同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

文字の大きさ
9 / 21
新月の夜

新月の夜 九

しおりを挟む
 手を引かれて立ち上がると、少しふらついた体が彼にぶつかってしまった。彼に抱きとめられて倒れはしなかったものの、上の方でまた笑い声が聞こえる。

「……エスコートしてやろうか?」
「…………いらない」

 ふわふわ夢見心地が抜けない体で部屋から出る。

 マントを揺らしながら歩く彼について行く形で後を追うと、視線は感じるものの何の声もかけられずに娼館から出ることができた。

 真っ黒な空には光は見当たらず、霧に塗られた路地は数個の建物を残して姿を隠している。いつも見ているものとほんの少しも変わらない景色だ。

 いまいち実感は湧かないが、足枷は外れているらしい。意味もなく自分の足を見下ろしてヒールの音を響かせた。

 聞き飽きた音の次に横の革靴を見て、冬の夜の冷たい空気が胸に吹き込んでようやく隣に立つ男の名前を知らないことに気がつく。

「…………とりあえず、貴方の名前、教えて」

 彼の名前は一つ知っているが、どうせそれは偽名なのだろうから。

 なぜだか、私になら本当の名前を教えてくれると妙に確信めいたものがあった。彼はそれを全く裏切らずに肩を抱く。

「ロバート。……大切にしろよ。お嬢ちゃん以外は知らない、正真正銘の本名だ」

 引き込まれたマントの中で内緒話をするように告げられたその名前をゆっくり心の中で呟いた。

 静かな声とは裏腹に、躊躇いは微塵も感じない。ずっと前から答えは決まっていたみたいに、拍子抜けするくらいあっさりと心臓を差し出された。

 彼の指が急かすように軽く肌を叩き、彼が言わんとすることを感じ取る。この音を口にするのは何年ぶりだろうか。

 久々に感じる柔らかい温もりと少し甘さの飛んだ彼の香りの中で、そっと呟いた。

「マリア。マリア・ハーバー」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...