同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

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新月の夜

新月の夜 四

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「……そう、私と貴方はお友達。お友達を殺すほど、悪い趣味をお持ちには見えないけど?」

 滑らかなスラックスに手をついて吐息の温度がわかる距離まで身を乗り出し、影に隠れた顔をねめつける。強く噛んだ唇からは血の味がした。

 白くまっさらな額から気持ち良く通る鼻筋。中央から端へ向かって上がっている眉は絵画の額縁のようだ。その下の大きな目はよく見れば目尻が上がっているものの、長くしなやかな睫毛がそれを隠すように降りているからか逆に垂れているようにも見える。

 右目の下、ちょうど目の中心から降りた位置に打たれた黒い点は、きっと神様が自分のお気に入りの証として授けた一雫の名誉なのだろう。

 綺麗なラインを描く薄い唇の奥に唯一血色というものが覗いていて、自身が人間であることをわざとらしく主張していた。

「なんだ、急に威勢がいいじゃないか。そっちの方が俺好みなんだがね」
「それは抱きたいくらい? それとも、抱かれたい方だったりして」
「どちらも魅力的ですぐには決められないな」

 今、ここにいるのはキャシーだ。キャシーならこうして、どんな男が相手でも億さずに強気な態度で誘うはず。

 首輪をつけるのは私で、どんなに虐げられようと後ろ手に鎖を握り続けていなければならない。男なんて生き物は、好いた女であろうと首輪をつけた相手には餌をやることすら忘れてしまうのだから。

「お友達用のサービスがあるの。いつ来たって貴方を優先するし、ただの客にはさせないこともさせてあげる。抱きたいときも抱かれたいときも、ここに来てくれれば私が相手になる」

 まずは首輪が外れたことを確認して少し平静を取り戻す。しかし、今度は腰を引き寄せられて咄嗟に一歩踏み出した。彼が腰掛けるテーブルの天板に手をついて体を支えるが、彼の長い足の間に収まってしまったこの姿勢ではほとんど抱きついているのと変わらない。

 額をマントに覆われた肩口につけ、顔を見上げることは諦めつつ次の策を練る。いよいよ身動きを封じられてしまった。

「なるほど、それがお前の交渉材料か。自分の体しか差し出すものがないとは、なんとも憐れなことだな。キャシー嬢ちゃん?」

 耳のすぐ近くで低く艶のある声が響く。絡んだままの指の側面を気ままになぞられては、輪郭を確かめながら腰に手が這った。

 じっくり、ゆっくりと、この体が支配下にあることを示すかのように。

「……貴方、手癖が少し悪いみたい」
「それは失礼」

 自分の罪が暴かれるリスクと好きなように犯せる女、どちらを取るのか迷っているのだろうか。そう信じたいが、また男は黙りこくって手慰みなのか私の体をまさぐり続けている。

 相手に困るような男にも見えないし、もしかしたら裂き心地の良さそうな部分を探しているのかもしれない。

 思っていたより人間らしい体温に香水の匂い、布越しに革手袋が這う感覚。この部屋で男とこんな触れ合い方をするのはなんだか異常だ。

 変に惑わされてしまいそうな頭を正気に戻そうと、意を決して足をさらに一歩踏み入れる。二つの体はさっきよりも密着し、完全に体重を預けた私はようやく左手をテーブルから浮かせることができた。

「私を生かしておくか悩んでるの?」
「あぁ。目撃者は消しておきたいが、今夜は人に見られすぎている。それに……ふふ、お前の見た目は気に入っている。死体にしてしまうには惜しい」

「……それならいい案がある」
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