同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

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七日間と少し

七日間と少し 二

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「……素直だな、いい子だ」

 部屋に広がっていく温かいレモンの香りと肌の清涼感にだんだんと力が抜けていった私は早くも抵抗を諦め、胸や腹を清めていくタオルのくすぐったさに耐えることだけに集中する。

 他人に世話される気恥しさは残っていたものの、しっかり洗い流せる機会が少なかった体の穢れを彼の手で落とされていく感覚は心地好かった。

 娼婦のキャシーや男たちに蹂躙された体と決別したかのようで清々しさすら覚える。

 まだ薄皮にも覆われていない傷の上を通るたびに痛みはないか尋ねられた。その声は平坦だったが、変に心配した声を出されるよりずっと誠実だ。

 大丈夫だと答えればただ一言、そうか、とだけ応じられるのがいい。

 足の間まで丁寧に洗われ、全身の泡を流されると今度はバスタブになみなみと注がれた湯に浸かるように指示された。何度か外から見たことはあるものの足を踏み入れるのは初めてだ。

 水かさはそこまで高いわけではないが、大量の水に体を浸すなんてことしたことがない。足を少し滑らせれば沈んでしまうのではないかと微かな恐怖心が芽生える。

「……これ、溺れない?」
「溺れる前に引き上げてやるから安心しろ。早く入らないと風邪をひくぞ」

 どうやら入らずに済む道はないらしい。諦めて心もとないバスタブの縁に両手をついて体を支え、湯の中に足の爪先から身を沈ませていく。

 思っていたより温度が高く、痛みとは違った感覚がびりびりと肌を叩いた。時折彼の方に目を向けると、頑張れとでも言っているのか、片眉を上げて目だけでバスタブに満ちた湯を指す。

 ようやく爪先が底を撫で、慎重に体重を預けながらもう片方の足も同じように沈めていった。少しずつ温度にも慣れてきて、彼に示されるように座ってみると、肩まで覆う湯が体を緩めていくのがわかる。

 もつれた糸を一本一本ほどいていくみたいに緊張していた全身から力が抜けて、冷えた肌が溶かされていった。初めて触れる温かさは陽の光とも柔らかい布団とも違って、ゆるゆると私の体を揺らしては重さを奪っていく。

「縁に首を乗せて、髪を外に出せ」
「えっと……こう?」
「そうだ。上手いぞ」

 首の預け先を見つけてしまうと、さらに体は軽くなる。やがて彼の指が濡らした髪を梳いては石鹸の泡で覆っていくのがわかった。

 隅々まで馴染ませるように動く手が適度な圧をかけてくるのが気持ちいい。固まった頭をゆっくり捏ねて柔らかくするみたいに揉まれて、首から下はどんどんバスタブに溶けていくような心地だった。

 私の輪郭が揺らいで湯との境があやふやになって、どこか遠くへ攫われていく。

 優しい温もりは体の奥までゆっくりと蕩かし、なだらかな波が静かに揺れるのは遠い母の思い出に似ていた。

 後ろから機嫌の良い鼻歌が響く。

 あの冷たい部屋で聞いたものとはまた違った曲のようだが、相変わらず聴き惚れてしまう美しさだ。

 重くなった瞼を閉じて、それを堪能して…………その後は、よく覚えていない。
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