同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

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新月の夜

新月の夜 五

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 上質な布をかき分けて、マントの下、ジャケットの下まで手を滑り込ませる。

 体のラインにぴったり合ったベストまで辿り着くと、その締まった腰に巻かれたナイフホルダーに指が触れた。きっとあの夜に血に染まっていたものと同じナイフが今夜も収められているのだろう。

 それに手を伸ばしていることにも気づきながら何も言わず行動も起こさない男の胸に頭を擦りつける。ちょうど、甘える猫がそうするように。

「一度、試してみればいい。生かしておく価値が私の体にあるかどうか」

 男はまた喉の奥でくつくつ笑う。今度は随分楽しげだ。握ったままの手には力を込めて握り返してやり、彼がそうしたように腰を撫でた。

「……そうさせてもらおう。しかし俺は綺麗好きでね。ベッドは使わずに、いいか?」
「えぇ、勿論」

 あとはいつも通り。できるかはわからないが、彼の反応を読み取りながら快楽を与えるだけ。もしくは、加減のない暴力を受け入れるか。

 楽な仕事だ。

 いつもそうしてる。ただ生まれ持っただけの女の体で男の欲を扱いて、ただの道具になる。体を差し出して心を掌握する。そうして手綱をつけてしまえば、また私の元に帰ってくるのだから。

 男の胸から顔を上げ、ナイフから手を引いて帽子のつばを摘む。そのままそれを持ち上げ、テーブルに置いて改めてその男を見据えてみれば、柔らかくウェーブした黒髪が白い肌によく映える、腹が立つほどの美丈夫だ。

 別に美醜にこだわりがあるわけではないが、こういった男が世の女たちに一度は抱かれたいなどと言わせるのだろう。

「これも、外してくれるか」

 ようやく解放された手で差し出された手首を掴み、肌と手袋の間に指を差し込んでみれば、そこには確かに熱が秘められていた。逆の手で指先から手袋を引っ張ってみると少しずつ肌が覗いてくる。

 隠れていた手は骨や血管の浮いた、紛れもなく人間の手だった。先の方には縦にも横にも幅の広い爪が乗っていて、どこもかしこも角張っている。端正な顔立ちからは少し意外なほどに男らしい。

「……で、今日はどうするの? 抱きたい?」

 もう片方の手からも同じように手袋を抜きながら尋ねた。せっかく言葉の通じる相手だ。会話から読み取れる部分があるならば、最大限に引き出させてもらおう。

「そうだな……お前に抱かれるのにも興味は尽きないが、生憎と今日は抱きたい気分でね。……少し溜まってるんだ。最後まで付き合ってくれたら、評価を上げられるかもしれないな?」

 優に関節一つ分は私よりも大きな手が先程のように腰を撫でる。手つきこそ変わらないものの、粗末な薄い生地の向こうから伝わってくる体温のせいで全く違った感覚があった。

 ざらついた声に誘われてネクタイに指をかける。ボタンを二つ外して隆起した喉を唇でなぞると、髪の隙間から忍び込んだ長い指が耳やうなじを掠めた。

 男は最後までキスをしなかったし、私の方も唇を合わせることはしなかった。その代わり、他の全てを共有するかのように体を絡め、ぽつりぽつりと言葉を交わしながら互いを感じていた。

 男の手が這ったところは毒に侵されたみたいに熱を帯びる。今までにも普通の行為を求めてきた男や執拗にこちらの快感を引き出そうとしてきた男はいたが、その誰よりも丁寧な愛撫だった。

 くすぐるように官能を煽るそれを最初こそ楽しんでいたが、いつしか私の方がテーブルに体を預ける形になっていて、気がつけば自分でも聞いたこともないような声が部屋に響いていた。
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