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21決戦の時
しおりを挟むフリオの体調を父もオディロンも気遣ってくれるが、ゆっくりもしていられない。
三日の猶予を与えられているとはいえ、こちらは早急に準備を整えなければ危険だ。
胎の中で赤ん坊が育っているのが伝わってくる。
血を伝って、全身にその息づかいが染みこんでくるようだ。
戦力確保の為に、平民にも呼びかけはしたが、雀の涙ほどの数しか集まらなかった。
余計な犠牲者を出したくはないので、強制はやめた為、予想の範疇ではあった。
食料調達、武具の準備。
フリオの国は圧倒的に戦力が不足している。
騎士と呼べる存在は、フリオと四十路を越えた年上の騎士しかおらず、後は兵士のみだ。
獣人達との小競り合いの上、食料不足からの病で倒れた者も多かった為、いつの間にか騎士は二人のみになってしまった。
二日で戦の準備を整えたものの、皆に作戦を伝えた時は混乱が起きて、最後まで納得してくれない兵士も多かった。
「殿下」
「ハインド……すまないな、勝手に話を進めてしまって」
「いえ。私が床に伏せっていたせいです。むしろ、申し訳ございません」
「何を謝る?」
「本来であれば、騎士団長であった私が、フリオ様の大切なご家族をお守りするべきですのに……!」
銀髪の騎士は地に膝をつけると拳を震わせた、深々と頭を垂れるその姿に、胸がちくりと痛む。
ハインドは、フリオが国を離れる前から病弱になっていた。
今回は無理を押して戦に出てきて貰う状況なのだ。
謝るならばこちらであろう。
フリオは頭を上げるように伝えると、ハインドを天幕の端に置かれた大きなソファに寝かせてやる。
邪魔になってしまう代物だが、ハインドを少しでも休ませてやりたくて、無理に運んだ物だ。
この様子を見るに、やはり中心となって戦うのは難しいだろう。
早めにオディロンに協力してもらって、奴らを誘い込む必要がある。
交代で見張り、それ以外の兵士は仮眠を取らせた。
フリオもしばし仮眠を取っていたのだが、どこからともなく雄叫びが聞こえて来て目を覚ます。
「フリオ!! 来るぞ!!」
「――!!」
サンビアの声にフリオは天幕から飛び出すと、剣を振るって兵士達に叫んだ。
「構えろ!! 敵が来るぞ!!」
フリオの怒声に兵士達は呼応し、一斉に走り出す。
前方にはすでに獣人の兵士が迫っている。
兵士達にはそれぞれ魔術のかかった武具と剣を与えてはいるが、獣人の強靱な肉体と力には適わない。
白魔術師達が後方で常に加護の術をかけている。その間に、フリオは作戦を実行しなかければならず、サンビアにサビーノの姿を探すように指示をして、天幕の裏で息を潜めた。
――大国の兵は見当たらないか。
やはり、我が国を見捨てたらしい。だが、まだ分からない。
オディロンが中心となり、サビーノの兵団と戦いを繰り広げている。
怒声や金属音、悲鳴が轟く中、サンビアがフリオの真上を旋回し叫んだ。
「獣人王はオディロンを狙って攻撃をしかけようとしている!!」
「! わかった! 乗せてくれ!」
「おう!」
フリオはサンビアの背にしがみつき、戦いの中心へと飛び込む。
鷲の獣人に乗ったフリオに気付いたオディロンとサビーノが、交えていた剣をそのままに、顔を上げた。
「「フリオ!!」」
二人は同時に叫ぶ。フリオはオディロンに目配せで合図を送った。
オディロンは息を飲むと、腰に下げていた短剣をフリオめがけて投げ放つ。
それをフリオはわざと肩に受けて、サンビアに「逃げろ」と言い放ち、目的の場所へと向かう。
サンビアがフリオの傷を気にして問いかけてくる。
「痛むか?」
肩に刺さった短剣をゆっくりと引き抜き、衣服の端をちぎると、傷部分に器用に片手で巻いていく。体幹を鍛えていなければ、とっくに地上に落ちてぺしゃんこだっただろう。
「大丈夫だ。それより、場所についたら俺をおろして遠くへ逃げるんだぞ」
「あ、ああ。しかし大国の王も兵も見当たらないぞ?」
「……どこかで様子を伺っている可能性もある」
そう、願うしかない。
胎が熱い。ドクドクと子供の心音が伝わってくる。
もうすぐ産まれる。
――俺の憎悪がこの子を成長させている。
轟音に身体がびくりと跳ねて、地上を見ると、サビーノが力強く地を叩きつけながら迫ってきていた。
順調に後を追ってくる。
やがて目的地が見えてきて、サンビアに振り落とすように指示をすると、地上に放り投げられた。
「うぐ!」
受身を取ったものの、全身が痛くて痺れて唇を噛みしめる。
うつ伏せの状態で、両手で地面を押してどうにか起き上がると、すでに目先にサビーノが佇んでいた。
逆立つ毛並から怒りと憎しみの気が放たれているようだ。
「弟はオマエを見捨てて我に一人で挑んできた」
「……そういう事か」
「オマエは我のモノだ。戻ってこい。そうすれば、兵を引いてやる」
「断る! オマエの元に戻るくらいなら死んだ方がマシだ!!」
「残念だ」
じりじりとサビーノがにじり寄ってくる。
大きな口を開き、牙を覗かせた――フリオの喉を狙っているのだ。
殺意から意識を逸らせば、一瞬で死ぬ。
そんな緊張感の中でも、フリオはある意識をとらえていた。
――人の視線と気配を感じる。
視線だけを周囲に巡らせると、巨大な岩が転がっているが、その内の一つの影に、その男はいた。
フリオがまさか見ているとは微塵も思っていない様子だが、大国の王はそこにいた。
思惑通りだ。フリオが獣人王に殺されるのを見届けるために、わざわざ見に来たのだろう。
臆病者はその目で見ないと安心できないからな。
――これで、サビーノもろともあのゲスも殺せる!!
そう強く想った時、急激に腹が熱くなり、まるで灼熱が体内に産まれたような感覚に陥った。
「あ……ぐう……!?」
ドクドクとひときわ強く脈うつ。それはフリオの心臓なのか、もしくはそれとも――
「――っ」
サビーノがフリオめがけて飛びつこうとしたその時、フリオの身体はまばゆい光に包み込まれた。
――意識、が……!
ただただ眩しい光が広がっていく。
何も聞こえない。
フリオは熱い光に飲まれて、絶叫した。
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