しんでくれてるといいな。
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