同じ地獄で眠りたい

佐藤シオ

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七日間と少し

七日間と少し 九

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 さて、主人が留守の間に女中がするべきは家事だ。多少の苦労はあるが、娼館での仕事よりずっと気楽で体に優しいそれは案外あっという間に終わってしまう。

 後ろ髪を一つに束ねてエプロンを着け、さっさと清掃を終わらせる。道具は揃っているし手順だって教わった。

 痛みを訴え始めるかじかんだ指を暖炉の傍で温めながら進めていても昼前には終わる。ドレスの埃も少し払えばすぐに落ちた。

 昼食は家にあるものを好きに食えと言われているし、言いつけられた仕事を終わらせれば後は何をしていても文句は言われない。想定以上に好条件で良い職場だ。

 蕩けたチーズの熱さに驚きつつパンを齧る。以前食べていた固くてぼそぼそしたパンとは大違いだ。

 食器も片付けてしまえば後は夕飯を作る時間まで自由。本当にこんな仕事で給金を貰えるのかと疑いたくものだが、おそらくロバートという男はそんなつまらない嘘をつく人間ではない。

 ノートに文字を一つずつ書きながら、ぬるく思考を鈍らせる室温に欠伸を一つ零した。

 いっそ寝てしまおうか。

 しかし一日でも一時間でも早く簡単な単語くらい書けるようになりたい。何度も手本を見ながら書いたせいでぐにゃぐにゃと線は曲がり一文字一文字がばらばらになった書き取りを改めて眺め溜息を吐く。

 ロバートの授業が始まった初日、人に読ませることを意識しろと指摘を受けたのだが、これでは到底人には見せられない。

 私の焦りを諌めているのか、教師役の彼は早く覚えて量をこなすことよりそちらの方を優先しているようだったから、この現状は苦しいものだった。

 考えた後に席を立ってコーヒーを淹れることにした。朝にあれだけ寝惚けた彼が目を覚ますくらいなのだから眠気には一等効くのだろうと思う。サイフォンを洗うのは少々面倒だが仕方ない。

 寝ようとしても結局、眠りにつくまでに一時間は寝返りを何度も打って、どこか収まりの悪い体勢にやきもきする羽目になるのだから。

 カップに注いだそれを持ってリビングに戻り、火傷しそうな熱さがマシになるまで勉強を続けながら待つ。ゆっくり、時間をかけながら文字を書いてみるといくらかは良くなった気がした。

 ミルクも入れなかったコーヒーは冷めるのに時間がかかる。ようやく飲める温度になったそれを口に運び、なんとか飲み込んだ後に軽く咳き込んだ。

 強烈な苦味と酸味だ。いつも彼はこんなものを無表情で啜っているのか。

「…………騙された、わけじゃないけど……!」

 行き場のない苛立ちは特に過失も何もないはずの彼に向かう。勝手に自分から飲んだ私が悪いのだけど、彼にとっては平気なのだろうけど、何かが納得できなかった。

 意を決して流し込むようにカップ一杯分の漆黒を完飲して、勉強を再開する。

 確かに眠気はどこかへ吹き飛んだかもしれない。私は勝った。――何に勝ったのかは、わからない。
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