52 / 80
Case.04 心情
東都 中央地区α+ 四月六日 午後一時二十七分
しおりを挟む
借りた一室からこの場所に来て約五時間。
管理室の受付窓から外を覗いても、人の往来は疎らでマンションに入ってくる気配はない。
「さすがにこれはなかなか…」
内線での呼び出しで上階渡り廊下の電球交換には行ったが、それ以外は特に来客もなく平和な時間が流れ続けている。
携帯端末の画面に立ち上げたSNSを適当に読み流し、興味を引いた短文にチェックマークを入れつつ、有り余る時間に思わず愚痴を落として息を抜く。
家主の片割れ曰く、元々は週二・三回ほど派遣を呼ぶ予定だったらしいが、毎回違う人間が来る上に最低限の作業すらもせずに帰る者も少なくないという。
疾風が居ない間の学童保育指導員として動く分、それなりにやることはある。「無駄な金を使うなら自分を使え」と疾斗へ言ったのも月原自身で、そこに対しての問題はない。
ただ、此処に座って応対するだけで給与がもらえるなら、派遣された人間が仕事をしたくなくなるのも分からなくはない。
(早けりゃ昼前に終わるとは言ってたが…あのカメラマン、疾斗ちゃん大好きすぎちゃって長引かせっからなぁ……)
実の兄と共に東都一の請負人でもある彼は、本来の身分を隠して一般請負人であることを装い、しかもそれを副業の扱いとした上で被写体業の世界に身を置いている。
疾風から聞いた話では、今の地位に立ってからは丸一日休みという日は月に三回有れば良い方で、それ以外は短時間であろうとも仕事を入れているのだという。本来ならば多少なり表情や感情の起伏に現れてもおかしくはないが、移動中の車内転寝以外はそんな状態になっているのを見せたことがない。
指名を受けたばかりの当時、程々に仕事が出来ればいいと思っていた月原は衝撃を受けて考え方を改めた程だ。
据置型端末に届いた定期連絡を印刷に掛けつつ夕方にやってくる子ども達に配るプリント用紙を作ろうと、机に積まれた小学生向けの参考書を開く。
名簿に書かれた名前と学年の確認を取り、記載された問題内容を基に難易度を調整して一枚の紙に書き連ねる。
数ページに及ぶ報告書の出力終了を告げる信号音と同時にペンを置き首を上げれば、玄関ホールの自動扉が開いて見慣れた紫髪が視界へと映った。
「飯と頼まれた物だ」
「どーも。お、岐津禰屋のカツ煮弁当とは。座ってるだけだってのにありがたいねェ…」
「座っているだけで済んでいる方が良いんだ。危うく捕まるところだった」
「よくまぁ帰れたもんで」
「いや、次の仕事があるって逃げただけだ」
間違ってはいないんだがな、と毒を吐き出した疾斗に肩を竦めて、受付窓口の記名台に載せられた買物袋と交換に報告書をバインダーに挟んで渡す。
それなりの厚みがある枚数に小首を傾げ、同僚は数枚捲って片眉を顰める。
月原が見た限りでは事務的な文面が連ねられていただけだったが、疾斗の様子からして何事かの内容を隠してあったらしい。
「月原、明後日は」
「残念ながら打ち合わせが午前中から。まあ、午後にゃ戻れると思うが」
「したら管理室を頼む。お前が戻り次第出る」
「はいはい、仰せのままに」
管理室の受付窓から外を覗いても、人の往来は疎らでマンションに入ってくる気配はない。
「さすがにこれはなかなか…」
内線での呼び出しで上階渡り廊下の電球交換には行ったが、それ以外は特に来客もなく平和な時間が流れ続けている。
携帯端末の画面に立ち上げたSNSを適当に読み流し、興味を引いた短文にチェックマークを入れつつ、有り余る時間に思わず愚痴を落として息を抜く。
家主の片割れ曰く、元々は週二・三回ほど派遣を呼ぶ予定だったらしいが、毎回違う人間が来る上に最低限の作業すらもせずに帰る者も少なくないという。
疾風が居ない間の学童保育指導員として動く分、それなりにやることはある。「無駄な金を使うなら自分を使え」と疾斗へ言ったのも月原自身で、そこに対しての問題はない。
ただ、此処に座って応対するだけで給与がもらえるなら、派遣された人間が仕事をしたくなくなるのも分からなくはない。
(早けりゃ昼前に終わるとは言ってたが…あのカメラマン、疾斗ちゃん大好きすぎちゃって長引かせっからなぁ……)
実の兄と共に東都一の請負人でもある彼は、本来の身分を隠して一般請負人であることを装い、しかもそれを副業の扱いとした上で被写体業の世界に身を置いている。
疾風から聞いた話では、今の地位に立ってからは丸一日休みという日は月に三回有れば良い方で、それ以外は短時間であろうとも仕事を入れているのだという。本来ならば多少なり表情や感情の起伏に現れてもおかしくはないが、移動中の車内転寝以外はそんな状態になっているのを見せたことがない。
指名を受けたばかりの当時、程々に仕事が出来ればいいと思っていた月原は衝撃を受けて考え方を改めた程だ。
据置型端末に届いた定期連絡を印刷に掛けつつ夕方にやってくる子ども達に配るプリント用紙を作ろうと、机に積まれた小学生向けの参考書を開く。
名簿に書かれた名前と学年の確認を取り、記載された問題内容を基に難易度を調整して一枚の紙に書き連ねる。
数ページに及ぶ報告書の出力終了を告げる信号音と同時にペンを置き首を上げれば、玄関ホールの自動扉が開いて見慣れた紫髪が視界へと映った。
「飯と頼まれた物だ」
「どーも。お、岐津禰屋のカツ煮弁当とは。座ってるだけだってのにありがたいねェ…」
「座っているだけで済んでいる方が良いんだ。危うく捕まるところだった」
「よくまぁ帰れたもんで」
「いや、次の仕事があるって逃げただけだ」
間違ってはいないんだがな、と毒を吐き出した疾斗に肩を竦めて、受付窓口の記名台に載せられた買物袋と交換に報告書をバインダーに挟んで渡す。
それなりの厚みがある枚数に小首を傾げ、同僚は数枚捲って片眉を顰める。
月原が見た限りでは事務的な文面が連ねられていただけだったが、疾斗の様子からして何事かの内容を隠してあったらしい。
「月原、明後日は」
「残念ながら打ち合わせが午前中から。まあ、午後にゃ戻れると思うが」
「したら管理室を頼む。お前が戻り次第出る」
「はいはい、仰せのままに」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
王国の女王即位を巡るレイラとカンナの双子王女姉妹バトル
ヒロワークス
ファンタジー
豊かな大国アピル国の国王は、自らの跡継ぎに悩んでいた。長男がおらず、2人の双子姉妹しかいないからだ。
しかも、その双子姉妹レイラとカンナは、2人とも王妃の美貌を引き継ぎ、学問にも武術にも優れている。
甲乙つけがたい実力を持つ2人に、国王は、相談してどちらが女王になるか決めるよう命じる。
2人の相談は決裂し、体を使った激しいバトルで決着を図ろうとするのだった。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる