同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

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新月の夜

新月の夜

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「なァ、もう一時間」
「駄目。帰って」

 三度目だろうか。部屋を出るどころか服を着ることすら拒む男に湯で濡れたタオルを放り投げた。

 私が腕を通した袖を引っ張る手を払い、乱れた髪に指を通す。絡んで引っかかる部分に爪を刺して少しずつ解く私の様子をベッドから見ている男は下着すら履こうとしない。

「おい、親切な常連だろうが。優しくしろよな」

 首を絞めながら女を抱くのが趣味な男が親切だと言うのか。おかげでまだ喉が詰まった感覚がして声が掠れているし、頭の奥で鋭い痛みがじりじり燻っていた。

 確かにこのマックスという男は私をよく買う。だがそれは決して親切心からなどではなく、ただ単に自分より歳下で少し生意気な女の首を絞めて犯すのが好きな変態だから。

 たまたまこの娼館内で好みに一致してしまった私は、客を一人たりとも逃したくない支配人のせいでこの男を拒むことすらできない。

 両手で首を掴まれて壁に叩きつけられようと失神するほどキツく絞められようと、こいつが部屋にいる間に外へ出ることは許されない。本来であれば、こうして追い出そうとすることも許されていない。

「今日は駄目。先約があるって言ったでしょう」
「お前が予約制なんて初めて知ったぜ、キャシー」
「私をご指名のお客様はあんた以外にもいらっしゃるの。どうしてもと言われれば応じるようにしているし、あんたがそれを知らないのは一度もそんなことを言わないからよ」

 この後に来る客のために帰らされるとなると自分の獲物をかすめ取られたように思うのだろうか。放り出されていたままの粗末なコートを乱暴に引き寄せて、ポケットから取り出した硬貨を数枚、ベッドの傍に置かれたテーブルへと叩きつけた。

「買ってやるって言ってんだよ。気をつけた方がいいぜ。怒ったら加減がわからなくなっちまうだろ」

 背中を部屋の戸につけてドアノブに手を伸ばす。狭いこの部屋ではこうしなければ咄嗟に逃げることが叶わないことを嫌というほど知っている。いつもならば多少時間をかけてでも宥めてやって金をありがたく頂戴するところだが、今日ばかりはそうはいかない。

 ただ単に予約が入っているからという理由だけじゃなく、問題はその予約を入れてきた男にあった。

「……ここの支配人はお客様に随分親切だよなァ。お客様を前に逃げ出した娼婦がいると知ったら、どうなるんだ?」

 さて、どうなるだろう。

 勿論、客に殴られたとかタバコを押し付けられたなんてくだらない理由で逃げ出せば、想像したくもない処罰が待っている。

 しかしこの次に来る男に上手く取り入り、より多くの金を引き出して次の約束を取り付ければその限りではない。うちの支配人は客であればどんなクズでも大切にするが、その中にも優先順位というものがある。予約の男は金を持っているであろうことは確かだった。

 何を考えているのか全く読み取れず、今夜私を殺してしまおうと画策していそうな奴でもあるが、大したことはない。死にかけたことくらい、両手でも数え切れないほどにある。
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